出題編3-5
私はすぐに、探偵さんへと少しでも多くの情報を報告するために警官の間を縫って
部屋の中を窺う。そこは荷物が散乱し、パソコンや携帯電話の部品がよりその無残さを際立てていた。あちらこちらに部品が飛び散っている。
「ひっ!」
私はそれを発見して思わず悲鳴が口から漏れ出た。それは、大庭博士のグロテスクな遺体でも、壁にべったりと貼りついた肉片でもない。窓の外でこちらを嘲笑うかのように燃えている、海に不知火だった。私はそれが、怖かった。
「大庭博士まで、亡くなるなんて。いったい何が起こっているんだ……」
もう、大庭博士はその呼びかけに返事はしない。遅れて作動したスプリンクラーから放出された水が部屋を濡らしていた。それでやっと、私は正気を取り戻す。
今、私にできることはなんだ?
その答えは探偵さんの目となり、耳となり、鼻になることだ。
私は感覚を研ぎ澄ませて殺人現場のすべてを感じ取る。何か怪しいものは落ちていないか? 何か怪しい匂いはしないか?
何か怪しい音はしないか? 私はそれを警官たちに無理やり追い出されるまで続けた。
「なるほど……それは推理の遅れた私のせいね。大庭博士には申し訳ないことをしたわ」
私は警察による一連のアリバイ確認などを終えた後に、彼女に報告した。彼女は冷静でいようとしているが本気で悔しがっているのだろう。言葉の端々からそれが伝わってくる。電話口から歯が擦れる音がした。
「ちなみにですが、アリバイは誰にもなかったです。それで、どうやら警察は私を疑っているみたいで」
理由は、私のいた場所が現場に最も近かったからだそうだ。こんなに苦しい理由で容疑者の優先順位を決めなければいけないほど、警察はこの事件に惑わされている。もう、登松刑事も不知火が事件に関係ないとは思わなくなっていた。
しかし、それのせいで余計に混乱している節もある。
「はぁ? 意味が分かんない。もう、登松なんかに任せるからよ。あんな現場の経験も浅い頭でっかちの背広組に、こんな難しい事件が解決できるわけないじゃない」
「落ち着いてください。私は別に疑われても大丈夫ですから」
警察の言い分としては、私が大庭博士の部屋に放火をした後に驚いて尻餅をついた演技をしていたというシナリオらしい。筋は通っているけれど、火野博士と西野博士を殺害して警察がその影すらも掴めていないような犯人が、最も疑われる現場付近にいるだろうか。
まあ、警察もそこまで本気にはしていないだろうけど。探偵さんもそれはわかっているのだろう。地団駄を踏んで悔しがっている。
「それで、今回も不知火は見えたの?」
その言葉を聞いて私はあの光景を思い出す。亡くなった大庭博士のちょうど遺体がある場所、その近くにある窓から見える海に浮かぶ炎。真昼だというのにも関わらず、殺人が起きて動転している状況でも視認できるほど強い勢いだった。
「はい、この目ではっきりと見ました」
私の返事に探偵さんは「やっぱりね」というような溜息を漏らす。
彼女も不知火には辟易しているのだろう。
「警察はまだ第二の殺人にてこずっています。トリックを教えてあげたほうがいいんじゃないですか?」
私は、電話でそう提案した。警察に火野博士殺害と大庭博士殺害の捜査に注力をさせたほうが事件の解決も早いはず。もしかしたらそのことで私を信頼してくれて、警察しか得ていない情報を流してくれるかもしれない。
「もちろん、できることならそれがいいわ。だけど、もしもそれを誰かが聞いていて、それが犯人ならあなたの命が狙われるのよ」
確かに、ここまで私は狙われる理由がないから大胆な行動を繰り返し、安心して眠ることもできた。もしも警察に西野博士殺しのトリックがわかったと言えば、ここまで狡猾な犯人ならば次に私を狙う。
もちろん、私の事を心配してくれるのは嬉しいんだけれども、 私にはそれがひどく消極的な姿勢に見えた。最初に電話で話した時に見せた、傍若無人な姿勢はどこかへ消えてしまった。今は、冷静なのはともかく、語気に力がない。私はそれが残念で仕方がなかった。だから、電話口に向かって叫んだ。
「何をうじうじしてるんですか! そんなのらしくないです。もっとあっけらかんにしていてください」
電話越しにいる相手は、急に私が大声を出したことに驚いたようで声は聞こえてこない。
「大庭博士の命を救う事なんて、今さら神でも悪魔でも無い私たちにはできないんです。私たちにできるのは早く犯人を見つけ出してこれ以上の犠牲者を出さないようにすることだけです」
探偵さんは何も言わなかった。もしかしたら、探偵さんは何かを言っていたが私の耳には届いていなかっただけかもしれない。
「だから、早く推理してください。これくらいの事件なら探偵さんには簡単でしょ。私のことは気にしなくていいですから!」
私は大きな声を出して、息を切らす。こんなに大きな声を出したのなんていつ以来だろうか。もう憶えていないほど前だ。
でも、それくらい私は強い感情を抱いていた。彼女は飄々としたまま事件を解き明かすそんな姿が良く似合う。今も見えていないはずなのに脳裏に浮かぶほくそ笑んだ口元。そう、その表情だ。
「言ってくれるじゃない。そうね、そうよね。私にできることは事件の謎を解くこと。そんなこと、別に難しくもない」
探偵さんの声は自信を感じた。その中に少し怒りもブレンドされている。
「じゃあ、あなたをワトソンとしてお願いがある。警察に西野博士殺しのトリックを解説してきて。それでもしも警察から情報を得ることができればすぐに私に連絡すること。いい? この事件の解決はあなたにかかっているわ」
「はい! わかりました」
私は電話を切るのも忘れて、部屋を飛び出た。
「登松刑事に話ですか? わかりました、少しお待ちください」
私がちょうど見かけた体は大きいが気の弱そうな警官に声をかける。彼は少し嫌な顔をしたが、刑事にしっかりと取り次いでくれた。きっと、普段は登松刑事の偉そうな態度に苦労しているのだろう。
「どうしたんですか。こっちは捜査に忙しいんですが」
登松刑事が頭をかきながら、私の下へ向かって来た。面倒だと思っているのが、顔からわかる。どうやら、登松刑事は相手によって態度を変えるようだ。副島さんや他の博士には丁寧な対応だが、私のような学生や部下である警察官には高圧的な姿勢を崩さない。こんなので尋問とかできるのだろうか。刑事は空き部屋に警官二人をつれて入った。ちょうど刑事と向かい合わせになるように椅子を置いて、私に座るように手で促す。
「話なんですけども、実は西野博士を殺害した方法がわかったかもしれなくて」
「はい? 何を言っているんですか?」
登松刑事の反応は予想通りだったので私はできるだけわかりやすく、そして短くまとめた説明を披露した。登松刑事も私が自信たっぷりに話し始めるから最初はしぶしぶ黙って聞いていたようだが、途中から明らかに顔色が変わり始めた。当然だろう。ただの小娘が、警察がたどり着いていない真相を、べらべらと明かしているのだから。しかも、その説明は理路整然としており納得ができる。いや、その方法でなければ、西野博士が亡くなったことについて説明がつかないのだ。
「なるほど……貴重な意見をありがとうございます」
一通り、説明を聞き終えた後に、登松刑事は悩んでいた。きっと自身のプライドなど捜査の邪魔をするものがあるのだろう。しかし、そんなことを言っている場合じゃない。私はそんな刑事を一喝した。
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