信念


 それは、突然現れた。

 俺達の目の前に立つ、警部さんを後ろから、襲った……。


 全く、気づかなかった、視界に入ったときには、もうそいつは警部さんの後ろに立っていた。

 男の顔は、沈む夕日が逆行になり、全く視認することが出来ない。


 風切り音とともに、夜さんが駆け寄ってくる。

 夜さんは、一切の会話もなく、後ろ回し蹴りを放つ。

 でも、男は、それを防いで見せたのだ。


「いい蹴りだ…… だが、今のお前じゃ、俺には勝てないぞ」


 その時、ようやく男の顔を視認することが出来た。

 でも、俺は、男の顔を見たことを一生後悔するだろう。


 その男は、昔、ニュースで見た。

 「新潟県 20人殺傷事件」の犯人として捕まっていた男だから。

 名前は、不和レオナふわれおな

 笑顔で、人を殴り。人を傷つけることに何のためらいもない、

 「現代社会一の悪魔」なんて言われるような男だ。


 数年前、こいつは刑期を終え、釈放された。

 そして、今ここに居る……。


「正人の野郎は、捕まったのか?」


 レオナは、俺達にそう尋ねた。でも、その答えは沈黙。


「……あぁ、お前らに正人なんて言ってもわかんないか」


「よそ見厳禁!」


 夜さんは、絶えず、攻撃を繰り出す。でも、その攻撃は、レオナには届かない。夜さんは、拘束されたときに負ったダメージが回復していない。


「手負いの雑魚が、この俺に、届くと?」


 レオナの拳は、夜さんの腹を突いた。

 ビチャビチャと音を立て、夜さんの口から血がこぼれる。


「いてぇな!」


 二人は、殴り合い。互いに血を流す。

 されど、天秤は、レオナに傾いているようだった……。


「悪いが、ここから先は、警察ではなく、一人の人間としてお前を殴る」


 レオナは、不意打ちで頭に警棒の一撃を喰らった。

 頭から、血が流れ、瞬きと同じほどの、一間、眩暈を起こした。

 その隙を縫い、夜さんが、八極拳の技を放った。


「これは効いただろ……!」

 

 連続で、かなりのダメージを喰らっても、レオナはまだ立っていた。


「俺は、やつらの、覚悟を背負っているんだ……。 こんなところで負けられるわけないだろがぁ!」


「お前らに、わかるか? 何もやってないのに、クソみたいな女に騙されて人生を壊された人間の辛さを……」 


 どんな、人間にも、過去があり、事情がある。


「信用していた、仲間に裏切られ、犯罪者にされた人間の絶望を……」


 犯罪者と罵られる、人たちは本当に犯罪者なのか……。

 誰にも、完全な悪と、否定することは、できない。


 そんな人にも、救いは必要……。

 レオナは、そう信じ、ただ愚直に進んでいる。


 俺じゃ敵わない。

 そう、直感できる。


「かわいいあいつらの為にも、俺は死んでも死なねぇ!」


「かかってこいや‼ 正義のヒーロー共!」


 正義と正義、信念と信念のぶつかり合い。

 俺達が横槍を入れるなんてできない。


 それは、犯罪……。 いや、ここに居る全員が、同じことらしい。


 技も、技術もクソもない。互いに愚直に殴り合う。

 その一撃は、どれも重く。鋭い。


「わりぃな……。 俺は、負けるわけにはいかねぇ!」


 夜さんの拳に、怯む、レオナ。それでも、レオナは倒れない。

 反撃の一撃を叩き込む。


「負けんなぁ! レオナ!」「殺れ!ぶっ殺せ‼」


 そんな応援が、レオナの背中を押す。

 多くの人間の覚悟を背負った、レオナは、徐々に二人を押していく。


「夜さん! 勝って!」「夜さん!」


 それでも、二人は、決して倒れない。

 何度、殴られても、蹴られても。意識を保ち続ける。

 その信念を突き通すために。


「……まず、一人」


 レオナの放った、前蹴りが、警部さんの頭に直撃した。

 ……警部さんは、フラフラと前のめりに倒れこんだ。


「次は、お前だぁ!」


 血を吐き、それでも、向かってくる強敵。

 互いに、もう体は限界だ。

 でも、絶対に倒れようとしない。


「お前ら、なんかに、俺は負けない……」


 それは、警部さんも同じだ。

 立ち上がることもできない、その体で。

 たった、一つの……。 微かな、勝利をつかむために、必死に体を動かす。


「クソ野郎が……」


 警部さんは、必死になって、レオナの足掴んで、その動きを止める。

 

 一人は、この島を守る、最初で最後の盾として。

 一人は、自分を信じる仲間との、約束を果たすため。

 一人は、自分を信じてくれた、仲間を救うために。


 その信念がぶつかり合う。

 その結果が。勝利を、もたらしたのは……


「一度、サシでやってみたかったよ」


 夜さんの渾身の一撃が。 その信念が。

 レオナという男を、超えた。


 レオナは、仰向けに、大の字に倒れる。

 

「……負けたわ。完敗だ」


 そうこぼす、レオナに、誰も何も言うことはできなかった。

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