628.『越権』


「よし――ッ」


 既にイミティカの支えにより、フェレスは立ち直っている。

 立体式陣術の全面稼働における、窮地は脱している。

 

 ならばここはもう、思い切って行くべきだった。

 

『カラス! こっちはもう大丈夫だ! 安心して、ブチかましてくれ!』

『そうかね!』


 そう腹を括り見上げた空より返されてきたのは、カラスの一声。

 本来であれば、夜へと至る紫紺の海と化していたであろうその空にて、輝く陣が浮かびあがる。

 

 空間を破壊し、そこに異なる次元へと繋がる回廊を創り上げる。

 それを成す為の完全なる立体式陣術の発動に際して、不安がないと言えば、それは嘘になる。

 だが、それを理由に踏みとどまっているわけにはいかない。

 

「ま、狙いが狙い、事が事、ってヤツだからな……!」

 

 これだけの手間をかけて、多大なリスクを背負っておいて、望む奇跡は限定的。

 規模は体がギリギリ通ればそれで良し。

 道を通り抜けた後の、出現座標に関しても横方向であれば多少のズレも許容。

 更に言うのであれば、使用回数に至ってはただ一度きりと指定してある。

 

 さすがに大気を構成するアトマ以外が存在するポイントは、事故防止で行き先から除外済であり、その分、難度は若干高まってはいるものの……

 次なる不備・トラブルが舞い込んでくる前に、ここは強引にでも踏み込まねばならない。

 

 それに、偶然にもイミティカが創り出していた、この神殿にもそれだけの価値があった。

 フラム・アルバレットの力を模倣しての『大地変成』にて生成された、ミストピアの神殿。

 カラスが言うには、これがまたこの精神世界において陣術を履行する上で、かなりのプラスに働くらしいのだ。

 

 そもそもその話、空間操作系の術法は――これに関しては、使い手が少なすぎるゆえに、やれ時空だの次元だのと呼称のブレが酷かったりするのだが――その特性上、どれだけ気を使ったところで、周囲になんらかの被害を与えてしまうことが多いとのことで。

 

 当初、『成り損ない』と呼んでいたイミティカをこの世界から追放するという、比較的シンプルな術効を求めたとしても……

 適切な発動箇所を見極めていかねば、精神世界との繋がりを持つ者、つまりは俺とフェレス、そこに加えてイミティカの精神領域に対して、大きな傷跡を残しかねないという話だったのだ。

 

 しかしどうやらカラスの見立てでは、この偽りの神殿はそのダメージを肩代わりしてくれる可能性が、非常に高いらしい。

 それもいま俺たちが集まっている、試合場を内包した小さな砦は絶好の『下地』として利用できるそうなのだ。

 

 一体なぜ、そんな事になるのか。

 それは彼にも説明がつかないようだったが、ぶっちゃけそこら辺の理由や理屈に関しては、この際どうでもいいと俺は思っている。

 

 まあ、当てずっぽうでちょっとだけ考えてみると、俺が『隠者の森』から旅立って、初めて他者に戦いを挑んだり、色んな人達と交流を深めた場所だったから、それが何らかの堅固さに繋がったのではとか……

 そもそもイミティカが創り出した陣術による生成物なので、一応同系統にあたる立体式陣術の土台的な運用が可能なのでは、とか。

 

 まあそこらに関しては如何せん情報が少なすぎるので、意識的に考えないようにはしている。

 そんな事よりも、今はこのまたとないチャンスを活かす方が、余程大事なのだ。

 

 ……ん?

 そういや、イミティカは俺の姿と能力を真似てきていたけど。

 色々と急にありすぎて、今の今まで、度忘れしていたけれども。

 

 あれ?

 イミティカって、どうやって模倣の能力を発動させているんだ?

 たしか俺が『隠者の森』で倒していた、鳥頭に変異した影人の場合……

 

 模倣する相手の、血液なりを取り込むことで変異していたよな?

 てことは、イミティカも既に俺の血を得ていた、ってことなのか?

 それともアイツの場合、この精神世界に長くいたから、模倣出来たってことなのか?

 

 それはついつい、とそんな考えに至ってしまった直後のこと。

 

『!』

 

 突然、陣のみならずして、その場に在るすべてが、激しい鳴動に呑み込まれていた。

 それを受けて、思考が一気に別方向へと疾る。


『フェレス! イミティカ! 陣のど真ん中から、反動がくるぞ! だからそのままもうちょい、気合入れて踏ん張ってろ!』

『は、はいっ……フラム様! あっ、でも、イミティカくんが……わきゃっ!?』

『ダイジョブ。フェレスオネエチャン、ウケトメタ。チョトブルブルスルケド、オレ、ヘイキ』

『ああ! 任せたぞ、イミティカ! 分体含めて、ここはお前が頼りだ!』


 おそらくは皆、中天に座す一羽の黒き翼を見上げての連携が進行してゆく。

 本来であればそれを統率する立場にある、カラスよりの『声』はない。

 

 その反応の無さが逆説的に、事が大詰めに入ったのだという証となっていた。

 

「おっ、とっお!」

『きゃ……! ちょ、ちょっと、イミティカくん!?』

『ヘーキヘーキ。オレ、フニャフニャ。フラムオニイチャンガイテタトオリ、チカラヌケテルヨ』


 陣が起動する。

 その直感を後押しするように、地が揺れる。

 

 立体式陣術を構成する、四面の三形陣。 

 その中でまず最初に作動したのは、やはり黒羽根の楔でもって強固に結び付いた、底面の陣からだった。

 

「上手く行ってくれよ……!」


 三つの起点が互いに向けて、幾何学模様でもって刻まれたアトマの文字を放ちあう。

 それらすべてが地より光を立ち昇らせて――


 一つ目の陣が、完成した。

 

「隔てしは神の理、築くは次元の回廊……」

 

 その輝きへと、声が落ちてくる。

 朗々たる響きに満ちた、重低音バスの旋律が降り注いできた。

 

「舞い上がりては狙い裂き、墜ち翻りては乱れ飛び、疾く参じては導き逝く……」


 地に記され、脈動する魔法陣。

 

「気高き流浪の翼に、我、願う」

 

 明滅を繰り返す魂の文言へと向けられたそれは、俺が始めて耳にする呪文の詠唱だった。

 

嗚呼ああ、母なる根源よ。雄々おお、父の断絶よ」

 

 厳かな韻律へと向けて、地の楔たちより輝く帯が奔る。

 その先に在った黒翼がばさりと一度強く鳴らされて、四面の陣が完成する。 

 

「名も無き災厄、全能にして蒙昧なる悪神定めし、古き封域……今こそ、貫かんが為に!」


 アトマの文字が光となり、打ち建てられた願いの器を満たしてゆく。

 その光景を前にして、呼吸を行うことすらも忘れてしまう。


 それを一体、どの様にして、どんな言葉で例えればいいのかと……

 

『わあ、きれいです……』

『ワア。ピカピカ、グルグル、スゴイネ。オネエチャン、オニイチャン』

『……だな』


 場違いにもそんな事を思い悩んでしまったところにやってきたのは、ひたすらに素直な二つの『声』であり、思わず俺もそれに同意してしまっていた。

 こういう時は、小さな子供の感性には敵わないと思うし、敵わないでもいいとも思う。


「さて。そろそろ大詰めってヤツか。頼むぜ……カラス!」


 既に陣は、稼働状態へと移行している。

 内部のアトマの流れを視たところ、特におかしな反応もなく、問題なく作動している。

 

 こうなってしまえば、後はこちらが出来ることもそう多くはない。


「集うは四極の罪嘴ざいし、無垢なる罰爪ばっそう以て!」


 必然、そこから先は夜天を舞う賢者の一人舞台というヤツであり……


「穿て視えざる積層! 砕けよ、次元の摂理!」 


 小さき砦の尖塔に生まれ出でた光点を、皆で見守るのみとなっていた。 


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