∫ 1-8.神の声を聞くもう一人の男 && アルゴリズム神 dt

 軽く無精髭を生やした男がワークステーションルームの奥で紙の資料を手に持ち、ブツブツ何かを唱えていた。

 首には職員用のカードをぶら下げている。カードには『小林 秋雄』の文字があった。

 そこに少し寝癖を付けた丸メガネの女子が入ってきた。

 女の子の着ている白いTシャツには空を飛ぶ雲に乗ったツンツン頭の男の子が描かれている。胸に亀と書かれた派手なオレンジ色の服を着たツンツン頭の男の子からはシッポが生えていて、そのしっぽが時おりブラブラしていた。

 女の子があくびをしながら男に向かって挨拶した。

「おふぁようごじゃいましゅ。」

「おはよう。浜辺さん。」

 すぐに男が軽く愚痴った。

「あのさ、二時間遅刻なんだけど。っていうか、またその服。」

 丸メガネの女子が返事をした。

「あー、すみませんですぅ。目覚まし、つけてたんですけどね、三個。全部消えてましたぁ、なぜか。それと、この服は三枚持ってますから。ちゃんと洗濯済みですぅ。」

 小林が呆れながらも本題に入った。

「あっ、そうなの。まあ、いいや。ちょっと今回の結果、早めにまとめないとダメかもしれないんだ。さっき研究室で教授に怒られたんだよね。全然データが上がってないって。11月の学会に出したいらしいんだよ。」

 小林が困ったなという顔をしながら続けた。

「そんなに出したいんなら自分で書けばいいのに。

 っていうか、11月が学会ってことは今月末にアブスト提出か。できるかな。。。」

 自問自答する小林に浜辺が返した。

「ここ、来る前に確認したんですけど、計算終わってましたよ。」

「えっ?そうなの?昨日始めたばっかりだよね。速くない?実は計算できてないとかないよね?」

「ないですよ。小林先生。やっぱり私のこと信用してないでしょ⁉」

「いやさ。前回の時って、一週間くらいかかってなかったっけ?」

「ちょっと裏技を使ったんですぅ。」

「裏技?」

「ちょくちょくは使ってるんですよぉ。小林先生は私のプログラムに興味がないから。」

 浜辺が自分のBCDのディスプレイに結果を表示する。

 そして、そのファイルを『小林秋雄』と書かれたユーザーアイコンに投げ込み、共有化した。

 小林のディスプレイに『浜辺小春』から送られた共有有効化の表示が現れた。

 小林はそれに(Yes)を押した。

 小林のBCDに結果が写し出され、結果の物質が複数個表示されていた。

 それぞれを触りながら物質に付いている官能器を拡大し確認する。

「はぁ!なるほど!!ふんふん。。。」

 小林は感心の声を上げながら、時折少年のように目を輝かせていた。

 小林が十分に満足していると分かっていながら浜辺が問いかけた。

「どうですか?ちゃんとできて…」

「すごいよ。これ!!これなら免疫過剰病原ウイルスに対抗できるはず。」

 小林が満足している姿を見て、浜辺は安心した。

「秋雄ウジが満足とのこと、拙者、この上なき幸せでござるよ。ニンニン。」

「何それ?」

 浜辺の言葉が小林には何のことなのか全然分かっていなかった。

「それよりさ、この材料で体内活動シミュレーションをお願い。」

 無視されて、ちょっとムッとしつつ、低テンションで返事する。

「はいはい。分かりましたよ。体内シミュレーションすれば良いんでございますね。」

「うん。お願い。早めに出せるかな?もう9月なのに11月の学会出すとかちょっと急ぎすぎなんだよ。

 これ、特許も出さないとダメなのに。。。そうそう、浜辺さんも連名しとくからね。」

「もう、しようがないですねー。じゃあ、またとっておきを使いましょうかねえ。」

「とっておき?とっておきって何?」

「ナイショですよ。ナ、イ、ショ。」

 小林は興味を持ったフリをしてみたが、結局教えてもらえないと思い、それ以上つっこまなかった。とはいえ、それほどプログラムに精通はしていないため、あまり興味がないことも事実ではあったが。

 そんな小林を横に浜辺は、あるソフトを立ち上げ、表示されたウインドウにカタカタとコマンドを打ち込んだ。

「では改めまして。。。」

 浜辺は人差し指を伸ばした手を頭上高くに持ち上げた。

「おねがいしまーーーす‼」

 合図をするのと同時に腕を振り下ろし、人差し指で空中にあるスタートボタンを押した。

「シミュレーション開始したら計算した物質のデータ送ってくれる?」

 冷静な小林を見て、浜辺がボソッと言った。

「『夏の戦争』、知らないんです?」

「なんです?その『夏の戦争』って?」

「『服部さん』とか、『竜の宝玉』とかも?。。。ふう。。。いいです、もう。」

 浜辺が諦め顔をして答えた。


 浜辺が実行した体内活動シミュレーションは、文字通り、体内にウイルスが入り込み、ウイルスが爆発的速度で増殖すること。そして、ウイルスが体内の至るところで一般的に病状が発現する程度の数まで増殖した後、薬物を経口投与したものとして、その薬物がどのように体内で吸収され、ウイルスに届き、どのように駆逐していくかをシミュレーションするものであった。

 こういった計算を行うためには、ウイルスが自己と他者と区別するために用いる遺伝情報に関する学問である分子生物学、身体中にある各分子の立体的性質、親疎水特性、電子スピン特性などを基にした分子力学、分子動力学、流体力学などを駆使して、それぞれの細胞がどのように動くかを計算する必要がある。

 さらに薬となる化合物が、ウイルスに対してどのように作用するかも計算によって導けるように専用の数式が必要となる。

 体内に、強い効果のある薬、化合物を投入したとしても、ウイルスのところに行き着く前に消化されたり、別の化合物と反応してしまっては意味がない。そういったところまで考慮されたものが必要となる。

 こういったシミュレーションを実現するため、浜辺はありとあらゆる力学の計算式を正確、かつ正しくマクロ化する技術を身に付けていた。彼女の研究テーマは正にそれであった。

 さらにこれらの計算量は尋常な量ではない。その計算を行うため、彼女はプログラムのステルス化を行い、学校内のありとあらゆるコンピュータやデバイスに対してハッキングを行い、処理を行わせていた。これも彼女が幼い頃から独自で開発を続けて完成させたものであった。

 ソフトで記述した内容をマシン語に落とし込み、寄生したデバイスのインタプリタ部分(一般的プログラム言語をマシン語に変換する処理部)にコード追加を行い、処理の一部のみをそのデバイスで行えるようにする。そして、別のデバイスには別の処理を書き込み、これを無数のデバイスで行うことで大きな処理を行えるようにしているのである。

 コントロール側ではハッキングした様々なデバイス内のメモリを読み取ることで全体を把握するという仕組みである。

 ただし、処理はそのデバイスの持つ能力の余剰分を使うようにしていた。これにより、誰も気づくことができなかった。

 この方法は、処理内容をインタプリタ部分に書き込むため、一般コードに現れないため、監視用AIにさえも気づかれない技術となっていた。

 彼女は今大学院二年であるが、中学三年の時からプログラムのアルゴリズムオリンピックで常にダントツ金メダルを三度経験した。その後はオリンピックには出ず、独学で最新のプログラム技術を磨き、ついには世界を欺く技術まで身に付けたのである。

 もちろんこれは完全なハッキング、犯罪行為であった。ただし、全くと言っていいほど影響がないため、浜辺は罪悪感を抱いてはいなかった。

 かわいい顔をして恐ろしいことを平気でできる神経の持ち主である。


 実行したプログラムが全校のデバイスを乗っ取り、とてつもない勢いで計算を始めた。

 異常がないことを確認して、浜辺が小林に言った。

「シミュレーション、スタートしましたよ。で、データ送れば良いんでございましょ?」

「ああ、お願い。さっきのやつ。」

 小林の目が何かを見つけた少年のように輝いた。

 浜辺もそれを見て、まんざらでもない顔をした。

「しようがないですねぇ。」


<あとがき>

 浜辺小春は、私の一番のお気に入りキャラであるため、一生懸命説明を書いてしまいました。まあ、簡単に読み飛ばしてもらっても良いかなと思います。

 私の本業はプログラマなので、シミュレーションの難しさは理解しているつもりです。まあ、その思いもあってグダグダ書いてしまったというのもあります。(笑)

 さて、本編ですが、浜辺がシミュレーションをスタートしたことで、あることが起こります。そこからいろいろと巻き起こっていきます。

 次回、「ターゲット捕捉!」。乞うご期待!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る