解決編1-1
「全く、こんな時に全員を食堂に集めてどうしようって言うんですか?」
長岡博士は私たちに聞こえるように独り言をつぶやく。やはり、この部屋は全体に声が通りやすくなっているようだ。
これは今からの私にとってはありがたい。長岡博士の悪態なんてどうでもよかった。ちょうど部屋に入ってきた長岡博士が最後の来客だったため、私はマイクのスイッチを入れて話を始めた。
「まずは急な呼び出しにも関わらずにお集まりいただきましてありがとうございます」
私はそう言って深々と頭を下げた。これはいつも研究成果を発表するときにしていることだ。そう言い聞かせて、私は心の安定を求める。
「で、何があったんですか? それこそ、一連の事件が解決したとでも?」
長岡博士は文句をつぶやく。ドアの近くでちょうど私の正面にいる長岡博士の事は無視して話を続ける。
「はい、その通りです」
こう言った瞬間から、部屋の中心にいる私の周りがざわざわとし始める。それは驚きの声ばかりだった。当たり前だろう。
「火野博士が何者かによって殺害されたことから始まった一連の事件は、すべて解決しました。これからその手法を説明しようと思います」
「それは、どういうことですか?」
そう問いかけたのは新見博士だった。私がドアの方向を向いていて、ちょうど三時の方向からその声が聞こえる。
「どういうことって、そのままの意味ですよ。事件が解決したんです」
私はひたすらに、淡々と話すことを意識していた。
「へぇ、こんなことが本当にあるのね。渡橋さん、恰好いいわよ」
甲斐博士が私を茶化すように言った。私は笑顔で会釈する。
その余裕が、私が言っていることが本当だと信じさせるには十分だったのだろう。先ほどとは少し違った種類の喧噪へと変わっていく。
探偵さんに言われたとおりだ。説明するときには余裕をもって淡々と。人が興味を持てない話題ならば抑揚やテンポで注目を惹く必要があるけど、全員が注目している状態ならば必要ない。むしろ、話が真実であるかどうかわからない状態ならば、変に注目を惹こうとすると詐欺師みたいに見えるとアドバイスをもらったのだ。
「しかし、なぜ渡橋さんがそれを話すの、登松刑事?」
甲斐博士は訝しむように登松刑事のほうを見た。彼は立場がないのだろう、しゅんとしている。私はそれを庇うように話し始めた。
「このトリックは登松刑事も知りません。私ともう一人が協力して解決しました。そのため、登松刑事も事件の全容はほとんど知りません」
そう言うと、さらにざわめきは大きくなる。当然だろう。自分で言うのも癪だけど、こんな小娘が不可解な連続殺人を解き明かすなんてそれこそフィクションの世界である。
「どういうこと? 渡橋さんともう一人、その誰かが火野博士、西野博士、大庭博士を殺害した方法を解き明かしたの?」
私は表情を変えないように注意しつつ、冷静に肯定する言葉を述べる。
しかし、その飄々とした態度がここまで自分の身を守るために気を張っていた長岡博士の癇に障ったのかもしれない。若干の怒気を交えながら
「なら、さっそく教えてくれよ。犯人とやらの名前を」
そう言われて全員の注目がより強い私に視線を向けてくる。私はそれに少しひるんだが、なんとか立て直す。
「その前に、事件の解決に貢献してくれたもう一人と電話を繋ぎたいと思います」
そう言って、携帯電話を操作する。しかし……
「あれ?」
コール音がいくら鳴っても、探偵さんは電話に出ない。私が焦る気持ちを募らせるのと同時に、周りからは不思議そうにしている声が聞こえてくる。
私は不安で嫌な汗がだらだらと流れる。携帯電話を持つ手は少し震えていたが、コール音は鳴りやまない。
「渡橋さん、大丈夫? 顔色も優れないように見えるけども」
副島さんが私を気遣う声をかけてくれる。その時、コール音が鳴りやんだ。私はあわてて携帯電話を耳に当てる。しかし、あの声は聞こえてこなかった。私は携帯電話の調子が悪いのかと確認する。
『電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため繋がりません』
画面には無情なメッセージが表示されていた。私の思考は停止する。
「大丈夫ですか?」
ただ事ではないことを察したのか、井野さんや岩塚さんも心配してくれる。
「落ち着いて、ほら深呼吸」
副島さんが私の背中をさすってくれたことで、私はなんとか正気を取り戻す。
そして、一つの覚悟を決めた。
私だって、すべてのトリックは知っている。探偵さんに頼らずとも、この場を収めて犯人を捕まえてみせるという覚悟を。
「まずは、火野博士たちが殺害された方法よりも、その直前に発生した不知火について説明をしていこうと思います」
「不知火? ああ、あれか」
長岡博士があきれるように言った。しかし、彼の嫌うものはあくまで非科学的、非現実的なものだ。しかし、今回の不知火現象は全て人為的に化学の力を使って引き起こされたものである。彼も納得させられるだけの説明は用意している。
「まあ、犯人の意図は後から説明するとしてまずは不知火を発生させる方法を解説します。みなさんは、ギリシア火薬という言葉を知っていますか?」
みんな、それぞれに首を横にふる。もちろん、それは犯人も同じく。私はそれを確認して話をつづけた。
「ギリシア火薬というのは簡単に言えば、海の上でも燃える焼夷兵器です。水に反応して燃えるといったほうが正しいですけどね」
「水に反応して燃焼する? そんなものがあるんですか?」
登松刑事は頭の上に疑問符を浮かべる。まあ、水で火が発生するなんてイメージが湧かなくて当然だろう。しかし、さすがは研究者なだけあって気づいたようである。
「禁水性物質ね」
甲斐博士が声に出した。その声でみんな納得したように頷いている。
「その通りです。刑事さんたちにもわかるように説明すると、禁水性物質とは水に反応して発熱、発火する物質のことです。代表的なものは、金属カリウムや炭化カルシウム。そして、危険物第三類に指定されているものの総称です」
これは、自分の言葉に信ぴょう性を持たせるためにさっき調べたサイトに出てきた、付け焼刃の知識だ。まあ、何か間違いがあれば誰かが訂正してくれるだろう。
「それがどうしたんですか? 確かに禁水性物質なら海上で発火させることもできるでしょうけど、あんなに大きな炎を発生させるのはアルカリ金属類では不可能ですよ」
確かに、新見博士の言う通りだった。そもそも、窓からくっきりと見えるほど強い勢いで炎を発生、持続させるには相当な量の禁水性物質が必要になる。
「その通りです。あそこまで大きな炎は、生石灰は愚かほとんどの禁水性物質単体では発生させることができません。そもそも、ギリシア火薬がロストテクノロジーと化してすでにその製法は誰にもわかりません。ですが、それらしきものを再現することは十分に可能です」
「ホスフィンか」
長岡博士がどこか悔しそうに言った。先ほどまで超常現象などの類だと心の内で馬鹿にしていたものが、自身の崇拝する化学現象によるものだと明かされていくのは良い気がしないだろう。
「その通りです。しかし、ホスフィンではなくまずは二リン化三カルシウムから解説する必要がありますね。ちなみに、二リン化三カルシウムを製造するにはカーバイドと五酸化二リンを反応させることが必要ですが、ここの研究所にある薬品と設備を使用すれば簡単ですね。話を戻します。二リン化三カルシウム最大の特徴は水に反応してホスフィンを発生させることです」
「その、さっきからホスフィンって言っているのはいったいなんなんだ?」
「ホスフィンとはリン化した水素のことです。名前はどちらかと言えば毒物として有名で、毒物及び劇物取締法において、医薬用外毒物の指定を受けているほどです。ま、人を殺害するのにも十分有用な物質ですね。しかし、ホスフィンはそもそも空気中の酸素と反応して自然発火するという特徴があります。もう、わかりますよね」
「つまり、二リン化三カルシウムを水と接触させるとホスフィンが発生する。そのホスフィンが空気中に存在する酸素と反応して火を起こすってわけだな」
やはり、登松刑事は頭が良い。私の雑な説明でもよく理解してくれる。
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