第46話 ハイドとして、ショウとして
リューゲン邸の大広間に、リューゲン一家が集まっていた。
部屋の中央に置かれた三人掛けのソファにハイドとエンジュが並んで座り、その正面にドルフとコーデリアが向かい合っている
ドルフは神妙な面持ちでハイドを見つめていた。
「まさか、冒険者ショウの正体がお前だったとはな……」
ヘレネーとの話を終えて邸宅へ戻ったハイドは、彼女に話したことを家族にも明かすことにした。
そうして一家をこの場に呼び、自身が持つ本当の力と冒険者ショウの正体を話したのだった。
「ふふん、兄さますごいでしょっ」
隣のエンジュが得意げにハイドの腕に抱きつくが、コーデリアからの鋭い眼差しを受けて、か細い悲鳴と共に居住まいを正した。
「……正直なところ、感情が追いつかん。事情はわかった。お前が【剣術】ではない四つのスキルに目覚め、その力で姿名前を偽り、冒険者として活動していたということはな」
自分で整理するように零すドルフの言葉に、ハイドは静かに耳を傾ける。
ヘレネーにすべてを明かしたときと同じ緊張がハイドの胸中を巡っていた。
彼女は「ショウはショウだから」と受け入れてくれたが、果たして家族はどうか。
目を瞑って考え込むドルフ。
こういうとき、コーデリアは何も話さない。
前に出るときは出て、後ろに控えておくべきときは控えている。
伯爵夫人らしい威厳を感じられた。
「私にはわからないのだ。お前が自らに与えられたスキルを恐れ、その存在を秘匿しようとした理由が。……だが、それは私が持つスキルが【剣術】だからかもしれない。お前のような強大すぎる力を手にしたら、あるいは私も、お前と同じ恐れを抱いたやもしれん」
ドルフの目が開く。
赫々と輝く赤い瞳がハイドを映す。
「だから、この場ですべてを明かしたお前の勇気に免じて、力を隠していたことを責めることはしない」
「っ、本当にごめんなさい」
頭を下げるハイドへ、ドルフは深く息を吐き出した。
その重々しい空気にハイドもまた固唾を呑む。
彼は真剣な顔つきでハイドを見つめ、呟く。
「しかし、これでハッキリしたこともある」
そこでドルフは初めてコーデリアの方を見た。
ハイドは緊張しながらドルフの次の言葉を待つ。
「私たちの子どもは天才、いや、超天才――超々々々天才だ!!」
ドルフの叫びに、コーデリアが「やっぱり」といった様子で嘆息する。
「うん、兄さまは天才! すごいんだもんっ。ピューッてお空飛んで、シュィーンって消えちゃうのっ」
「スキルを四つも! いやそれだけではない! それら一つとっても世界に名を馳せてあまりあるものだ! もはや我が息子を止められる者はいないぞ!」
「…………もう」
途端に興奮した声で叫んだドルフに呼応するように大げさな身振り手振りを始めるエンジュ。
そんな二人にコーデリアは額を押さえた。
興奮するドルフたちを放置して、コーデリアがハイドへ声をかける。
「ハイド。あなたが抱えていることに気づけなくて、私は母として情けなく思っているわ」
「母様、そんな」
慌てて腰を上げたハイドをコーデリアの慈愛に満ちた瞳が制する。
おずおずと座り直すと、彼女は淡く微笑みながら続けた。
「でもね、それ以上に誇らしくも思っているの」
「え?」
「あなたが自らの力を恐れながらも、たくさんの人を守るためにその力を使っていたことを」
気がつくと、ドルフやエンジュもハイドを見ていた。
「伯爵家の人間として相応しくない考えだと自分でもわかっているのだけど、私はあなたたちには危険な目に遭って欲しくないわ。……でも同時に、力のない人たちのために戦うあなたたちを、誇らしくも思っているの」
コーデリアは一度ドルフを見て、またハイドへ視線を戻す。
そして締めの言葉のように強い語気で言った。
「無理はしないと、約束してちょうだい。そして困ったり疲れたらきちんと休んで、家族を頼るということも」
「――はい。約束します」
真っ直ぐな愛情の籠もった言葉に、ハイドもまた深い愛情を込めて頷き返す。
どうして自分は家族に最初からすべてを明かさなかったのか、今になって不思議に思ってしまう。
(いや、違う。……怖かったんだ)
前世の家族と同じように、力を前にして豹変してしまうことが。
家族を信じられなかった。
だけど、エンジュの言葉を受けて、ヘレネーとの出会いを経て、信じることの大切さを学べた。
だからこうして、秘密を打ち明ける決心がついたのだった。
ハイドの返事に、コーデリアは安堵の表情を浮かべてソファの背に体を預けた。
「コーデリアの言うとおり、私もお前の行動と選択を誇らしく思っている。……しかし、だからといってすべてが丸く収まる話でもない。秘密を作り、嘘をついたからには相応の代償も伴う。わかっているな?」
「はい」
ドルフの言わんとしているところを察して、ハイドも顔を引き締める。
「お前は一度、皇族であるモニカ皇女殿下に自身のスキルを偽った。――ゆえに、この先お前がハイドとして力を明かすわけにはいかない。ショウの正体とお前の本当の力。それは私たち家族と、お前が心から信じる者たちとの秘密だ。よいな」
ドルフの確認の言葉にハイドは強く頷き返す。
「……しかし、お前も不器用な生き方を選ぶものだ。ショウとして活躍したところで、お前自身にはなんの名声も賞賛の声も向けられないというのに……」
困ったような、しかしどこか誇らしげな苦笑を刻み、ドルフはそうぼやいた。
◆ ◆ ◆
「それでは、ヘレネーさんのC等級昇格を祝して」
「「かんぱい!」」
場末の酒場。その一角のテーブルで木のジョッキを掲げて音頭をとったハイドは、対面のヘレネーとジョッキを合わせる。
騒動から一月が経った。
再びパーティを結成し直した二人は以前と同じようにダンジョンへ潜り、この度、めでたくヘレネーがC等級へ昇格したのだった。
以前の約束通りお祝いをすることになり、今回の席が設けられた。
エールを呷るヘレネーの姿は明るくて、とても楽しげだ。
つきものが落ちたように感じられる。
そんな彼女の姿を嬉しく思いながら、ハイドは
「すみません! おかわりをお願いしますっ」
早くも顔が赤らみ始めたヘレネーが元気よく店員に声をかける。
そのペースの早さは少し心配になる。
「あの、ヘレネーさん。あまり飲み過ぎない方が」
「ダメだよ、ショウには呑ませてあげないからっ。お子ちゃまは、呑めにゃいんだから!」
「は、はい……」
すでに怪しい滑舌に顔を引きつらせつつ、ちびちびと料理をつまむ。
(というか地球基準で言えば、ヘレネーさんも呑めないんだよなぁ)
この世界の成人は十五歳であり、酒もこの年になると解禁される。
もっともそのルールを厳密に守っている者の方が少ないだろうが、ともあれ十七歳であるヘレネーは酒を呑んでも全く問題ないのだった。
「そういえば聞きましたか? あの三人のこと」
「んぬぅ~?」
「……あ、ダメだ聞いてない」
いつの間にかジョッキが三つ空いていた。
騒動の後、ニックの証言やギルド側の精査を経て、アデラたちは重罪として牢に放り込まれることとなった。
百年は出てこないだろう、とニックは笑いながら言っていた。
この世界のエルフは物語でよくある数百年や数千年といった長い寿命を持っている、ということはない。
エルフにとっての百年は人における百年と同じで、彼女たちに言い渡されたのは実質死刑宣告のようなものだ。
(……まあ、見た目が変わりづらいというのはあるらしいけど)
エルフはその整った容姿が特徴とされる種族だが、整った、とは単に美しいという意味だけではない。
若い頃の容姿が長い間保たれる、という意味も含んでいるのだそうだ。
あまり想像できないが、【神界の泥人形】で変身しているショウとしての容姿も、時間が経てば似たようなものになるのかもしれない。
そんなことを考えていると、テーブルに突っ伏しながらヘレネーが甘えた声を出す。
「ねぇ、ショウ……パーティ等級も、もっともっと上げて、家買おうねぇ~……」
「そうですね。宿を借りるよりも拠点をどっしり構えた方が安上がりですし」
「んぬぅ~……ショウのばかぁ……でも私がお姉さんだから、許してあげるぅ……」
「えぇ……」
唐突な罵倒に、脈絡のない許し。
意味不明な言動に「これだから酔っ払いは」と肩を竦める。
程なくして。
すーっすーっと可愛らしい寝息を立て始めたヘレネーを背負い、ハイドは会計を済ませて宿を出た。
酒場を出ると、茜色の空が頭上に広がっていた。
ドルフたちの協力を得られるようになったハイドは、度々昼間にもダンジョンに潜るようになった。
今日はその帰りに祝賀会を開いたのだった。
「ショウ……ありがとぉ……」
背負われたヘレネーが寝言なのかなんなのかわからない呟きを零す。
ハイドは薄く笑みを浮かべ、小さく呟いた。
「こちらこそ、ありがとうございます。ヘレネーさん」
《比翼の止まり木》、改め、《比翼の灯火》。
その名声は次第に領都セントリッツを飛び越え、国中に広がっていった。
冒険者として次のステージへ上っていくハイド。
そんな中で、貴族としての生活にも新たな転機が待ち受けていることを、このときの彼は知らなかった。
「な、なな、なんでどうしてショウが私の部屋に?!?!」
「酒場で寝ちゃったから運んできただけですよ!」
一章完
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