リージュは一息でレンに接近した。

　上段に構えられた一撃が、振り下ろされる。

　剣を黒化した両腕で防ぐ。

「くッ……！」

　凄まじい力だ。

　細腕から放たれた斬撃とは思えないほどに重い。黒化した両腕は聖剣を弾いてはいるが、レンは反撃に移れなかった。いや、正確に言えば、レンが技を繰り出そうとする前に、リージュの斬撃で止められるからだ。

「レン君、君の使う技はもともと対勇者用のものなんだよ？　だからさ読めちゃうんだよね、動きがさぁ！」

　防戦一方のレンは一度剣を弾き、距離をとった。

　そして今までの経験から編み出した自分だけの構えをとる。

「構えを変えた？　へぇ、自分だけの姿を見つけたんだね、いいねそれは」

　リージュも構えを変える。分かるのは相手を一撃で屠るほどの技を繰り出そうとしている事だけだ。

　リージュに突っ込む。気とマナを練り上げて創り出した、分身の様なものをリージュにぶつけた。

　リージュは顔色一つ変えず、分身を斬り払う。

　分身が斬り払われた瞬間、ここぞとばかりに拳をリージュの腹に打ち込む。

　硬い、やはり障壁が邪魔をするようだ。それでも何度も高速で連撃を打ち込み続ける。

「速度が上がってる？　侵食具合いを自分で進めたのね、馬鹿だね君も！」

　右わき腹に飛んできた斬撃を腕で防いだレンはそのまま、吹き飛ばされた。すぐに体制を直して、リージュの方を向いた瞬間、体中に罅が入るかの如く、斬撃が走る。

「ッ……！！」

　一瞬の間に攻撃されていたようだ。

　痛みに膝をつく。

「これで、終わりじゃあつまんないよね？　まだ立てるでしょ、レン君」

　そうだ、こんなところで終われない。

　師匠のためにも、アリアのためにも、こんなところで死ねない。

「桜花招来！！」

　気合で立ち上がり、体中に気を巡らせる。

　今こそ、師匠の技を真似るんだ。たとえ不発に終わっても、使わないよりはいい。

　拳を地面に当てて、マナを吸い上げる。影に少しずつマナを流し、自在に動かせるくらいまで調整する。

　この間、僅か数秒。

　修行時代、全くできなかった奥義の一つ。

『影纏外装（えいてんがいそう／ゴーストバレット）・呪層展開』

　レンの横に影がのっそりと起き上がり、形を成す。

　さらにマナを流し込み続け、形を変える。

『技巧固着（ぎこうこちゃく／ドッペルゲンガー）・獣化』

　影は徐々に形を変え、狼の姿を取った。

　行ける。

「行くぞ！　リージュ！！」

　狼の影が雄叫びを上げる。

　この影は使用者の肉体に比例して硬度を上げる。

　つまり、今の黒化した状態ならば、聖剣と同等の硬さを持つことになる。

「行け！」

　狼の影は、凄まじい速度でリージュに突進した。

　僕もそれと同時に地面を蹴る。

　リージュは咄嗟に聖剣で影を防ごうとしたが、速さと重さに耐えきれず、聖剣を弾き飛ばされた。

　狼の影が聖剣を咥え、空を駆ける。その後ろから、僕は思いっきり腕を振りかぶり、リージュに一撃を喰らわせる。

「金剛拳！！」

　拳はリージュの胸に直撃した。インパクトで地面が拉げる。

　聖剣を弾かれた今なら障壁は一時的に機能せず、致死の攻撃が当たったはずだった。

　だが。

『悪腕（カイナ）』

　それは、魔法だった。

　僕の拳はリージュの左肩から生えた、腕のような物に受け止められていた。当然のように、ジアと同じく無詠唱で魔法を行使しやがった。

「チィ！！」

　僕は身を翻し、リージュの顔に蹴りを放つ。

　リージュは身動き一つせず、展開した障壁に守られていた。

「釣り合ってないんだよねぇ！！」

　鋼のような拳が飛んできた。

　スレスレで回避し、狼の影との合間に入り距離を取る。

　聖剣を奪われているにも関わらずリージュは余裕の表情を崩さない。

　違う。リージュはワザと聖剣を手放したのだ。

　力の差を見せつけるために。

「なんで私が、聖剣をワザと手放したと思ったの？　私がどうして、肉弾戦が出来ないと思ったの？　どうして魔法が使えないと思ったの？」

『氷雪魔法（クエト）・雹龍咆哮（ヴァンロレス）』

　リージュの真横に瞬時に形成された龍の咢から、巨大な氷塊が放たれる。

　これはジアが放った魔法の類と同じ。受ければ死ぬ魔法。

　だが、だが。

　僕は黒化した腕ならば受けきれると判断していた。

　瞬時に構えを取り、奥義を放つ。

『獅子光刃！！』

　衝撃。

　放たれた獅子の形をした気弾は、氷塊に真正面からぶつかり、粉々に砕いた。辺りに氷煙が舞う。

「なぁんで、一発だけだと思ったの？」

　その声が聞こえ、僕は咄嗟に後ろに跳んだ。

　今までいた場所に、巨大な氷塊が突き刺さる。

　僕は、リージュを軸に円形に走り出す。氷塊は次々に射出され、地面に突き刺さっていく。

　狼の影は僕に追従して動くが、聖剣を咥えているから、そこまでの速度は出ない。

　僕は突き刺さっている氷塊を殴りつけ砕き、氷煙に身を隠した。

　チャンスは一度。二度はない。

　辺りが煙に巻かれ何も見えなくなると、魔法の連射が止まった。

　リージュの背に、影が映る。

　当然に反応し後ろを向いた瞬間、そのさらに後ろから僕は溜めていた気とマナを最大限に使い、奥義を放った。

　リージュが反応したのは、狼の影。影は打ち消される。

　だが、ワンテンポ攻撃にずれが生じる瞬間を狙う。障壁は滞空する防御だ。咄嗟にはずらせない。

『獅子光刃！！』

　衝撃。

　確かに今度こそ直撃した。背中から胸にかけて気弾が貫通した感覚があった。

　勝った。

「惜しかったねぇ。あと三歩かな？」

　しかし。

　リージュの傷は完治していた。

　速すぎる無詠唱魔法。いや、見越して唱えていたのだ。

　上位魔法を。

　そしてリージュの手には聖剣が握られていて。

　回転しつつ袈裟斬りに斬られ、僕はなすすべなく倒れた。