契約


 真っ暗闇の森の中を駆ける。

 紫苑が通ったであろう、道を少ないヒントから導き出す。

 地面に転がっている、折れた木の枝。踏まれた草木。


 この先にいるのが、紫苑じゃないかもしれない。

 けれど、今はそれを追うことしかできない。


 灯台の影すら無くなり、森の奥まで入った。

 光も届かないその場所で、俺は見つけた。


「赤羽紫苑!」


 その名前を叫んだ時、颯太くんが全速力で駆ける。

 その目は怒り、真っ赤に染まっている。


「突っ走んな!」


 こんな状況で、怒りは最悪を呼ぶ。

 冷静さを失えば、最悪離れ離れになってしまう。敵の術中にはまってしまう。


「この光、絶対に見失うなよ!」


 俺のやるべきことは、紫苑と颯太を追いかけつつ、香織と伊織を孤立させないこと。

 腰のベルトにスマホを挟み、スマホのライトをつける。


 その光を見失わなければ、この二人は孤立することはない。


 ふうッ――


 深く、深く、大きく息を吸った。

 一呼吸の間に全力で二人との距離をつぶす。


 後ろを見れば、二人も見失わずについてこれている様子だ。


 颯太を追い越し、その先にいる紫苑の姿が視認できた。

 でも、その時体の動きが鈍った。


 今の動きは、身体の負荷が大きい。

 当然の話だ。吸った息を吐くことなく、無呼吸状態で全力疾走。

 身体がついてくるはずがない。


 それでも、ここまで来て逃がすわけない!


「捕まえた!」


「つかまっちゃった」


 俺と紫苑は、対面し互いに……殺る気だ。


 先に動いたのは紫苑。

 空手の動きで、攻撃を仕掛けてきた。


「先にやったのそっちだからな!」


 伸びきった腕を掴み、紫苑を投げた。

 紫苑は抵抗もできず空を舞い、地面にたたきつけられる。


 起き上がった紫苑は、しゃがんだ状態から、上段の回し蹴り。

 それを躱せば、次は逆足の回し蹴り。


 紫苑の動きには、違和感があった。

 その動きは空手。空手なのだが……アレンジが入っているというか、自己流に近い動きだ。


 そもそも、基礎となってる空手自体にも動きに硬さがある。

 見様見真似でやっているような、そんな感じだ。


「本気出さなくていいんですか」


 ゼロ距離のやり合い。

 互いに、一歩も引かない。相手の呼吸音すら聞こえるこの距離で、真正面から殴り合う。


「本気出せないの!」


 さっきのあれと、昼の怪我。その二つのせいでいまいち身体の自由が効かない。

 最初の一撃以降、まともに攻撃ができていない。


 せいぜい、相殺して防ぐので手一杯。


「肉を切らせて骨を断つ!」


 この状況を変えるなら、一発ぐらいは覚悟してある!

 傷口に響く痛みを無視して、渾身の一撃を放つ。


 俺の体は限界だった。

 ……あとは、任せた。


「少年ヒーローたち」


***


 夜さんの元に着いたとき、夜さんは横たわっていた。

 身体中から血を流して。


「昼の怪我が、悪化したのか……」


「颯太君、手伝って。応急処置をする」


 その夜さんの横には、紫苑。

 俺は怒りの感情に支配されていく。

 握る拳は固く。爪が刺さり、痛む。


「……分かった」


 けれど、俺がするべきことは違う。

 紫苑を殴る事ではなく、夜さんを助けることだ。


「ありがとう。……君は、どうしてここに来たんだい」


 作業をしながら、紫苑は訪ねてきた。


「君のアセビはもう治っているだろう? あの学園での騒動以降、君はどうしてこんな危険なことをしているんだい?」


「……」


 俺は、流されてここにきているだけなんだ。信念なんてない。

 俺の最初の目的は、あの思い出の場所を見つける事。

 それだけだったのに、今は紫苑を止めることになっている。


 じゃあ、何で、紫苑を止めようと思ったんだ?

 港倉庫で危険に、身を投じたんだ?


 その答えは、一つだ。


「あいつに、引き寄せられたからかな。あいつが俺の事を友達って言ったから。俺の為に本気になってくれたから。俺はあいつの為に本気になりたいって思った。信念なんてない。ただの恩返しだよ」


「そっか……」


「颯太!」


 森の奥から、伊織たちが追い付いた。


「よし、応急処置完了!」


「なぁ、紫苑さん」


「なんだい?」


「アセビの治療薬のレシピ。教えてくれないか?」


「いいよ。けど、タダとは言わない。この島の混乱も、アセビを広めたのも。全部、僕に責任があるんだ。 最後に自分の罪の意識を減らすようなことはしたくない」


 紫苑は、構えた。向けられた敵意に、殺気に、俺は応えた。


「俺を倒して、俺の口から治療薬のレシピを吐かせるんだな」


「いいぜ、やってやるよ」

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