第十羽
Ⅰ
救いを他人に求めると
酷い目に遭う
それだけの話
助けを他人に求められないと
心が壊れる
それだけの話
独りで生きていると
呼吸が楽になる
それだけの話
何もかも諦めると
心が痛まない
それだけの話
本当は私に救いを求める資格ない
ただ、それだけの話
本当は独りは寂しい
ただ、それだけの話
Ⅱ
運命の出会い、というものがあると思う。
別に恋だけではなく。
驚きはしたけれど、まさにそうだと思ったんだ。
彼との出会いは運命で、私にとっては救いで、彼にとってもきっと安心できるものだっただろう。
得難いものを得た。
天界で周囲に求めていたモノを、彼が与えてくれた。
きっともう、私たちは離れられない。
対等だと私は思うけれど、どうだろう。
共依存、と言うとは思う。
私も彼も互いに離れられない。
彼が私から離れると言うのなら、私は彼を殺す。
対外的な理由もあるけれど、きっと心が耐えられなくなってしまうから。
恋愛的な好きとかそんな甘酸っぱいものではないけれど、愛してはいると思う。
それは家族愛的な、友愛的なモノだけれど。
彼に言ったら、『恥ず……』って言って照れていた。
それでも、満更でもない様子が伝わってくるから、それが嬉しくて笑みを零す。
Ⅲ
その出会いは偶然だった。
そして、私にしか見つけられなかっただろう。
「あなた、悪魔………?」
「オ前ハ、天使カ………?」
憑依している人間の子供の口を無理矢理動かしている状態なのか、カタコトで喋るソイツは、確かに悪魔なのに、どこか気配が薄い。
「…………まさか」
「…………マサカ」
私たちの零れた声が重なる。
きっと互いにその違和感を感じ取って、考えて、ほぼ同時に似たような答えに辿り着いた。
「悪魔が人間に憑りつくなんて、聞いたことないわね。そういう能力だとしても、あなたの場合、実体がないんじゃないかしら?」
「正解ダ。ダガ、オ前ハナンダ?天使ノ匂イガスルノニ、オ前ノ気配ハ人間ソノモノダ」
互いに探り合う私たち。
「さあ、なんでしょうね?」
「マサカ、オ前モ同ジナノカ?」
「さあ、どうだろう?」
確証があるわけではないけれど、お互いに確信があった。
「とりあえず、その子からは出てほしいなあ」
実を言うと、さっきから気になって仕方がない。
その悪魔だろう者が憑依しているのは、まだ10歳くらいの少年だ。
それなりに体格は良いようだが、がっしりというよりひょろりとしている。
詳しいことはわからないが、孤児の可能性が高い。
似たような子供と遭遇したことがあるから。
「その子に憑依し続けたって意味ないと思うけどなあ」
どんな利があって、その子に憑いているのか。
「早く出ておいでよ」
「無理ダ」
当然、悪魔は拒む。
「困ったなあ」
ただ殺すとすれば、人間の少年事殺すしかない。
普通の天使なら躊躇いなくできたかもしれない。そもそも能力を持つ彼らなら未だ定着していない悪魔を体から引き離すくらいはできたかもしれない。
能無しの私には出来ないことだけれど――――――
(ん?まだ、定着していない………?)
不意に、自分の言葉に引っかかった。
私はどこで、定着していない、と判断したのだろう。
じっと彼を観察する。
カタコトの言葉。
気配から恐らく似た出生だろうこと。
その特異な出生のせいか実体がないだろうこと。
(何故、私は彼に実体がないと判断した?)
そして、彼はそれに正解だと答えた。
(なるほどねぇ)
パズルのピースを嵌めるみたいに導き出される答え。
「出てこないのなら無理にでも出てきてもらうわ」
「ヤッテミロ」
言われると同時に、地を思い切り蹴る。
「俺ヲ殺シテミロ」
彼が零すそんな言葉に泣きたくなった。
同情じゃない。これは、共感だ。
(ああ、あなたも同じなのね)
居場所を求めて彷徨って、でも見つけられなくて――――――
(それなら)
あっさりと答えが出た。決意もできた。
それに、天界に戻れない理由になると少しの下心を付け加えて。
Ⅳ
「さあ、降参しますか?」
ぐ、と少年の腕を捻り上げる。
「クソ………ッ」
剣は使えない。剣を使うとなると、翼を広げざるを得ない。そうすると、蒼龍にまた勘付かれる。それだけは勘弁願いたい。
「ナンデッ、オ前、能力ヲ………!?」
「使ってない。いや、使えないんだよね」
驚いただろう、何の能力もなく自分を抑えている、私に。
「でも、そう簡単には負けないよ?」
能無しでも勝てる。
それは、私が証明し続けてきたことだ。
認められたことはなかったけれど。
「ねえ、まだ定着していないんでしょう?」
「!?」
「私があなたに気付いたのって、憑依先をこの子に変えていたからでしょう?」
そうでなければ説明がつかない。
微かな悪魔の気配を追ってきたはずなのに、対峙したときこの少年から悪魔の気配は漏れていなかった。
「ハハ、正解ダヨ」
「私、能力はないけれど、戦えるわ。まあ、能力がないせいで、あなたをこの子から無理矢理引きはがすことは難しいけれど」
ぎろりと彼は私を睨む。
(賢いわね)
どうやら私の放った言葉の意味を正しく理解しているようだ。
そう、私は難しいとは言ったが、できないとは言わなかった。
(ま、私の力じゃないけれど)
私はただ翼を広げるだけでいい。
アイツに会うのは死ぬほど嫌だけれど、人命優先だ。
私は人間を優先する。
私に優しくしてくれた人間を。
(アイツと会いたくないというのと、悪魔を殺すためにこの子を殺すのでは釣り合わない)
にこりと笑みを返す。
Ⅴ
どう逃げようか考えているであろう悪魔に、私は一つ提案をする。
「ねぇ、取引しましょう」
「ア……?」
狡いやり方だと知りながら。
「新しい宿木として、私の身体を提供します。その代わり、その子を解放してください」
「ムリ、ダ。オマエ、ハ天使ダロウ」
「半分だけ、よ。気付いていたでしょう?弾かれる可能性は0ではないけど、能力も持たない混血なら可能性は十分あるんじゃない?」
私の言葉に、彼は目を大きく見開く。
「っデモ………」
「ああ、身体の使用についても一言言ってもらえれば許可するよ?まあ、内容にもよるけれど」
「…………」
きっと彼が問いかけたいのはそういうことじゃないのだろう。
けれど、今はまだ気付かないフリをする。
「私はその子を助けたい、あなたは身体がほしい。ただの脆い人間に乗り移るよりかは幾分頑丈だけど………―――どうする?」
これを飲まなければ別の方法を取る。
そう暗に脅して。
「分カッタ……」
「ありがとう」
にこりと笑って、彼から一度手を放す。
起こすために手を差し出せば、彼はその手を恐る恐る取った。
立ち上がった、彼はゆっくりと深呼吸をした。
ズグン、と身体が重くなる。同時に、少年の体から力が抜けて、咄嗟に抱き留める。
歯を食いしばって、彼を追い出さないように耐える。
やがて、ゆっくりと何かが浸透していく感覚が全身を巡り、数分もすれば違和感は消えた。
「あー………ちょっと怠いかな……そっちはどう?」
『今のところは、問題、ない』
頭の中に彼の声が響いた。
「では、しばらくは様子を見よう。何かあれば教えてね」
『分かった』
ひとまず様子見することにして、気絶したままの少年を抱きかかえる。
「そうだ、名前は?」
ついさっきまで敵だったせいで失念していた。
『狭間の悪魔………』
「狭間の、ね。私はツバサ。――――よろしく、狭間の」
そう告げると、彼―――狭間の悪魔は突然泣き出した。そんな、気配がした。
「えっ?えっ?」
『すまん。勝手に名乗っていただけの名前だったから、誰かに優しく呼ばれたのは初めてだったんだ』
驚き戸惑っていると、彼は最後にぐずっと鼻をすすって、照れくさそうに笑っていた。
私は、そう、とだけ頷いた。
彼の事情は詳しくは分からない。自分で名乗らなければならないほど、彼も周囲には恵まれなかったのだろう。
「えーっと、この子はどうしようかしら」
ひとまず、気を失っている少年をどうにかしなければならない。
『俺が案内する………』
私は、申し訳なさそうな声のナビゲートに従った。
Ⅵ
「リーダー!!」
「お兄ちゃん!!」
やがて、少年の仲間たちらしい子や妹らしい子らが駆け寄ってくる。
「途中で倒れていたんだけれど、気を失っているだけ。すぐ目を覚ますわ」
彼らの拠点であろう場所のベッドに寝かせて、安心させるように微笑む。
「お兄ちゃん、ここ最近ずっと、変だったの………」
「そう」
きっと狭間の悪魔に憑りつかれていたときのことを言っているのだろう。
正確には、憑りつくために誘惑でもされていたのか。
「大丈夫よ。少し、疲れていたせいだから。起きたらきっと元通りよ」
そう言って、少女の頭を優しく撫でた。
「ほんと………?」
「ええ、ほんと」
しっかり頷くと、ようやく彼女はホッと息を吐いた。
「じゃあ、私はもう行くわ」
これ以上の長居は無用だ。
「え、でも………」
「ごめんなさいね。私は偶々立ち寄っただけだから」
引き留めようと、縋りつきたいと、伸ばされた手を、やんわり断る。
(あなたたちに私ができることなど、何もないから)
孤児であろう彼らはこの路地裏を縄張りとして、助け合いながら生きているのだろう。
別に子供が嫌いなわけでも、助けてやりたい気持ちもあるが、自分は中途半端な存在で、長く彼らといれば違和感などすぐ浮き彫りになる。
自分の生活だけでも精一杯なのに、他人をしかもまだ子供の面倒を見ることは出来ない。
今回は悪魔が関わっていたからこうして手を差し伸べたが、これ以上は彼らのためにもならないし、むしろ余計に傷つけるだけだろう。
身寄りがなければ尚のこと、頼ろうとし、深く関わることになってしまう。
きっと、あっという間に彼らは成長して、私の背が伸びていないことも、どれほど時間が経っても老けないことに気付いてしまうだろう。
(それに、子供にどう接したらいいか、私には分からない)
孤独な子供時代を過ごした。
どれほど願っても愛されなかった。
だから、愛し方が分からない。
見様見真似でできないこともないだろうが、きっと咄嗟のときに傷つける。
優しくしたいと願っても。
自分の中にあるのは苦い思い出だけだから。
(ただでさえ、親に捨てられてあの子たちはあそこにいるのに、これ以上の傷を負う必要はない)
大人になれば、少しは楽に生きられるようになるだろう。
その前に、ちゃんとした人間が手を差し伸べてくれるかもしれない。
(確率は低いかもしれないけれど)
この世界は広く、未だ同じ地を踏むことすら叶っていない。きっと、世界を1周する頃には自分と会った人たちは年老いて、自分のことなど忘れているだろう。
見覚えがあるとは思うかもしれない。もしかしたら、会ったことがあるとも思うかもしれない。
けれど、何十年と月日が経っていれば子供だ親戚だといくらでも誤魔化せるだろう。
だから、深く関わらない。長居をしない。
それだけを決めて、私は人間界で生きる。いつか、本当の私を受け入れてくれる人を見つけるまで。いつか、死に場所を見つけるまで。
私は人間の血も天使の血もあるから、純血の天使と比べれば短命でも、人間と比べれば長寿だから。
私たちの時間の流れは違うから。
だから、ここにはいられない。特に子供の傍には長くいられない。
そうして、私はばいばい、と小さく手を振って、彼らに別れを告げた。
お礼も何も要らないと、何もかもを拒絶して。
(次に、ここに来るとき、彼らが笑っていたらそれでいい)
(それで、あそこに住む子供がいなければもっといい)
もちろん不可能だろうとは思っている。
すでに人間界に来てから、十余年の月日が流れていた。
けれど、孤児がいる街は多くはないが、少なくもない。
きっとどれほど願ってもいなくはならないのだろう。
そして、私にできることはない。だから―――――
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