∫ 1-3.波多野と柊レイの抱える過去、そしてミライ dt

 二限目の講義室から(柊)レイが出てきた。相変わらず一人だった。

 二限目では特に変わったことはなかった。

 講義室の外で掌を自分に向ける。

 目の前に宙に浮かぶアイコンが出てくる。そのアイコンの一つである大学のアプリを開き、大学構内マップを開いた。

 レイはマップ内の食堂をクリックして、掌をクルッと裏返す。

 すると、アイコン達が消えた。それと同時に歩道に矢印が表示される。

 食堂までの道しるべだ。もちろんこれもBCDを通して疑似可視化されたものだった。

 円筒型のロボットが歩道の掃除を終え、待機ポートに移動していた。待機状態になったロボットの横を通り、レイが食堂に着いた。

 そこはちょうどショッピングモールのフードコートのような雰囲気であった。

 それぞれのお店の看板から代表的なメニューが飛び出していた。

 ハンバーガー、イタリアン、中華、インド、日本食などいろんなメニューが取り揃えられている。

 生徒達がすでに列を作っていた。

 レイは数々のメニューからカレーを選び、列に並んだ。

 列に沿って設置されているウォールディスプレイからメニューが立体表示された。

 メニューは店頭の網膜血管読み取りセンサが個人を特定しており、その人の嗜好、アレルギー、それまでの過去データからの栄養バランスなどを考えたものが表示される。

 だが、レイは初めてだったので、いたって普通に人気順で表示されていた。

 レイは表示されたメニューの中からコロッケカレーを選択した。

 自動で決済が終了し、列に沿って進むとロボットが選択したメニューを出してくれた。

 レイは香しい匂いを放つコロッケカレーが乗ったトレイを受け取って、空いている席に座った。

 両手を合わせて小さい声で「いただきます」と言い、その後はひとり無言で食べ始めた。

 レイがしばらく食べていると、そこに同じ物理学科の男子一人と女子二人がやってきた。

「ここ、座ってもいいかな?」

 レイがカレーに向けていた視線を上に向けた。

 少し茶髪、サラサラヘアでいかにもモテそうな目鼻立ちの整った美男子がそこには立っていた。

 服にも青空が描かれており、清潔感を感じる。動く雲が爽やかさを引き立てていた。

 その結果の女子二人連れだ。

「。。。はい。どうぞ。」

「ありがと。」

 レイは引き続き食事を始めた。

 男子はレイを見つつ、レイの前に座った。その横に女子一人が座った。もう一人の女子は(ちょっと!私が座ろうと思ったのに)的な顔をしながら、仕方なくレイの横に座った。

「さすが天才くんだね!!あっ、あの一限の授業。おれには何の式なのかすら全然分からなかったよ。それを一目で理解して解いちゃうんだもん。やっぱスゲーわ。

 あの教授さ、高圧的な授業するって有名だったから、ホントみんなスカッとしたんじゃないかな。去年単位落とされた人とかは特に、ね。」

 レイは食べていた手を少し止めて、男子の方に少しだけ目を配った。

「あっ、ごめん。一方的にしゃべって。おれの名前は波多野亮治。同じ物理科だ。よろしく。」

 波多野はレイに向かって握手の手を出した。

 レイはさらに目を上に向け、波多野の顔を見た。そして握手の手を見た。

 レイはスプーンを置き、少し躊躇しつつ、ゆっくり右手を出した。

 もうすぐお互いの指と指が触れそうな距離になった時、波多野がさっと手を伸ばして握手した。

 レイははっとして波多野の顔を見た。屈託のない笑顔。敵意は全く感じなかった。

 お互い手を離して、しばらく波多野は黙っていたが、レイが話し始める様子がなかったので、話し始めた。

「たしか名前は柊レイくんだよね?みんな、噂してるよ。超統一場理論を完成させた人だって。

 スゲーよな。一年前にすでに物理の最高峰に立って、さらに突き進む。うーん、スゲーよ。他に言葉が出ないわ。そう思わん?」

 波多野が話し始めるとレイは再びカレーに目を向けていた。

 その柊レイを見ながらも波多野は話を続けて、女子二人に同意を求めた。女子二人もその意見に頷いた。

「ホントびっくりしたよね。」

 女子二人が目を合わせる。レイには女子たちが話だけ合わせているのが伝わっていた。

 波多野が続けた。

「それにまだ若いよね?今、16?あの発表した時が15歳だったよね?」

 レイは再び波多野の方を見た。波多野は笑顔のままだ。

「はい。今、16です。」

 波多野が感嘆の声をあげる。

「マジか〜。16にして…」

 その時、一人の男子が近づいてくる。

 そしてレイの前に来て、急に怒鳴り声をあげた。

「お前か。あの厄災の犯人の子供ってのは!お前のおやじのせいでうちはメチャクチャになったんだよ。どうしてくれんだよ!!」

 レイがさっとうつむいた。

「なんとか言えよ!」

 その男子はレイに詰め寄ろうとした。

 周囲も一斉に柊レイの方を見た。

 その時、波多野が立ち上がり、その男を制止しながら言った。

「お前、何言ってんだ?やめろよ。」

「なんだよ、お前は!?」

 波多野と男が言い合いをし始めた時、レイが怒りをこらえながら口を開いた。

「父さんは何もやってない。何も知らないくせに勝手なこと言うな。」

「なんだと!」

 男が波多野を振り払い、腕を振り上げる。そしてレイに向けて振り下ろされた。

 が、波多野が間に入り、男の拳が波多野の頬に入った。

「気がすんだかよ。」

 レイは目をつぶっていたが、波多野の声で目を開けた。

 殴られた波多野が床に倒れ、上半身を起こし、男をにらんでいた。

 レイが戸惑いと驚きの表情をした。

「えっ?どうして?」

「あんた、証拠でも持ってんの?柊博士があの『時空の暴走』を引き起こしたって言う証拠をさ。」

 男の後ろで、夏目ミライが腕を組んで仁王立ちで立っていた。

「証拠?」

「当たり前じゃない⁉証拠もなく、こんなことしてんの?あんた、バカァ?」

「なんだとぉ‼」

 男子が夏目ミライの方に振り返り、次は夏目ミライに詰め寄ろうとした。

 そこに、波多野がさっと立ち上がり、再び割って入った。

「お前、これ以上やるんだったら…」

「お前らは何も被害被ってないんだろうが!!」

 男子はさらに声を荒げた。その男子の言葉に夏目ミライが反応した。

「あたしだって父親が死んだわよ。だから何なのよ!この子には関係ないじゃない!!だから証拠を出せって言ってんのよ。」

 その言葉に男子が声を詰まらせた。レイは驚きで夏目ミライを見上げた。

 レイの記憶がフラッシュバックする。レイが小学校三年になり、孤児院にいる時だった。



 新しく入った先生の一人が突然レイを庭の隅に連れていき、罵声を浴びせたのだ。

「あんたの父親のせいで、うちのだんなが働けなくなったのよ。どうしてくれるの?」

 レイは胸ぐらを掴まれて息が詰まった。他の先生が気づき、止めに入る。



 ふっと現実に戻る。レイは再び下を向く。しばらくシーンとした時間が流れた。

「なんなんだよ、お前ら。。」

 男子が捨て台詞を吐き、その場を立ち去った。

 周囲のざわつきが戻り、波多野がレイに声をかけた。

「大丈夫か?」

 レイは波多野がかけたレイへの心配の声に驚き、波多野の方を向いた。波多野の口の横に血が滲んでいた。

「ぼくのせいで、、、すみません。大丈夫ですか?」

「うん。ちょっと効いたけど、大丈夫だよ。良かった。話してくれて。」

 レイは言葉が詰まった。

 その時、夏目ミライが、去っていった男の方を見ながら、レイの近くに寄ってきて話を始めた。

「なんなの、あいつ?」

 そして、レイの方を見てさらに続ける。

「あんたももっと言い返しなさいよ。」

「あっ、すみません。」

「まったく、もう。あっ、それよりも。。。」

 まだ何か言われるのかとレイが構えた。夏目ミライがレイに指を指して続ける。

「あんた、柊レイね。物理界の超新星だの、ヘチマだの言われてる。。。」

「ヘチマ?」

 夏目ミライは指をしまい、再び腕を組んで続けた。

「あたしは夏目ミライ。数学科よ。あなたと同じ17。よろしく。」

 じっとレイを見る。目が一秒くらい合ったのち、レイは目を下に向けた。

「ぼくはまだ16です。」

「あー、あたしの方が早生まれなんだね。そっか。」

 ミライが小さい声で言った。

「この子があの数式を作っただなんて。。。」

 波多野が割って入った。

「さあさあ、早く食べちゃおうぜ。変なやつのせいで昼休み終わっちまうよ。」

 波多野が席につく。動揺を隠せないながらも女子達も同意した。

「う、うん。そうだね。」

 レイはミライが気になった。ミライの方をさっと向くとまだミライはレイを見ていた。

「こんな時に言うのもなんだと思ったけど、やっぱり言うわ。」

 ふと、波多野や女子達がミライの方を向いた。

 ミライが再びレイを指差した。

「さっきのあれ。空間定義の部分はヒルベルトで拡張するよりコルモゴロフで考えれば、一撃でしょ⁉アレクサンドロフ位相ではT0をT1にできるんだから。なんで気づかないわけ⁉」

 レイは数学の話をされるとはおもってなかった。あまりの意外さにレイがキョトンとする。そして、言われたことの意味をふと考える。少し上を見てさらに考える。レイの頭に中に数式が駆け巡った。

「あー!なるほど。ホントだ。」

「ったく、世界を変えるヤツだからと思ってたけど、結構抜けてんのね。」

 それを聞いて、波多野が独り言のように言った。

「いやっ、充分過ぎるぐらいなんですけど。」

「とにかく、もっとしっかりしてよね。言いたかったのはそれだけ。じゃあね。」

「あっ、ありがと。。。」

「ふんっ」

 そのやりとりを見て、波多野が言った。

「なんだ、あいつ。17って若くね?まあ柊くんも若いけどな。」

 レイは波多野の話を聞きながら、立ち去る夏目ミライの後ろ姿が気になった。

 颯爽と歩く立ち振舞い。肩くらいまでの揺れる若干赤毛の髪。下品すぎず、長すぎないスカート。清潔そうなカーディガン。

 どこかで見たことがあるような既視感を持っていた。

 固まっていた女子の一人が話し出した。

「なんか聞いたことあるよ。数学科にも柊君と同じような飛び級入学者がいるって。数学の天才児なんだって。」

「あっ、これね!」

 もう一人の女子が検索をかけてヒットした結果をテーブルに移動させた。

 テーブルの表面に一つの記事が映る。

(夏目ミライ、若干15歳にして数学界のノーベル賞=フィールズ賞を受賞)

「マジかよ。。。おれも地元では神童って呼ばれてたんだけどな。一応。」

 レイが思わず話している女子や波多野の方を見ていた。

 次の瞬間、空中に表示されている学校の掲示内容を示すウインドウにほんの一瞬だがノイズが走った。


<あとがき>

 プロローグにもありましたが、主人公の父親は『時空の暴走』を引き起こした犯人として扱われています。ですが、そこには証拠がないため、不起訴となっています。

 本編を読んでいただけると、この『時空の暴走』の正体が明らかになっていきます。

 あと、キャラクタの容姿のイメージですが、

 柊レイ=碇シンジ(エヴァンゲリオン)

 夏目ミライ=アスカ・ラングレー(エヴァンゲリオン)

 小林秋雄=加持リョウジ(エヴァンゲリオン)

 浜辺小春=サーヤ(グランブルーファンタジー、角なし)

 波多野亮治=渚カヲル(エヴァンゲリオン)

 です。イメージ同じでしたでしょうか?(笑)

 まだまだ続きます。

 次回、「誰だ!?」乞うご期待!!

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