終羽
Ⅰ
彼女の生が分かる、唯一のモノが燃えて消えた。
「ツバサ………?」
契約書が燃え尽きたということは、契約を破棄するか、俺たち二人が死ぬか――――彼女が死ぬしかない。
少し考えれば分かることだった。
彼女は天使であるが故に長寿だが、人間であるが故に、人間よりは永いが天使と比べれば遥かに短い。そして、彼女は混血であるが故に、悪魔をその身に宿すことができた。悪魔と共に生きるなんてこと、普通は無理だ。
彼女は天使であるが故に、悪魔を受け入れられ、人間であるが故にその寿命を削った。
だから、彼女が先に死に行くのは当然なのだ。
結局、俺たちは許されないままだ。
どう足掻いたって、その日は来ない。
元々来るはずのない日を、彼女が生きている限り可能性はある、なんて考えていたこと自体馬鹿げたことだったのだろう。
それを俺たちは理解しないまま、縋るように手紙を書いた。
けれど、一つも読まれることなく、返事ではない手紙が一通だけ、届いた。
それが終わりだと理解するべきだったのに。
俺と蒼天様は互いに顔を見合わせて、そのまま崩れ落ちた。
Ⅱ
『愚かな愚図共へ
いつまで私に許しを請うの?無駄だと言うのを早く理解してください。
これから幸せになる私にとって、あなたたちの存在がチラつくと言うのは
鬱陶しく、不愉快でしかないので。
いつになったら理解するのでしょう。
だからダメなんですよ。
さて、一つ報告です。
これを読んだら二度と手紙を送りつけないでください。
それでも尚、送りつけてくるのなら契約違反と見做して、契約通りの罰を実行しますので。
私、結婚します。
もちろん、人間の男性と。
私の心を救ってくれた魂を持つ、私を愛してくれて、
そして、私の何もかもを理解してくれた。
そんな彼を、私も愛している。
そんな奇跡が起こったので、ようやく私は幸せになれます。
少しだけ、母が父を想っていた理由が分かりました。
そして何より、ようやく生まれてよかったと、生きていてよかったと思えました。
ここまで、本当に長かった。
あんたたちのせいで余計に時間がかかった気がします。
祝いは不要です。逆に不幸になりそうなので。
では、さようなら
ツバサ』
Ⅲ
あれから、俺たちはせめて手紙で謝罪を伝えようと、たくさんの
炎天様に託してみたけれど、一度として彼女には読まれなかった。
最初の物なんかビリビリに破かれたらしい。
それが彼女の答えなのだと分かっていても、諦めきれなくて、書き続けた。
そんな折、炎天様が彼女からの手紙を預かってきたという。
初めての返事だ。
読んでくれたのだろうか。
そう思って、蒼天様と緊張しながら開けた。
けれど、内容はあっさり俺たちの淡い期待を裏切った。
当たり前だ。
そして、それだけで俺たちの手紙は読まれなかったことが、そして二度と届かないことが、はっきりと示された。
これでもなお、送ろうとすれば、契約違反とされてしまうから、俺たちはもう全ての手段を喪ったのだろう。
俺は、この手紙でようやく失恋を実感した。
とっくに失恋していたのにな、と自嘲する。
俺たちはいつだって遅すぎるんだ。
それが彼女を傷つけ続けた。
それからすぐに、炎天様が亡くなった。
病にかかっていたらしい。天使にしては早くに死んだ。
この手紙を見たら、安心したように笑って逝った。
とっくの昔に、振られていたというのに、それでも尚諦められなかったのだから、質が悪い。
そして、彼女の死をもってようやく、俺は許されないことを知り、それがずっと前からであったことを実感した。
ごめんな、ツバサ。
たくさん傷つけてごめん。
しつこく想ってごめん。
好きになってしまってごめん。
でも、今でも愛しているよ。
君だけを愛している。
蒼天様もちゃんとあなたを愛しているんだ。
でも、俺たちはその肝心の愛し方が下手すぎて、君を傷つけた。
本当にごめんな。
そんな資格ないけれど、君の死を想って泣かせてください。
俺は燃え滓の前で蹲って泣きじゃくった。
蒼天様がそんな俺を抱き締めて、一緒に泣いてくれた。
Ⅳ
そのときだった。
俺に、俺たちに全ての罰が下ったのは。
『馬鹿な奴ら』
「!?」
それは知らない声だった。
けれど、知っていると勘が言う。
『忘れたくないのなら、忘れられないようにしてやろう』
ハッと気づいた時には何もかも手遅れで、漆黒の手が伸びて、俺たちの頭を掴む。
ぎちり、と頭が軋んだ音を立てた。
「あ、くま………!?」
どうやって、どうして、と思考が無意味に巡る。
『考えても無駄だ。俺ももう、死んでいるから』
その言葉で浮かんだのは、彼女に宿った悪魔。
(あ………)
そう思ったときにはもう、俺たちに呪いは刻まれた。
『お前らは、お前らの罪を忘れることは許さない。この先も、そして、一度の転生では許さない』
その悪魔の名を呼ぼうとしたところで、俺たちの意識は途切れた。
『まだ許されるつもりでいたお前らには似合いの罰だろう?』
Ⅴ
俺たちにかけられた呪いは限定的であるが故に強力すぎて、治癒や解呪が得意な天使にすら解くことは不可能だと言われた。
唯一解けるとすれば、呪いをかけた張本人だが、すでにソイツはいない。
彼女と共に逝っただろうから。
おそらく契約の際、彼女にも気付かれないように契約書に細工をしていたようだ。
炎天様がそれに気付いていたかは不明だ。
気付いていたとしても、彼女の許可なしに契約書をいじるとも思えない。
これが罰なのだろう。
彼女のことだけを忘れられず、俺たちはこれからも生きなければならない。
そして、転生したとしても、この呪いは刻まれ続ける。
俺たちが彼女にしたことは永遠に消えない呪いとなった。
(どうせなら、君につけられたかった)
そんなことを考えるからダメなのだろう。
これからまだ永い年月を、俺たちはその罪と罰と向き合い続けなければならないのだ。
終わりを望んだ、彼女の気持ちが少しだけ分かった気がした。
この罰を甘んじて受け入れよう。
許されることはないけれど、罰があるということは俺たちにとって救いだった。
君のようなヒトを二度と生み出さないと、この呪いに誓うよ。
二度と間違えないと、過去に誓うよ。
そうして、天界は少しずつ変わっていった―――――
Ⅵ
「ツバサ!!」
その名前に肩が跳ねた。
自分の横を通り過ぎていく少年が行く先を自然と目を追う。
少女が嬉しそうに、少年が来るのを待っている。
「待った?」
「ちょっとだけ」
「そう。ごめんな」
「大丈夫。先に来ちゃっただけだから」
そんな会話をしながら、二人は手を繋いで歩いていく。
当然、俺には見向きもしない。
(ああ、良かった)
それでも、安堵が俺の胸に広がる。
人間に生まれ変わって十数年。
天使であった前世を合わせれば、もう千年以上、探して、見つからなくて、探して、忘れられなかった。
(良かった、幸せで)
彼女は何度目の人生なのだろう。
一度目を最悪な始まりをして、最期の方はきっと幸せだったと思うけれど、二度目以降は分からない。
探してみたけれど、見つけられなかったから。
転生して、天使のときのように魂が見える能力はないけれど、それでも彼女だと分かった。
前世の自分の恋心が叫んでいるから。
(諦め悪………)
そんな自分に呆れ果てるけれど、これから関わることも、会うこともないだろう。
そうして、彼女に背を向けた。
「龍………」
「大丈夫ですよ」
新たな名で呼ばれて、苦笑を浮かべる。
同じヒトに傷を負わせた前世でも“親”だったヒトが心配そうに見ていた。
この人が今世でも親で少しだけ安堵した。
この罪は、前世でさえ償いきれないくらい重くて、だからこそこの罰を受けている。
だから、大丈夫。
この罪を背負うことは、俺たちにとって救いだから。
どうか、彼女の生まれ変わりがこの先ずっと幸せありますように。
いつかの不幸の全てを帳消しにするくらい、幸福でありますように――――――
End
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