彼女の救難信号を俺は受け止められるのか?
ムーゴット
第1話 告白
「私と付き合うには、それ相応の覚悟が必要です。
彼女からそう返されて、俺の頭の中は、
????????????!?
俺、付き合って欲しいなんて言ったっけ?
大学受験対策に迷いがあり、
ちょっと相談に乗って欲しい、と。
ただそれだけのはずだったのに。
高一の三学期、自由に使えるお小遣いがもっと欲しい、
と、思ったのはもちろんだが、
進学のために、浪人も覚悟で、東京での一人暮らしも想定して、
漠然とお金を貯めなければ、の思いで、カフェでアルバイトを始めた。
そのアルバイトスタッフの一員として、
違う高校で同学年の彼女、
偶然、出会った。
彼女が、決して話好きではない事は、すぐにわかった。
仕事中に、雑談にノリノリになるような子は、多くいるが、
彼女には、そんな様子は想像がつかない。
でも、必要なことは、はっきり言葉にする。
会話が途切れても、空気が重くなる気配がないのは彼女の特殊能力。
ある意味、一緒にいて疲れない人だ。
彼女が美術科の高校に通っていると知って、単純に嬉しかった。
芸大志望だが、普通科の俺は、その方面の知識や経験が
入試に実技試験として、
石膏デッサンなどがあったりすることはわかったが、
その対策として、どんな勉強や練習をしたら良いのか、
誰か相談できる人が欲しい、
そんなナイスタイミングだった。
俺は気楽に、真に何の深い意味もなく、彼女を誘った。
「一度、話を聞いてもらえませんか。」
これに対して、彼女の答えが、冒頭のセリフだ。
「いい、で、すよ。、、、、でも。」
「私と付き合うには、それ相応の覚悟が必要です。
あなたには、覚悟がありますか?」
ファミレスで話をするなら、
俺に奢って欲しい、とかそんな覚悟?
それ以上の覚悟は想像できない俺だった。
「いいよ。俺がお願いしているんだから。
覚悟はできているよ。」
待ち合わせの場所と日時を取り付けた。
待ち合わせは、彼女の指定する駅前のランドマーク。
俺は5分前に到着すると、彼女はすでに待っていた。
「遅くなってごめん。
お願いしておいて、到着が後になってごめんなさい。」
「いいえ、5分前です。問題ありません。」
「じゃあ、今日は俺が
そこのファミレスでどうですか?」
「いいえ、お見せしたい資料とかがあるので、
付いて来てもらえますか。」
彼女は歩き始めた。
と思ったら、ものの1分で目的地に到着。
「ここです。」
彼女は、セレブでも出て来そうなマンションを指差した。
「ここは、花木さんのお
「違います。父の仕事場です。父は絵描きなんです。」
そう言いながら、エントランスのオートロックを自ら開けた。
いきなり、同学年の女の子の父親とご対面。
そんなシチュエーション、小学生の時なら平気だったが、
高校生の俺は、何だか緊張して来た。
「どうぞ。」
「お邪魔します。」
部屋のドアを潜ると、ほんのり絵の具の匂いがして来た。
生活感のない、だだっ広い空間。
まさにアトリエって感じ。
中央には描きかけのデカいキャンバス。
何号、とか言うんだっけ、横幅は両腕を広げてもまだ足りない。
ぼんやりと、何かが描かれている。
真っ赤なソファーに横たわる裸婦かな。
「ここに掛けて待っていて。」
彼女に指示されたのは、間違いない、その真っ赤なソファー。
モデルさんがこの上で横たわっていたのか、と思うと、
さらに緊張して来た。
彼女の向かった方向に声をかける。
「あのー、お父様は?」
つい、お父様、なんて生まれて初めて発する単語を選んだ。
壁を隔てているから、珍しくちょっと大きな声の彼女。
「父は今、海外です。
ここには誰もいませんから、楽にしてください。」
それを聞いて、別の意味で緊張してきた。
同学年の女の子とマンションに2人きりなんだ。
玄関からは死角で、
ソファーに腰を下ろすと初めて目に入る壁には、
やはり大きな号数のキャンバスに赤いソファーと裸婦。
西洋画でよく見る
細く、キャシャなラインで、結構リアルに、少女が描かれている。
マジマジと見ている俺の姿を彼女には気づかれたくないが、
あまりにも綺麗な色使いで、目が離せなくなっていた。
だが、見ているうちに気がついた。
この顔、この少女は、彼女だ。
これ以降、打って変わって直視できなくなった。
彼女が資料を抱えて戻って来た。
俺は襟を正すように、背筋を伸ばして座り直した。
彼女もソファーに座り、
2人の間に資料を広げる。
大学入試の過去問や実技試験のサンプルなど、
有意義な情報を示してくれるが、
全然頭に入ってこない。
それよりも、彼女の口元や、首筋、鎖骨が、
目の前の壁にある絵と重なって、緊張は極限に極まった。
顔は紅潮しているであろう。
手には冷や汗、呼吸が乱れて来たのが自分でもわかる。
「あの絵ね。」
俺は懸念材料が見破られて、
「はぁあぁあぁーーーーー。」
深いため息か、乱れた呼吸か、わけのわからん声が出た。
「あの絵は私。」
「私、虐待受けているの。」
俺の緊張は、違う方向を向いて、さらに強く強く緊張した。
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