敵意


 俺の目の前に現れた、紫苑は、その姿を隠すことなく、そこに立っている。

 ラフな半袖パーカーに、デニムのパンツ。

 

「彼女は傷心中、君も心身共に疲労は溜まっているはずなのに、性欲はあるんだねぇ」


「そんな話をしたくて来たわけじゃないだろ」


「おぉ、こわ。君からしてみたら、もう完全に敵みたいだね」


「この島の騒動を企てたのはあんたなんだろ?」


「まぁ、そうだね」


「一体どこから企てていた。そもそもアセビはあんたが作ったものじゃないのか?」


 ふぅんと、紫苑は顎を撫でる。

 暫く考えた末に、紫苑は語りだした。


「アセビは、俺が作り出した人工ウイルス。その全ては俺の夢を叶えるために作った」


「あんたの夢?」


「あぁ、俺の夢だ。話せば長くなる、聞いてくれるか?」


 正直な話、悩んでいた。外で待っている香織のことが心配だから。


「君は今、外で待つ彼女のことが心配なんだよね」


 本当に、こいつの人の心の奥底まで見抜くようなその目が苦手だ。

 現に、俺の考えをこいつは確かに見抜いた。


「彼女もいっしょに話しても俺としては問題ないけど?」


「……」


「君が悩んでいるなら、勝手にやらさせてもらうよ」


 俺の手に握られた、カゴを奪い、レジの方に向かう。

 店員の人にも顔を隠すことなく、おねがいしまーすと籠を預ける。


 呆然とする、俺の手を引き、香織のもとに向かおうとする。


「待てよ」


「何?」


「お前を、香織と合わせる気はない。2時間後、例の灯台に来い」


 どんな形であれ、紫苑は香織を傷つけた。こいつの本当の目的も分からない今、香織を傷つけるわけにはいかない。

 

「ま、いいよ。そこで話しようか」


 紫苑は、闇に消えってしまった。


 

「香織、待たせてごめん」


 ベンチに座る香織は、頬に涙を浮かべ俯いている。

 夜の暗がりのせいで、その顔の表情は伺えない。


「さ、帰ろ」


 俺に出来ることは一つしかない。

 香織の傍にいてあげること。


「うん、葵。手を繋いじゃダメ?」


「……ううん」


 俺の差し出した手に、香織は優しく触れる。

 その手は、温かく、力ないものだったが、いつまでも触れていたくなるような、優しさを孕んでいた。


 そこから、家までの海岸線沿い。海面に反射星空に、互いに言葉を漏らし、山から聞こえる、自然の音に耳を傾け、ただ静かに進む。

 互いに、一分一秒を大切にするように、その時間に想いを馳せていた。


 家に着いてから、約束の時間まで、二人でずっと一緒にいた。

 くだらない話をして、一緒にご飯を食べて。

 しばらくしたら、香織は眠っていた。


 香織を抱き上げ、彼女を布団に寝かせてあげた。


「じゃあね……香織」


 俺の頬は、何かに濡れたような感覚が走った。

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