第29話 冒険者ギルド
店を出た瞬間、眩しい日差しと喧騒に包まれた。
通りには行き交う人々が絶えず、商人が声を張り上げ、子供たちが駆け抜けていく。香辛料の匂い、焼き立てのパンの香りが鼻をくすぐった。
「……ふう」
俺は装備を抱えて、大きく息を吐いた。
「何とか装備を手にれることができてよかった…」
「あのおっちゃん、見た目のわりに意外と優しいんだな」
リオが肩の上で尻尾をぱたぱた揺らしながら笑った。
「顔は怖かったけど。……まあ、悪い人間じゃなさそうだね」
俺は店主からもらった装備に目をやる。
「さっそく装備するか」
「そうだな、マナが枯渇しないうちにな」
俺たちは人目を避けるように、建物に挟まれた薄暗い小道へと足を踏み入れた。
深呼吸をひとつして、マナで作った装備を解く。
瞬間、身体を覆っていた革鎧がすっと消え、胸当ての重みが霧のように消え去る。
代わりに、先ほど貰った錆びついた剣と、ひび割れた胸当てを身に着けた。
「……重いな」
リオが小さく頷く。
「これでマナの消費を気にせずこの町にひそめるだろう」
セリスは冷静に俺を見て、短く告げた。
「似合っていますよ、マスター。……まだ頼りなくはありますが」
「ふん、言うな」
俺は苦笑しながら、胸当ての紐を締め直した。錆びてボロボロでも、不思議と胸が熱くなる。
――これで、ようやく冒険者らしい姿になれた。
マナの減少も止まり、肩の荷がひとつ下りた気がする。
「さて……次はどうするか」
俺の問いに、セリスは淡々と答える。
「この町に滞在するのなら、宿は必要です」
「宿なんていらなくないか?」
リオがセリスの方へ顔を向けて言い放つ。
「いいえ、必要です。リオ様はマスターを外で休ませるおつもりですか?」
セリスの声音は冷たく鋭かった。フードの奥に隠れた視線が、リオを突き刺すように感じられる。
その場の空気が一気に張りつめ、二人の間にバチバチと火花が散るようだった。
「べ、別に……外で寝たってボクは平気だし!」
リオが胸を張って言い返す。
「リオ様が平気でも、マスターはそうはいきません」
セリスが即座に切り返す。
「ぐっ……」
リオが言葉に詰まり、耳をぺたりと伏せる。尻尾だけが落ち着きなく揺れていた。
セリスはさらに淡々と続ける。
「人目を避けて野宿などすれば、余計に怪しまれます。無用の危険を招くだけです」
「……っ」
「お、おい! ケンカするなって!」
慌てて俺は二人の間に手を伸ばした。
「……確かに宿は必要だと思う。だけど知っての通り、お金がない」
リオが耳を伏せて尻尾をぱたんと打つ。
「……やっぱり野宿しかないな」
「野宿は論外です」
セリスがきっぱりと言い切る。
「町で滞在するには、最低限の拠点が必要です」
「そうだな、拠点は欲しいな…」
俺は腕を組んで考え込む。
「なかったら稼げばいいじゃん」
リオが尻尾を振りながら言った。
「でも……稼ぐって言ったって、どうやって?」
俺は思わず口にした。
そのとき、セリスが静かに言葉を重ねる。
「この町には冒険者が集まります。そして、今のマスターの格好は……?」
「……冒険者」
口にした瞬間、胸の奥がざわついた。
「そうだ、ギルドだ!」
「いいな!ギルドだったら宿代くらいすぐだろ!」
「……早速行くか。冒険者ギルドへ」
そう言って俺たちは冒険者ギルドに向かった。
通りを進むにつれて、人の流れが自然と一点に集まっていく。
やがて見えてきたのは、大きな石造りの建物だった。二階建てで横幅も広く、存在感を放っている。入り口の上には交差した剣と盾の紋章――冒険者ギルドの象徴が掲げられていた。
扉を押し開けると、熱気と喧騒が一気に押し寄せてきた。
木の床を踏み鳴らす足音、酒場のような笑い声、依頼をめぐって言い争う怒鳴り声。鎧や武器を身につけた男たちが席を占拠し、酒を飲み交わしている。女の冒険者が豪快に笑いながらジョッキを掲げる姿も見えた。
壁際には巨大な掲示板があり、紙に書かれた依頼書がびっしりと貼られている。討伐、護衛、採集……冒険者たちが紙を引き抜いていく。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。迷宮とは違う、人の熱気に押し潰されそうだ。
リオは肩の上に上り、セリスは無言で周囲を観察していた。
「マスター」
セリスが小声で囁く。
「まずは受付で登録を済ませましょう。正式な登録がなければ依頼は受けられません」
「……そうだな」
俺は喉を鳴らし、カウンターへと目を向けた。
そこでは女性の受付嬢たちが忙しなく書類を捌き、時に笑顔を浮かべ、時に険しい顔で冒険者と応対している。
その中のひとり、淡い金髪を持つ受付嬢と目が合った。
意を決して近づくと、彼女はにこやかに微笑んだ。
「ようこそ。ソルベルグ、冒険者ギルドへ。こちらは初めてでしょうか?」
「……はい、冒険者登録をしたいんですけど…」
俺は緊張で声が掠れたが、何とか頷いた。
「承知いたしました。では、こちらの紙にご記入をお願いします」
すると、肩に乗っているリオが小さな声で話しかけてきた。
「おい、ハル。名前とかどうすんだ?偽名でも使うか?」
確かにそうだ、この紙に正直のことを書いていいのだろうか。ばれた時に危険すぎではないか?ここはすべて嘘の情報を書いておくか…。
その瞬間、セリスがふっと俺の隣に来て耳打ちをした。
「マスター、リオ様の言う通り偽名を使うのが最善と考えます」
「…分かった」
俺は覚悟を決め、ペンを走らせた。
名前の欄に、頭の片隅に浮かべた名前――「レオン」と記す。
出生地も経歴も、すべてでたらめ。俺はすべてを書き終わった。
「よし、……お願いします」
受付嬢は紙を受け取り、軽く目を通しただけで微笑んだ。
「はい、ありがとうございます。では確認試験に移りましょう」
「確認試験…?」
思わず声が上ずる。
「はい、当冒険者ギルドでは、安全のため試験を受けてもらいます。もちろん試験に合格できなければ、冒険者になることはできません」
受付嬢は柔らかな笑みを崩さず、さらりと告げた。
「武器を扱えるか、最低限の魔物に対抗できるか――それを見せていただくのです」
リオが肩の上でくすりと笑った。
「お、面白そうじゃん。久しぶりにハルの戦闘見てみたいな」
セリスは真剣な眼差しを向けてくる。
「マスターなら絶対大丈夫です」
俺は深呼吸をひとつして、剣の柄に手を置いた。
「……わかった。受けるよ」
「それではご案内します」
受付嬢は奥の扉を指し示した。
重い扉を抜けた先は、石造りの小さな訓練場だった。壁際には藁人形や木製の標的が並び、場の中央では二人の冒険者が木剣で模擬戦をしている。
俺は受付嬢と一緒に訓練場の中央に向かい、リオとセリスは上の観戦席に移動した。
「ゴールさん、こちら試験を受けるレオンさんです。レオンさん、こちら試験監督官のゴールさんです」
受付嬢はお互いに紹介すると、男がこちらを見下ろした。額には古傷、腕は丸太のように太い。
「…どうも、よろしくお願いします…」
俺は腰を折り少し頭を下げた。
俺の姿勢を見るなり試験監督官は鼻でフンっと笑った。
「腰の抜けたガキじゃねぇか。そんなヒョロで、冒険者になれると思ってんのか?」
「ちょっと、ゴールさん!」
受付嬢が咎めるように声を上げる。
だがゴールは気にも留めず肩をすくめた。
「まあいい、試験を受ければ分かるってもんだ。さっそく試験を始めるぞ!」
「は、はい!」
俺は錆びた剣の柄を強く握りしめた。
そのころ、観戦席では――。
「あのゴールとやら…消し飛ばしてしまいましょうか…」
セリスが手から黒い炎を出す。
隣に座っていたリオが即座に口を開いた。
「やめろやめろ、お前が魔法を使ったら冗談じゃなくこのギルドどころか町が吹っ飛ぶ」
セリスが横目をやり、ふつふつと炎の大きさは小さくなりやがて消えた。
「しかし、リオ様はよろしいのですか?マスターがあのような言われ方をして…」
「気分がいいもんではないな、でもハルならきっと試験を突破できるだろうさ」
リオがにっと笑うと、セリスもわずかに口元を緩めた。
「そうですね、だってマスターですから…」
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