敵意
俺の目の前に現れた、紫苑は、その姿を隠すことなく、そこに立っている。
ラフな半袖パーカーに、デニムのパンツ。
「彼女は傷心中、君も心身共に疲労は溜まっているはずなのに、性欲はあるんだねぇ」
「そんな話をしたくて来たわけじゃないだろ」
「おぉ、こわ。君からしてみたら、もう完全に敵みたいだね」
「この島の騒動を企てたのはあんたなんだろ?」
「まぁ、そうだね」
「一体どこから企てていた。そもそもアセビはあんたが作ったものじゃないのか?」
ふぅんと、紫苑は顎を撫でる。
暫く考えた末に、紫苑は語りだした。
「アセビは、俺が作り出した人工ウイルス。その全ては俺の夢を叶えるために作った」
「あんたの夢?」
「あぁ、俺の夢だ。話せば長くなる、聞いてくれるか?」
正直な話、悩んでいた。外で待っている香織のことが心配だから。
「君は今、外で待つ彼女のことが心配なんだよね」
本当に、こいつの人の心の奥底まで見抜くようなその目が苦手だ。
現に、俺の考えをこいつは確かに見抜いた。
「彼女もいっしょに話しても俺としては問題ないけど?」
「……」
「君が悩んでいるなら、勝手にやらさせてもらうよ」
俺の手に握られた、カゴを奪い、レジの方に向かう。
店員の人にも顔を隠すことなく、おねがいしまーすと籠を預ける。
呆然とする、俺の手を引き、香織のもとに向かおうとする。
「待てよ」
「何?」
「お前を、香織と合わせる気はない。2時間後、例の灯台に来い」
どんな形であれ、紫苑は香織を傷つけた。こいつの本当の目的も分からない今、香織を傷つけるわけにはいかない。
「ま、いいよ。そこで話しようか」
紫苑は、闇に消えってしまった。
*
「香織、待たせてごめん」
ベンチに座る香織は、頬に涙を浮かべ俯いている。
夜の暗がりのせいで、その顔の表情は伺えない。
「さ、帰ろ」
俺に出来ることは一つしかない。
香織の傍にいてあげること。
「うん、葵。手を繋いじゃダメ?」
「……ううん」
俺の差し出した手に、香織は優しく触れる。
その手は、温かく、力ないものだったが、いつまでも触れていたくなるような、優しさを孕んでいた。
そこから、家までの海岸線沿い。海面に反射星空に、互いに言葉を漏らし、山から聞こえる、自然の音に耳を傾け、ただ静かに進む。
互いに、一分一秒を大切にするように、その時間に想いを馳せていた。
家に着いてから、約束の時間まで、二人でずっと一緒にいた。
くだらない話をして、一緒にご飯を食べて。
しばらくしたら、香織は眠っていた。
香織を抱き上げ、彼女を布団に寝かせてあげた。
「じゃあね……香織」
俺の頬は、何かに濡れたような感覚が走った。
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