終羽

彼女の生が分かる、唯一のモノが燃えて消えた。

「ツバサ………?」

契約書が燃え尽きたということは、契約を破棄するか、俺たち二人が死ぬか――――彼女が死ぬしかない。

少し考えれば分かることだった。

彼女は天使であるが故に長寿だが、人間であるが故に、人間よりは永いが天使と比べれば遥かに短い。そして、彼女は混血であるが故に、悪魔をその身に宿すことができた。悪魔と共に生きるなんてこと、普通は無理だ。

彼女は天使であるが故に、悪魔を受け入れられ、人間であるが故にその寿命を削った。

だから、彼女が先に死に行くのは当然なのだ。

結局、俺たちは許されないままだ。

どう足掻いたって、その日は来ない。

元々来るはずのない日を、彼女が生きている限り可能性はある、なんて考えていたこと自体馬鹿げたことだったのだろう。

それを俺たちは理解しないまま、縋るように手紙を書いた。

けれど、一つも読まれることなく、返事ではない手紙が一通だけ、届いた。

それが終わりだと理解するべきだったのに。

俺と蒼天様は互いに顔を見合わせて、そのまま崩れ落ちた。


『愚かな愚図共へ

 いつまで私に許しを請うの?無駄だと言うのを早く理解してください。

 これから幸せになる私にとって、あなたたちの存在がチラつくと言うのは

 鬱陶しく、不愉快でしかないので。

 いつになったら理解するのでしょう。

 だからダメなんですよ。

 さて、一つ報告です。

 これを読んだら二度と手紙を送りつけないでください。

 それでも尚、送りつけてくるのなら契約違反と見做して、契約通りの罰を実行しますので。

 私、結婚します。

 もちろん、人間の男性と。

 私の心を救ってくれた魂を持つ、私を愛してくれて、

 そして、私の何もかもを理解してくれた。

 そんな彼を、私も愛している。

 そんな奇跡が起こったので、ようやく私は幸せになれます。

 少しだけ、母が父を想っていた理由が分かりました。

 そして何より、ようやく生まれてよかったと、生きていてよかったと思えました。

 ここまで、本当に長かった。

 あんたたちのせいで余計に時間がかかった気がします。

 祝いは不要です。逆に不幸になりそうなので。

 では、さようなら

                                   ツバサ』


あれから、俺たちはせめて手紙で謝罪を伝えようと、たくさんの想いごめんを書いた。

炎天様に託してみたけれど、一度として彼女には読まれなかった。

最初の物なんかビリビリに破かれたらしい。

それが彼女の答えなのだと分かっていても、諦めきれなくて、書き続けた。

そんな折、炎天様が彼女からの手紙を預かってきたという。

初めての返事だ。

読んでくれたのだろうか。

そう思って、蒼天様と緊張しながら開けた。

けれど、内容はあっさり俺たちの淡い期待を裏切った。

当たり前だ。

そして、それだけで俺たちの手紙は読まれなかったことが、そして二度と届かないことが、はっきりと示された。

これでもなお、送ろうとすれば、契約違反とされてしまうから、俺たちはもう全ての手段を喪ったのだろう。

俺は、この手紙でようやく失恋を実感した。

とっくに失恋していたのにな、と自嘲する。

俺たちはいつだって遅すぎるんだ。

それが彼女を傷つけ続けた。

それからすぐに、炎天様が亡くなった。

病にかかっていたらしい。天使にしては早くに死んだ。

この手紙を見たら、安心したように笑って逝った。

とっくの昔に、振られていたというのに、それでも尚諦められなかったのだから、質が悪い。

そして、彼女の死をもってようやく、俺は許されないことを知り、それがずっと前からであったことを実感した。

ごめんな、ツバサ。

たくさん傷つけてごめん。

しつこく想ってごめん。

好きになってしまってごめん。

でも、今でも愛しているよ。

君だけを愛している。

蒼天様もちゃんとあなたを愛しているんだ。

でも、俺たちはその肝心の愛し方が下手すぎて、君を傷つけた。

本当にごめんな。

そんな資格ないけれど、君の死を想って泣かせてください。

俺は燃え滓の前で蹲って泣きじゃくった。

蒼天様がそんな俺を抱き締めて、一緒に泣いてくれた。


そのときだった。

俺に、俺たちに全ての罰が下ったのは。

『馬鹿な奴ら』

「!?」

それは知らない声だった。

けれど、知っていると勘が言う。

『忘れたくないのなら、忘れられないようにしてやろう』

ハッと気づいた時には何もかも手遅れで、漆黒の手が伸びて、俺たちの頭を掴む。

ぎちり、と頭が軋んだ音を立てた。

「あ、くま………!?」

どうやって、どうして、と思考が無意味に巡る。

『考えても無駄だ。俺ももう、死んでいるから』

その言葉で浮かんだのは、彼女に宿った悪魔。

(あ………)

そう思ったときにはもう、俺たちに呪いは刻まれた。

『お前らは、お前らの罪を忘れることは許さない。この先も、そして、一度の転生では許さない』

その悪魔の名を呼ぼうとしたところで、俺たちの意識は途切れた。

『まだ許されるつもりでいたお前らには似合いの罰だろう?』


俺たちにかけられた呪いは限定的であるが故に強力すぎて、治癒や解呪が得意な天使にすら解くことは不可能だと言われた。

唯一解けるとすれば、呪いをかけた張本人だが、すでにソイツはいない。

彼女と共に逝っただろうから。

おそらく契約の際、彼女にも気付かれないように契約書に細工をしていたようだ。

炎天様がそれに気付いていたかは不明だ。

気付いていたとしても、彼女の許可なしに契約書をいじるとも思えない。

これが罰なのだろう。

彼女のことだけを忘れられず、俺たちはこれからも生きなければならない。

そして、転生したとしても、この呪いは刻まれ続ける。

俺たちが彼女にしたことは永遠に消えない呪いとなった。

(どうせなら、君につけられたかった)

そんなことを考えるからダメなのだろう。

これからまだ永い年月を、俺たちはその罪と罰と向き合い続けなければならないのだ。

終わりを望んだ、彼女の気持ちが少しだけ分かった気がした。

この罰を甘んじて受け入れよう。

許されることはないけれど、罰があるということは俺たちにとって救いだった。

君のようなヒトを二度と生み出さないと、この呪いに誓うよ。

二度と間違えないと、過去に誓うよ。

そうして、天界は少しずつ変わっていった―――――


「ツバサ!!」

その名前に肩が跳ねた。

自分の横を通り過ぎていく少年が行く先を自然と目を追う。

少女が嬉しそうに、少年が来るのを待っている。

「待った?」

「ちょっとだけ」

「そう。ごめんな」

「大丈夫。先に来ちゃっただけだから」

そんな会話をしながら、二人は手を繋いで歩いていく。

当然、俺には見向きもしない。

(ああ、良かった)

それでも、安堵が俺の胸に広がる。

人間に生まれ変わって十数年。

天使であった前世を合わせれば、もう千年以上、探して、見つからなくて、探して、忘れられなかった。

(良かった、幸せで)

彼女は何度目の人生なのだろう。

一度目を最悪な始まりをして、最期の方はきっと幸せだったと思うけれど、二度目以降は分からない。

探してみたけれど、見つけられなかったから。

転生して、天使のときのように魂が見える能力はないけれど、それでも彼女だと分かった。

前世の自分の恋心が叫んでいるから。

(諦め悪………)

そんな自分に呆れ果てるけれど、これから関わることも、会うこともないだろう。

そうして、彼女に背を向けた。

「龍………」

「大丈夫ですよ」

新たな名で呼ばれて、苦笑を浮かべる。

同じヒトに傷を負わせた前世でも“親”だったヒトが心配そうに見ていた。

この人が今世でも親で少しだけ安堵した。

この罪は、前世でさえ償いきれないくらい重くて、だからこそこの罰を受けている。

だから、大丈夫。

この罪を背負うことは、俺たちにとって救いだから。

どうか、彼女の生まれ変わりがこの先ずっと幸せありますように。

いつかの不幸の全てを帳消しにするくらい、幸福でありますように――――――


                                         End

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