第9話
外崎さんの目が泳ぐ。僕は多少強引だが、外崎さんに圧力をかけた。
「ごめんなさい。実はペットが攫われて……」
そう言って外崎さんは懐から手紙を取り出した。僕はその手紙を受け取ると目を通す。
『犬は預かった。誰かに話したら犬は殺す。夜外を出歩け』
端的に言うとこんなようなことが書いてあった。まさか怪人の仕業か。だが、怪人がここまで知性ある行動をするのを聞いたことがない。これは作戦を立てて女子を攫おうとしているように思える。
何かが起きている。さっきの強化された怪人といい、これは警戒を強める必要があるな。
「一人で悩んだんだね。大丈夫。犬は僕が探すから。外崎さんは家に帰って外を出歩かないで」
外崎さんは涙目になりながら頷くと、とぼとぼと家に帰っていった。
さて、外崎さんの犬、ペスというらしい。ペスを見つけるにはこの手紙から痕跡を辿る必要があるな。僕は手紙に魔力を集中させると、痕跡を調べる。手紙に付着した怪人の痕跡を辿れば、その怪人がどこにいるのかがわかるのだ。どうやら敵は近くにいるらしい。外崎さんを出歩かせて襲う気だったぐらいだ。近くにいるとは思ったけど。
僕は早速、その怪人のいる方へ向かって走る。あんな悲しそうな外崎さんの顔、見たこと無い。女の子にあんな顔をさせるなんて最低だ。絶対に許さない。
そうして怪人を見つけた僕は背後からそっと忍び寄り、魔力の刀で切りつけた。
だが、怪人は超人的な反応でそれを躱すと、腕に抱えた犬に爪を突き立てた。
「ほう。もう来たのか。だが、お前は手出しできない。手出しをすればこの犬がどうなっても知らないぞ」
「くっ……」
動物を人質に取るとは厄介だ。ペスは無事に救出して外崎さんのもとに送り届けなければならない。確かに怪人の言うように、僕は手出しを封じられた。
「いいぞ。そのままじっとしていろ」
この怪人は明らかに知性がある。いつも相手にしている知性のない怪人とは雲泥の差だ。怪人は距離を取ったまま、魔力弾を放ってくる。僕はその魔力弾の直撃を受け、吹っ飛んだ。
「がはっ……」
ダメだ。このままでは何もできずに終わってしまう。スーツのおかげでダメージはそれほどないが、このまま攻撃を受け続けたらじり貧だ。なんとか打開策を考えなければ。あの怪人は背後から接近した僕の不意打ちを超人的な反応で躱した。つまり、反射速度が尋常じゃない。普通にしていては倒せないだろう。
なら、やり方を変えるまでだ。
僕は作戦を立てると、立ち上がる。
「さあ、刀を捨てろ」
指示通り、僕は魔力の刀を捨て去った。怪人は油断している。僕を丸腰にさせたことで、もう僕に手立てがないと考えている。僕はそこを突く。
ペスは大人しく怪人の腕に収まっている。そのペスを救出する為に、僕は隠密に行動する。
「ははは、ゼロもたいしたことはないな」
そうほくそ笑む怪人の背後から接近し、殺気を殺して拳を放つ。
「がはっ」
今度は怪人の頭に直撃した。脳を揺らされた怪人は腕に収めていたペスを取りこぼす。僕はそのペスを奪い取ると、距離を取った。
「馬鹿な。お前は正面にいたはず……」
「残像だ」
超人的なスピードを有する僕だからこそ可能な分身術。魔力を纏い圧倒的速度で移動することで、残像を残す隠密術。ちゃんと怪人を騙せたようだ。
「さて、年貢の納め時だね」
僕は魔力の刀を拾い上げると、怪人に構える。そして神速の一撃を突き刺した。
「ぐはっ……」
怪人は胸を貫かれ、呻き声を上げると、霧散した。
本当は尋問したいところだったが、こちらもペスを守りながらな以上、そんな余裕はなかった。
僕はペスを抱きかかえると、外崎さんの家に向かって歩き出す。
外崎さんも心配しているだろうし、早く送り届けてあげなきゃ。
外崎さんの家に着くと、外崎さんは玄関の前で待っていた。余程心配だったようだ。誰にも喋るなと指示されていた手前、僕に話したことでペスが殺されるとでも思っていたのだろう。
「ペスは取り戻したよ。だから安心して」
「ありがとう、ゼロ……本当にありがとう」
涙を流しながらペスを抱きしめる外崎さん。無事にペスを取り戻せて良かった。僕は胸を撫で下ろすと、外崎さんの家を後にする。
明らかに怪人のスペックが変わっている。これは少々調べる必要があるかもしれない。
父さんたちと相談して対策を決める必要があるな。
怪人は知性がないから厄介なことはなかった。その怪人が知性を身に付けたとなると話は変わってくる。僕たちだけで守り通せるとは思えない。
学校の女子たちの安全を脅かす脅威がすぐそばまで迫っている。
僕は言いようのない不安を抱き夜の道を闊歩する。
「何が起こっているんだ」
僕の問いは虚空に消え、誰も答えてくれることはない。ただ闇の中に潜む景が、息を潜めて蠢いているのだと思うと、酷く胸騒ぎがする。今後はもっとパトロールの時間を増やすべきだな。そう考えた僕は夜の闇の静寂を縫って、怪人がいないか徘徊するのだった。
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