〜第2章 新しい世界〜 ∫ 2-1.外からの刺激 × 内にある閉塞感 dt
図書館横にあるⅠT管理センターの建物の前でミライが壁に寄りかかり待っていた。
IT管理センターの自動ドアが開き、レイが出てきた。
ミライが壁に寄りかかっていた身体を、ひょいと壁から離し、レイの方に向けた。
レイがミライを確認し、ミライの方に歩いて来た。
「どうだった?なんか処罰とかあるの?」
「うん。構内のアカウント三日間使用停止だって。まあしようがない、よね。」
ミライはレイの顔を見て、そこまで落ち込んではないことを確認した。
「そうね。それだけで済んだのなら御の字じゃない?」
「今回はメモリを参照するだけの処理だったから、AIも悪意を感じ取れなかったということみたいだった。それとぼくが特待生ということも考慮されたみたい。」
「そりゃそうよ。入ってもらっといて、即退学にはさすがにできないでしょ?」
少し笑いながらミライが言った。
「でも次やったら退学もあり得るって言われたよ。」
「それはそういう脅しでしょ。最近のAIはそんな駆け引きもするようになったんだね。
たぶんセンサであんたの心拍数とか、表情の変化とか見てんだろうね。なんかイヤらしいな。」
ミライがIT管理センターの方に向いて、またレイの方に向き直った。
「あっ、それでね、ちょっとだけ聞いてみたんだ。ぼくの他にウイルスとか何か検出されたものはないのかって。」
「うん。で、何て言ってた?」
ミライも興味津々で聞いた。
「やっぱり何もないって。あの浜辺さんっていう人。すごいよ。全く気づかれずにあんなことやっちゃうなんて。」
「そう?でも、あんたは気づいたじゃない。それにあたしはあんたの方がすごいと思うけど。」
「そんなことないよ。」
「またまた謙遜ー。実は部屋に戻ったらおれは天才だ、なんて言ってんじゃないの?」
「ホントにそんなことないって。」
少し笑うレイを横目に見て、ミライは少し安心した。
「ふふふ。っていうか、三日間のアカウント停止ってことは学校に来れないってこと?でしょ?」
「うん。そういうことだね。」
「うわー、いいなあ。授業退屈なんだよね。全部知ってるしさ。眠いだけ。でも寝たらセンサで感知されちょうじゃない?もう最悪だよ。
あっ、今日はもう帰らないとダメなの?」
「うん。あと一時間で停止になるから学校から出ないと。」
「えっ?じゃあ、早くしないと。」
二人で講義棟の方に歩いていく。歩きながら夏目が話しかける。
「しかし、あんたも大胆ね。まさかハッキングして犯人探しするなんて。
それにあんたが持ってるデータって重要なものなの?もしかして超統一場理論の発展内容とか?」
「まあ、そんなところかな。」
軽くあしらう感じをミライは見逃さなかった。
「なーに?絶対違うじゃない。」
「えっ?いや。その…」
「違うって顔に書いてるわよ。」
少しレイがあたふたするのをミライは楽しんだ。
「ふふふ。あんた、ホント分かりやすいね。まあ、いいわ。今は言いたくないってことでしょ?じゃあ聞かない。」
正門に向かう方向と講義室に向かう方向の分かれ道のところまで来た。
「じゃあ、あたし、こっちだから。」
「うん。ありがとう。いろいろ。あっ、あと波多野さ、じゃなかった。りょーじに会ったら『ありがとう』って言っといて。」
「自分でメッセージ送りなさいよ。」
「あっ、それは送るんだけど。もし会ったら。」
「分かったわよ。伝えといてあげる。」
「ありがとう。」
「うん、じゃあね。」
「うん。」
二人は別れ、レイが正門の方に、ミライは講義室の方に歩いていった。
ふと、ミライが振り返った。レイが歩いている。
ミライがまた講義室に方に向き直った。
その時、レイがミライの方に振り返った。
歩いていくミライを数秒見て、再び正門の方に向き直り、歩き始めた。
部屋に帰ってくると、レイはそのままの格好でベッドに倒れ込んだ。
昨日、今日とこんなに人と話したのはいつぶりだろうと思った。身体も頭もとても疲れているのが分かる。それでも少し力を振り絞って上を向いた。
掌を自分の方に向ける。
インターネットを指でクリックして開き、言葉でキーワードを伝える。
「第二新東京工科大学、小林」
すると、検索結果のウインドウがいくつか出てきた。
ニュースの項目、個人のサイト、ゲーム攻略サイトなど、明らかに今日見た人物とは異なる同姓の人のサイトが多数見受けられるが、それらの項目は小さく表示されている。個人の嗜好に合わせて表示の大小や奥行き関係が自動で決定されるためであった。その人にとって重要だと思われる項目ほど手前に大きく、それほどでもないものは奥に小さく表示される。
その中の気になる一つを指でつまんで引き寄せる。生物系キーワードがあったためだった。
(脳神経直接入力型デバイスが実用化に ーBrain Connected Deviceー)
その記事に驚いた。
さっき見た人物が記事に出ている。記者会見をしている動画が記事の横に流れていた。
今、レイが耳の後ろに装着しているこのデバイスの基本原理はあの小林という人が開発したものだったのだ。
しかも今回では生命の進化の理論まで作り上げるなんて、全くレイの想像もできない内容だった。
レイは妙にワクワクして胸が高鳴った。
次に、再度、検索内容を音声入力する。
「第二新東京工科大学 浜辺小春」
同じように記事が出てきた。
アルゴリズムオリンピックでの三度目の金メダルの記事だった。ただ、それ以降の記事が見つからない。ヒットした項目自体は少なかった。
指で金メダル取得の記事をピックする。会見の動画が流れていた。
今日見た人よりも少し若い感じだが、確かに今日の人だった。ただ目の色が黒い。今日は印象的な茶色い目をしていたが、黒い目だった。網膜血管情報を盗まれないためのカラーコンタクトをしているようだった。
フラッシュを眩しそうにして屈託ない笑顔でピースサインを出している。こちらも指紋がばれないように掌を裏向けで出している。(この時代ではカメラの高精度化が進み、こういった対策は当たり前のようになっている。)
それを見ながら今日の会話内容が頭の中でリピートされた。
(事象計算のマクロ化によって計算量の大幅カット。)そして、なんと言っても(全く他者に気づかれることのないハッキング。)
柊レイにとって驚きの連続であった。
これに対しても、とてつもない刺激を感じた。
そして、ミライの課題についても思い出した。
(十一次元の空間定義)
レイが授業で行った証明内容を理解し、しかもそれよりも最適な解法を一瞬で導き出した彼女ならやりきれそうな、そんな雰囲気を感じた。
それに対して、自分はと考えると次の瞬間、糸魚川教授の顔と会話が思い出された。
「衝突実験による残りの六次元探索。。。」
口に出した時、あの時と同じように自分の中にあるモヤモヤ感を感じた。
物理や数学をやっている時は楽しいはずなのに、なぜかこのテーマのことを考えると少し憂鬱な気分になる。
今まで夢中になって考えていたはずなのに、なぜこう感じるのか。柊レイにとって、とても不思議であった。
(じゃあ、他に何かやりたいことがあるだろうか?)
心の中で自問自答してみた。何かあるような気もした。だが、それが何かははっきり見えていない。
もちろん、やりたいことだけやれば良いなんてことは思っていない。それが子供じみた思想だと言うことも十分理解している。
でも頭が拒絶しはじめている。考えていると頭の奥がジンジンしてきた。今はもう考えるのをよそう。他のことを考えよう思った。
「他に興味のあること。。。」
次の瞬間、ふと頭の中にミライの顔が思い出された。
「えっ?なんで?」
少し恥ずかしい感じがして、すぐに首を振って書き消した。
ふっと起き上がり、ベッドに座ってデータの解析結果を見た。
まだ解析中ではあるが、どう解析しても、意味のある内容にならなかった。
(ただの数字の羅列?いや、そんなことはないはずだ。)
数字の並びを眺めて見る。パターン解析を頭の中でやってみる。
しかし、意味ある結果に結び付かない。もう何度もやったことだった。
少し途方に暮れて、再びベッドに横たわる。
その時、メッセージが入った。波多野からだった。
「やっと四限目が終わった~。/(^-^)/」
万歳をするアニメ絵文字が入っている。
波多野さんらしいなとレイは感じた。
即座に次のメッセージが来る。
「IT管理センターで三日間のアカウント停止くらったんだって?(驚きアニメマーク)」
「授業お疲れ様。今日もありがとう。うん。今週は学校行けそうにないよ。」
波多野のメッセージに対して、ゆっくり入力して返す。
すると、すぐに泣きマークが入ってくる。
波多野のリプライがとてつもなく速い。
「なんか困ったことあったら相談してくれよ。いつでも乗るぜ~!(サーフィンマーク)」
「ありがとう」
そんなやり取りをしている間に、もう一つ別のアカウントからメッセージが届く。
「一応、波多野には伝えておいたわよ。(手紙マーク)」
「ありがとう」
「ひとつ、貸しね。(プレゼントマーク)」
「いつかお返しするよ。」
窓から見える外の景色はまだ明るかったが、レイの瞼は重く、視界が暗く閉ざされていった。
<あとがき>
柊レイは楽しかったはずの理論物理探索がいつの間にか苦痛に変わってきています。これは今までの経験が関係しているわけですが、天才には天才の悩みがあるんだろうなというところを表現しているつもりです。
また私も大学の頃、何がしたいのか、何をやるべきなのか、モヤモヤしてた時期がありました。そんな心情も表現しています。
さて、本編ですが、眠ってしまった柊レイがある夢を見ます。どんな夢なのでしょうか。
次回、「孤独。。くしゃみ。。そして、約束」。乞うご期待!
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