出題編3-2

「そ、そんな気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ。お茶、すごくおいしいです」


 岩塚さんの入れてくれたお茶は、お茶菓子に味がちゃんと合っていて美味しかった。この研究所ではお茶の淹れ方まで教えてもらっているのかと思うほどだ。


「そうですか、それは良かったです。それで、何か思い詰めていることがありますか?」


 私は思い詰めているつもりは無かったが、岩塚さんにはどうやらそう見えていたらしい。まあ、普通の大学生ならば思いつめたり不安になったりもするだろう。自分が意外と図太い人間であることを知った。


 ただ、それを利用しないわけにはいかないので、声を小さく話す。


「それなんですけど、あんまり気にしないようにしても、やっぱり火野博士の事をどうしても考えてしまって……」


 私はできるだけ事態を深刻そうに見せる演技をした。こうすれば、より深い部分までの情報が引き出せると思ったからだ。その思惑は見事に成功する。よく言えば良い人、悪く言えばチョロい。


「そうですよね……僕にできることがあれば何でも言ってください」


「ありがとうございます。なら、一つだけ聞いておきたいことがあって」


「聞いておきたいことですか? 僕がわかることであればお答えできるんですけど」


 私はその言葉を聞けて、思わず口元が緩んだ。


 しかし、それはうまく死角になっていたようで岩塚さんには見えていない。彼は、本気で私のことを心配して力になってくれようとしている。なんだか善心を利用しているみたいで気が引けたけどそんなことを言っている場合じゃない。


「火野博士と西野博士が、共通の知人に恨まれていたみたいな話を聞いたことはありませんか? お金のトラブルとか、女性のトラブルとか。その火野博士の評判があまりよくないって聞いたので」


 これは賭けだった。もちろん、岩塚さんが犯人の可能性がある状況で、下手に私が色々と探ろうという意思があることを悟られるだけでも十分に危険だ。


 でも、私は少しでも探偵さんの力になりたかった。岩塚さんは少し驚いた後に、顎に右手を当てて考え込む仕草を見せた。ここまで自然な反応なら岩塚さんは犯人じゃないのか? 第二の殺人で使われたトリックから考えると、やはり所員のほうが客人よりも準備が簡単だという事で岩塚さんもどちらかといえば犯人の可能性が高い人物ではある。そう思うと急に怖くなったけど、岩塚さんが特に武器を持っていないこと

は確認済みだ。


 そもそも、ここまで賢い犯人ならば直接、手を下すことはしなさそうだけれども。岩塚さんはかなり長く考えた後に、少し残念そうな顔をした。


「すいません。僕には思い当たることがありません。火野博士ならともかく、西野博士が誰かに恨まれているというのは想像することが難しいです。知ってのとおりに、悪い噂なんて無縁の人ですから」


 それは私も同意見だ。火野博士は、同業者からあまりよく思われていないのは新見博士からも聞いていたけれども、部下である岩塚さんにも言われるのは相当なのだろうか。


 一般人から見たイメージでの火野は、優秀な研究者である。若いころから夕方の全国放送ニュースにも取り上げられるような成果を出してきたおかげで研究者にしては知名度が高いし、話がうまいおかげでコメンテーターなどを務めることも多い。


 もちろん、その評判には間違いはない。私なんかが評価するのは失礼にあたるが、月並みに凄いとしか言えない程の知識で語っているわけでも無いのだ。年齢もまだ五十路に差し掛かったくらいなので、これからの活躍にも大きな期待を寄せられている。 しかし、それ以上のことを知ろうとすると常に黒い噂が付きまとうのだ。これは、夜のうちに調べただけでもよくわかった。


 それも、コメンテーターとして出演したニュース番組での共演から芸能人と不倫関係に発展した事、出版した書籍で得た税金を脱税したりなどスキャンダルの種類は多岐にわたり、週刊誌の喜びそうなネタばかりだ。あくまで携帯でちょっと調べただけなのでソースも何もないのだが、火のないところに煙は立たないという。


 もちろん、研究職というのは、基本的にイメージなどはどうでもよく、結果を出せばその評価を得られる世界なので特に痛手は負っていないだろうけど、それでもそう言ったことを、四十を過ぎても繰り返すあたりはよく思われ無くても仕方ないだろう。しかし、それだけで火野博士を殺めるのはやりすぎだと思う。


 ならば、私も岩塚さんも知らないような、黒い秘密を抱えているのだろうか。そして、それに西野博士が関わっていた?


 これ以上、掘り下げても岩塚さんを困らせるだけだと思ったので、少しだけ方向転換をしてみる。


「ここの研究所って、ずいぶんきれいですよね。いつ建設されたんですか?」


「ここですか? ここはまだ五年ほどですね。ただ、僕がここで働き始めたのは三年ほど前ですからそれ以前のことはあまり詳しくないんです」


 岩塚さんの言葉に、私は驚いた。てっきり、この研究所が建設されたところで副島さん、岩塚さん、井野さんを雇ってそこから一緒に暮らしているのだと思っていた。


「いえ、僕が三年ほど前で。井野君もそれから少ししてからですね。副島さんは僕たちの中では古株なのでここが建設された時には火野博士の下で働いていたとは思いますよ」


「それは聞きました。ここのデザインが洋式なのは副島さんの希望だと」


 私はつい一昨日に聞いたばかりの話を思い出した。あの時の副島さんが見せた嬉しそうな表情が忘れられなかったのだ。その話に、今度は岩塚さんが驚いた表情をする。


「そんなこと、初めて聞きました。どうりでセンスが良いと思ったんですよね」


 どういうことだろうか。一昨日はあんなに嬉しそうに、それに自慢げに話していたものだから、来客たちにはもちろん、研究員同士で話しているものだと思っていたけれど、私が研究所内のデザインを特に興味深く観察していたから、わざわざ教えてくれたのだろうか。


「それともう一つ、どうして茶葉を調理場に置かないんですか?」


 これも、不思議なことだった。倉庫にはワインやコーヒー豆がたくさん準備されていたが、普段使いをするくらいの分ならば調理場に置いておくほうが、どう考えても便利だ。


「それは、火野博士が決めたルールなんですよ。博士は生活面においてはかなり昭和みたいな考えをする人で、調理をするのは女性の仕事で調理場は女性の領域だから僕たちは立ち入らなかったんです。まあ、違和感はありましたけど別に僕も料理が好きなわけではないので、何も反論はしなかったです。実際、一昨日もワインの準備などは僕と井野君で、料理は全て副島さんでしたから」


 そんな古い考えの人が、新技術を生み出すために日夜研究をしているのだから、不思議な話だなと思う。確かに、岩塚さんの言う通りで自分が料理を任されるよりは調理場に入らないだけなら、文句は言わないだろう。


 ここまでの話し方で、私は岩塚さんに無難かつ役に立ちそうな事を聞いてみた。


「あの、岩塚さんは科学者として火野博士、西野博士がなぜ亡くなったと思いますか?」


「科学者としての考えですか。難しい質問ですね」


 岩塚さんは少し困った顔をしていたが、真摯に答えてくれた。

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