第26話 帰郷と始まり

初秋の風が吹く都の朝――。


出立の準備を整えた蒼真と茜は、屋敷の玄関先で一礼し、都を後にするところだった。

長く、張り詰めた数日を経て、二人の背には確かな安堵と、未来へのまなざしが宿っていた。


「……ようやく帰れるね」


茜が馬の鞍に手を添えながら、微笑んだ。

蒼真もまた、横顔を見せたまま穏やかに頷く。


「ああ。帰ろう。“俺たちの村”へ」



山道を越え、川沿いの小道を進み、村が見えてきたのは夕刻の頃だった。

木々が少しずつ紅く染まり始めた季節。

空気は澄み、どこか懐かしい香りがした。


「蒼真様だ!」「茜ちゃんも戻ってきた!」


見張りの少年が声を上げると、村の人々が次々に広場へと集まってきた。


土の匂い、煙のにおい、人の声――

ここは、確かに二人の“帰る場所”だった。



「若当主様、無事で……!」


「よかった……よかったよ……!」


年寄りたちが目元を拭い、子どもたちが茜に抱きつき、

女たちは米や果物を手にして走ってきた。


「都でも、きっと何かあったんでしょう!? でも、こうして……!」


蒼真はその一人ひとりに目を合わせて頷き、

茜は、抱きついてくる子どもの頭を優しく撫でた。


「ただいま。……必ず帰ってくるって、約束だったから」


茜のその言葉に、村人たちの歓声が一斉に湧き上がった。



その夜、広場ではささやかな宴が開かれた。


焼かれた魚と山菜の煮物、果実酒に子どもたちの歌。

灯された篝火の明かりが、村人たちの笑顔を照らしていた。


蒼真は少し離れた縁台に座り、その様子を静かに見守っていた。

茜が隣に腰を下ろす。


「ねえ、蒼真くん。……あの日、私が最初にこの村に来たとき、

正直、“ここには何もない”って思ったの」


「ふふ、それはまあ、否定できないな」


「でも今は、全然違う。

“ここには、全部がある”って思える。人も、暮らしも、夢も……そして、あなたも」


蒼真は静かに頷き、夜空を見上げた。


「この村を守るって決めた時、俺は一人だった。

でも今は、お前がいる。そして、皆がいてくれる。

――だから、これからが本当の始まりだ」


茜はその言葉に微笑み、少しだけ身を寄せた。


「私も、この村とあなたの未来を、見届けたい。

いいえ……一緒に、作っていきたい」


蒼真は、茜の手をそっと握る。


「ありがとう。……ずっと、隣にいてくれ」


「もちろん」



夜空に星が瞬き、焚き火の灯が静かに揺れていた。

村の未来は、まだ定まっていない。けれど確かに――希望はここにある。


蒼真と茜。

若当主と“外の女”が並んで立つ姿は、

誰よりも自然で、誰よりも強く、美しかった。

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