第31話 「隠し牙①」


 ※ファルシネリ視点


 アンセスが白装束の人達に連れられて待機所に戻ってきた。

 戦っている時は足を刺されて引きずっていたけど、今は普通に歩いている。

 既に回復術をかけてもらったみたい。


 わたしたちはアンセスに駆け寄る。


「アンセス、流石ですね!」

「本当にすごかったよ! よく相手の魔術が分かったね?」

「ああ。 運が味方してくれたおかげでなんとかなった。」


 アンセスはいつもの涼し気な表情のまま答えた。


 戦っている時は劣勢に見えたから、負けちゃうんじゃないかって心配だったけど、大きな怪我が無くて本当に良かった。


 というか魔術無しであの相手に勝っちゃうなんてすごくない?

 わたしには到底無理な話だ。

 たぶんずっと剣を振り続けたからこそ、あんな動きができたんだろうな。


 そんなことを考えていると、アンセスがこちらに顔を向ける。


「お前のおせっかいも役に立った。 ポーチに色々と詰め込んでくれたおかげで命びろいしたからな」


 アンセスはわずかに微笑む。


「良かった! 用心に越したことは無いからね」


 わたしは微笑みを返した。


 まあ、火打石をあんなふうに使うとは思ってなかったけど。

 でも役に立ったならそれでいっか。


「……それで、次は誰が戦う事になるんでしょうか?」


 和やかな雰囲気の中、メリーガムさんが独り言のようにつぶやいた。

 その言葉に、浮足立っていたわたしは現実に引き戻される。


 そうだそうだ。

 アンセスが勝ったことに夢中になってたけど、まだ始まったばかりなんだった。

 気を引き締めないと。


「えーっと…… 負けた方の陣営が次の選手を選べるっていってたような……」

「ああ。 確かそう言っていたな」


 三人で会話をしていると白装束に集団の一人が機会を見計らったかのように近づいてくる。


 その人はわたしの目の前まで来ると突然片膝をついた。


「ファルシネリ様。 エストラーダ様は次の選手にあなたを指名しました。 準備が出来たら闘技場に入場してください」


 白装束を着た人はそう言って、さっきアンセスが入ってきた鉄格子の扉を指し示した。


「えっ? わ、わたし!?」


 急なことだったのでつい大きな声が出てしまう。


 あ、そうだよね? もう次の試合始まるんだもんね。

 ……さっきみたいな戦いを、わたしが?


 血を流しながら戦うアンセスの姿を思い出して思わず身震いする。


 戦ったことが無いわけじゃない。

 ひとり旅を始めたのは四年くらい前。

 だから、襲ってくる魔物や賊と戦うなんてことは何度も経験している。


 でも、今回のようにしっかりと鍛えられた魔術師の相手をした経験は数えるほどしかなかった。

 そのわずかな戦闘経験も模擬戦みたいなものであって、血が流れるような本気のやつじゃない。


 アンセスとメリーガムさんに散々魔術師と戦うのは危険だ。と言い聞かせておきながら、実はわたしもそこまで経験は無かった。


「ファルシネリ。 大丈夫ですか?」


 わたしの不安を感じ取ったのか、メリーガムさんが優しく声を掛けてくれる。


「う、うん。 大丈夫だよ」


 自分でも声が震えているのが感じられた。


「大丈夫な奴の声じゃないな」

「怖いなら無理に戦わなくてもいいんですよ?」


 二人は心配そうに覗き込んでくる。

 私はその優しい言葉に甘えたくなる気持ちを振り払った。


「いや、ここは頑張らせて。 二人が危険な目に遭っても協力してくれてるんだから。 わたしが引くわけにはいかないでしょ」


 そう言ってわたしは出来る限りの笑顔をつくった。


「……わかりました。 危ないと思ったらすぐに逃げてくださいね」

「うん」

「用心しろよ」

「わかってる」


 短い会話を交わし、二人に見送られながら鉄格子の扉を開いた。

 重々しい扉の隙間から白い砂が風に乗って流れてくる。


 わたしはそれを蹴飛ばすように闘技場の中へ進んだ。



 ---



 ブーツ越しにザフザフとした感触が伝わってくる。

 砂の下には硬い地面があるみたいで、思ったよりも足場が悪いわけではないみたい。


 反対側の扉からは大きな身体をした男の人が入場してきた。


 すごい。 一体どんな訓練をしたらあんな身体になるんだろ。

 ゴツゴツとした筋肉を搭載した姿はメリーガムさんを彷彿とさせた。


 お互いに闘技場の中心まで歩き、向き合う。


 薄手のシャツと茶色のズボン、皮のブーツ。

 どこにでもいるような平凡な恰好だ。

 見たところ、武器みたいなものも持ってない気がする。


 というか本当に大きい。


 目の前にした巨体は独特な圧力があった。

 当たり前だけど、組み伏せられたらどうしようもないな。

 近づかれないようにしないと。


 巨躯の男はゆっくりと口を開く。


「よう。 ……俺はバージェズ。 無敵のバージェズだ」

「む、無敵?」

「ああ。 なんつったってこのバージェズにはどんな攻撃も効かねぇからな。 みんなからそう呼ばれてんだ」


 バージェズと名乗った男は自慢げに鼻を鳴らした。


 無敵という言葉を聞いて、メリーガムさんの固有魔術が思い浮かぶ。

 だけどすぐに首を振ってその想像をかき消した。


 この世に同じ人間が存在しないように、同じ固有魔術を持っている人間も存在しない。

 だから、この人の固有魔術が『無敵になる能力』なのはあり得ない話だ。


 落ち着け、わたし。

 冷静になるために深呼吸をする。


 バージェズはその様子を値踏みするように眺めた。


「で、アンタの名前はなんだ? お嬢ちゃん」

「え?」

「名乗るのが礼儀だろ? 違うか?」

「フ、ファルシネリ……だけど」

「ほー…… ファルシネリね。 いい名前じゃないか」


 わたしの名前を聞いたバージェズはニタリと笑う。

 その笑顔が何だか異様に不気味に見えた。


「……じゃ、早速始めようぜ」


 バージェズはそう言って踵を返した。

 わたしに背を向けて闘技場の端まで歩いていく。


 不意打ちとかしてくるかも、と警戒していたけどそんなこと無かった。

 意外と紳士的?


 わたしも彼から目を離さずに後ろ歩きで下がる。


 お互いが十分に距離を取ると、進行役はわたしとバージェズを交互に確認する。

 そして、観客たちの歓声に負けないように声を張り上げた。


「それでは、第四戦始めっ!!」


 その声と共ににけたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 開始の合図だ。


 バージェズは鐘が鳴りやまないうちに、強烈な踏み込みを見せる。

 そして砂埃を上げながら真っ直ぐこっちに走り込んできた。


「悪いが一発で終わりだぜ、嬢ちゃん」


 既に目の前まで迫ったバージェズは勢いのまま拳を振り下ろす。

 それに対してわたしは固有魔術を発動した。


 紫色の光りがわたしの身体を包み込む。

 その光が大きく周囲を照らし、バージェズが吹き飛ばされる。


「おおっ!?」


 宙に浮いた巨体はそのまま地面を転がった。

 再びお互いの間に距離が出来る。


 わたしは間髪入れずに精霊魔術を使用した。

 バージェズがいる辺りの地面がうごめき、硬い岩の柱がいくつも隆起する。


「うお! まじか!?」


 かなり避けづらいタイミング!

 それでもバージェズは素早く跳ね起き、これを回避してみせた。


「なるほど、反発する力場か。 厄介な固有魔術だな……」


 バージェズは額の汗を拭って、怪しく笑う。


 もう固有魔術がバレた……

 まあ別にバレても大して問題ない能力だからいいけど。


 そう。 わたしの固有魔術は反発する力…… つまり斥力せきりょくの力場を生成する能力。

 簡単に相手との距離を取れるから、かなり使い勝手がいい。

 魔力の消費が大きいのが唯一の欠点だけど、それは精霊魔術でカバーすればいい。


 精霊魔術の属性は土。

 さっきみたいに地面を隆起させたり、ワイバーンを倒したときみたいに岩石の塊を飛ばしたりできる。

 杖が無くて狙いが定まらないから、今は岩石弾は撃たないけど。

 こっちは固有魔術に比べて魔力効率が良いから、連発しても大丈夫。


 固有魔術で強制的に距離を取って、精霊魔術で攻撃する。

 これがわたしの基本の戦い方。


 一応切り札……というか奥の手もあるけど、色々と危ないからたぶん使うことは無いと思いたい。


 相手の能力は…… たぶん身体能力を強化する系だよね。

 とんでもない速さでいきなり突っ込んできたし。

 あれには注意しないと。


 そう考えていると、バージェズがゆっくり立ち上がった。

 わたしは突撃に対して身構える。


 でもバージェズは突進せずに、手の平に魔力を集め始めた。

 そして風の刃を生み出し、こっちに撃ちだしてくる。


 風の精霊魔術!


 わたしは自分の前に土の壁を作り出して防御する。

 風刃は土壁にわずかに傷をつけただけで消えてしまった。


「チッ 効かねえか」


 バージェスは悔しそうに口元をゆがめる。


 よし! 十分戦えてる!

 ……というか、結構相性良いんじゃない?


 相手の固有魔術は身体能力の強化(たぶん)。

 精霊魔術の属性は風。


 相手としては近距離の戦いに持ち込みたいだろうけど、それは斥力波で防げる。

 風の刃もあんまり威力がないし、固有魔術を使うまでもなく土壁で防御できる。


 気を付けるべきは魔力切れだけど、見た感じわたしの方が魔力が多い。


 勝てるかも……!


 そう思った瞬間、バージェスが咆哮する。


「おおぉぉ!! 俺は無敵のバージェスだ!!」


 空気を震わすような圧力。

 その大声はわたしの鼓膜を強く揺らした。


 自身を鼓舞したバージェスは先ほどよりも速く、重く、こちらに突進してくる。


 わたしはそれに気圧されながらも斥力でいなす。


 しかし、はじきとばされたバージェスは空中で身をひるがえし、しっかりと地面に着地した。

 そして間を置かずに再びこちらに突き進んでくる。


 その攻撃も固有魔術で跳ね返す。


 バージェスはそれでも突進を止めなかった。


 寄せては返す荒波のような攻撃。


 わたしの魔力が切れるまでこれを繰り返す気!?

 力押しすぎるでしょ!


 それならこっちにも考えがある。


 わたしはあらかじめ硬い土壁を作り出し、その壁めがけて突出してくるバージェスをはじきとばした。

 土壁に巨体が強く叩きつけられ、音を立てて崩れる。

 だけど、バージェスはその瓦礫の下から勢いよく這い出てくる。


「おいおい、どうした? その程度か?」


 バージェスは瓦礫を蹴り飛ばし、肩を大きく回してこちらに走り出した。


 間違いない。

 この人の能力は身体を強化するタイプだ。

 あんなに勢いよく叩きつけられてもピンピンしてるなんて普通じゃない。


 わたしはしゃがみ込み、地面に手を添えて魔力を流し込む。

 そして、鋭く尖った岩の棘を大量に生やし、バージェスを迎撃した。


 バージェスはそれをものともせず、腕を振り回して岩棘を折っていく。

 まるで植物のツタでも切り払うみたいな軽々と。


 わたしは目の前に迫るバージェスに対して、より多くの魔力を使って斥力の力場を作り出す。


「くっ 離れて……!」


 バージェズは大きく吹き飛び、闘技場の壁に叩きつけられる。


 かなりの衝撃のはず。


 それでもバージェズはすぐに立ち上がった。


 一切ダメージが通ってない?

 もしかして本当に無敵なんじゃ……


 そんな考えが頭をよぎった時、バージェズが口を開いた。


「大体わかったぞ。 お前の魔術」


 少し血がにじむ口元を擦り、こちらに不気味な笑みを向ける。


「自分の周りにしか力場を展開できないんだろ? どこにでも展開できるなら、俺のを内側から破裂させることだってできるもんなあ」


 この人、感が良いなあ。

 とりあえず強気に出ておこ。


「……だったらなんだっていうの? あなたの能力の方が単純そうだけど?」

「ふふ…… その態度、図星だな? お前の能力は厄介だが、防御にしか使えないというなら大したことはない」


 次の瞬間、バージェズ地面を蹴り上げてこちらに突進を始めた。


 今までのなかで最も猛烈な勢い。


 でもやることは変わらない!

 いままでと同じように斥力で跳ね返せば……!


 目の前まで迫る巨体にわたしが身構えた時、バージェスが小さく呟いた。



「ファルシネリ、跪け」



 その言葉を聞いた途端、身体から力が抜ける。


「あ、え……?」


 自分の意思とは関係なく、地面に座り込んでしまう。

 状況が理解できずに、頭の中が疑問で埋め尽くされる。


 それを吹き飛ばすかのように、重く鋭い蹴りが、わたしの腹に突き刺さった。

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