第31話 手に入れたこと、気づけたこと
リカードは右手で剣を器用にくるりと回し、構えを取る。
「魔法の次は武器って訳か」
「戦場ではあらゆる状況の変化が起こる。その場その場に適応できなくては致命傷は避けられないからな」
それは確かにそうだろうと思える。
実際にモンスターに会ってみたら戦い方もそれぞれで多種多様だった。
トナカイ型のモンスターは突進のような直接的な攻撃だけでなく、角を伸ばしての遠距離攻撃もやってのけていた。
あらゆる場面での状況判断や手段も、この先では必要なのだろう。
それの大切さに気づいたことも収穫と言える。
そう思っているうちにリカードは剣を両手に、向かってきた。
距離が縮まった瞬間に、2本の『操黒』で剣技を防ぐ。
「反応はまずまず」
剣で『操黒』を押しながら、嗜むように言い、軽やかな跳躍で後方に下がる。
「先生って魔法だけじゃなくて剣もいけるんですね」
「何せ教師の身であるからな」
関係あるかは知らないが、確かに剣も動作もキレがある。
現代魔法学担当とは思えない剣さばきだ。
「迫られたら不利だ。こっちからも行こう」
構えた隙を狙い、9本もの『操黒』をリカードに向けた。
「ふむ、そう来るか」
9本の『操黒』は黒い波となってリカードへ一直線に進む。
「フッ!」
一本はリカードに剣で払われた。
続けて2本も同様にいなされ、多方向から攻めると、リカードは何と跳躍した。
(っ!空中なら・・・・身動き出来ない!)
偶然のチャンスを見つけた。凛人は空中に向けて全てを様々な方向から伸ばす。
「それは常人の思考だ」
唐突な発言だったが、その意味を知るのに時間は要しなかった。
自由落下直前に入ったリカードの元に『操黒』がたどり着くと同時、あろうことかリカードは何もない空中で回転した。
落下を利用し、回転しながら全ての『操黒』をいなす。
「うわっ!すご!」
「感心している場合かい?」
着地した瞬間に、既にリカードは目と鼻の先まで急接近していた。
急いで凛人は2本の『操黒』を伸ばす。
だが突発的過ぎたため、完全に防ぐことは叶わず、刃そのものは防げたがリカードの細身には似合わない腕力に『操黒』が押し負け遥か後方に飛ばされた。
「うっ!耐えろっ・・・!」
ずきずきと腹部が痛む。
倒れずに両足で踏み止まったことは幸運だった。
間髪いれずに二撃目が来た。
「息つく暇もないなこれじゃ!」
今度は早く反応出来た気がする。
防御と反撃を試みたが、念のため三本伸ばした『操黒』はひらりと避けられてしまい、別の角度に入られた。
「そこか!」
更に『操黒』を1本伸ばす。
「無駄だよ」
シュッバッ!と、いい音が鳴り、『操黒』が斬り落とされた。
「『操黒』が!」
斬られた『操黒』は黒い粒子となって消滅する。
防御が無くなった側から、リカードの鋭い剣が凛人に向けられる。
迫り来る刃を、首を後ろに反らすことで回避。
二撃目は後ろにバックして何とか回避成功するも、また剣が凛人に振り下ろされる。
「まずい、『操黒』を出す暇が、」
まだ剣のスピードは止まらない。
必死で避け、完全な防御ともいえない『操黒』で致命傷だけは避けながら、後ろへどんどん弾かれていく。
かなり押されたところで、背中がドンッ、と何かにぶつかった。
「次はなん────あっ、」
振り向くと、自分が圧倒的不利な状況にいると思い知らされた。
何てことはない。
押されているうちに、体育館の壁際まで追い込まれていたのだ。
退路は完全に、塞がれてしまったのだ。
「ヤバい──────」
「よし、舞台は整ったか」
リカードは凛人から割りと離れたところで剣を構え直し、そう言った。
離れているからといって安心できるはずもない。
この程度の距離は一瞬で詰められてしまう。
今日が始まって以来、二度目の危機だ。
「ヒントを与えよう。私が安心して動ける場所を無くせば君の勝ちだ」
せめてもの慈悲なのかリカードは対抗策を教えてきた。
「安心して動ける場所を無くす?・・・・・そうか!」
リカードが教えてくれたヒントを元に、凛人は解決策かもしれないあることを思い付いた。
『操黒』がどんな形にもなれるという性質があってこその思い付きだ。
そして凛人は五本の『操黒』を伸ばす。
「おいおい。それが解決策になるのかい?」
「まあ一応。本命はまた別ですけどね」
確かにただ伸ばすだけでは斬られる。または回避されて意味を成さないことは確かだ。
その結果の通り、五本のうち三本は斬られ消滅し、進行を阻むことはできなかった。
しかし、これこそ狙いだ。
「準備完了!」
三本の『操黒』でリカードの気を引くと同時に凛人は残る2本を壁に這わせ、壁の両サイドの一部分全てを黒く染め上げていた。
まるで黒いビニールテープを横に長く張り付けたように見える。
その光景にリカードは気づいたようだ。
「これは・・・・・・」
「閉じろ!」
凛人が合図を出すと、両サイドの『操黒』の表面から、『
横向きの『黒盾』は自動ドアのように、全く同じスピードでリカードがいる体育館の中心へと向かう。
ドンッ!
かなりの重量のあるものがぶつかりあった音と共に、『黒盾』は体育館の中心部分で閉じた。
上から見ると、凛人がいる部分以外の全てが黒く染まり、まるで黒い沼のようだ。
実際に上から観測したものはそう感じた。
「悪くはないな」
「いつの間に!」
声がした上方に顔を上げると、いつの間にかリカードが体育館の天井部分の鉄骨にぶら下がっていた。
『アンブレイク・シェルター』は当然ながら天井にも至っているため、掴んでいる青いものが本当に鉄骨なのかはわからないが、リカードは宙にいる。
「見えなかったかい?〈スパイル〉という風魔法でここまで上昇したのだがな」
「自分の作戦が成功したことが嬉しくて・・・・」
「それは結構。なら続いてはこれだ〈アイススモーク〉」
宙にぶら下がったまま唱えた魔法により、魔法陣から涌き出た白い霧がリカードと天井全体を覆い隠した。
「冷たっ!これって、冷気?リカード先生は寒くないのか?」
〈アイススモーク〉の正体は冷ややかな冷気だった。
この距離でも十分冷たいが、本当にリカードは無事なのだろうか?
人の心配をしている場合ではなかった。
冷気の霧の間から、炎、雷、風、と様々な魔法が雨のように降ってくる。
「めちゃくちゃだ!」
天井の霧の中から降り注ぐ様々な魔法攻撃は、簡易的な天変地異を再現していた。
『操黒』で対応しようにも、雷雨の如く降りかかる魔法の雨は対抗するより先に凛人の元に到達してしまう。
一度、『黒盾』を消し、避けることに専念する。
必死で逃げ惑い、壇上によじ登った。
嬉しいことにここは安全地帯のようだが、一歩でも踏み出せば魔法の餌食になってしまう。
「安全地帯は確保しても、ここからこの距離どうやって攻撃しよう・・・・段差でも作ってみるか」
凛人は『操黒』を多数伸ばし、壇上の下の床で融合させ、黒い床を作り出すとそこから上に向けて三つの巨大な立方体を作り出した。
上に行くにつれて段々高くなり、一つ一つの段差がとても大きい3段だけの階段を作りあげた。
「相変わらず何でもアリだな。あとはそうだな」
後は魔法の雨を避けながらリカードの元に到達する方法があればあそこまで行ける。
その方法とやらが思い付かない。
「魔法が使えれば・・・・・ん?魔法?」
魔法という言葉が出た時、あることに気づいた。
胸ポケットにしまった生徒証を取り出す。
魔法適正のところを見ると、そこにあるのは35という悲惨な結果だが、それはリカードが何かしらのトラブルを防ぐために気を遣って変えてくれたものだ。
今の魔法適正は、96。
「今度フィーネさんにあったら、お礼言わないとね」
決心を決め、凛人は自らが作り出した階段に向かって走り出した。
低く屈み、跳躍。
一段目に到達する。
すると待ってましたと言わんばかりに魔法は束になって凛人へ向かう。
(確かリカード先生が使った風魔法の名前は、)
リカードの発言を思いだし、凛人は魔法を唱える。
「〈スパイル〉!」
足元に緑色の魔法陣が現れた。
やった!成功だ!
そう思ったら、魔法陣から吹き上がる螺旋状の風が凛人を上昇させた。
魔法の雨をかわす同時に、凛人を一段上の段差に到達させる。
二度目の〈スパイル〉で最後の段差へと踏み込み、到着と同時に〈スパイル〉を使用。
後少しでリカードがいる霧の中に到達できる。
そこまで来たと実感したすると、力が込み上げてくる。
後一歩で成功する事への喜びなのかここまで自分が強かったのだと思えたからなのかは分からない。
高ぶる気持ちをそのままに、凛人は最後の跳躍を見せる。
「〈スパイル〉!!」
魔法の雨を警戒しながら、これまでより気合いも威力もこもった〈スパイル〉で大跳躍。
冷気の霧の中へと入り込んだ。
思った通り中は格段に冷たかった。
そんなことも気にならないほどの距離に、リカードはいた。
「ふっ。よく来れたな」
得意気に笑うリカードだが、容赦はしない。
凛人すぐに右手に魔法陣を作り出した。
数えきれないほど使った、自分にとっては最も使いなれた炎魔法だ。
「〈砲炎〉!!」
勝利を確信して打った炎は──────。
何の比喩でもなくリカードを貫いた。
「あーーーーーー!!リカード先生すみません!」
やってしまった。しかも担任を。
我ながらとんでもないことをしてしまったと非常に焦り、空中で凛人は謝罪した。
しかし炎で貫ぬかれたリカードは、まるで
「残念。それは幻影だよ」
霧の奥からリカードの声が聞こえた。
「なんだ幻か。ふぅ、よかっ─────」
何も良くない。
体が真下へ急降下。
「あっ──────」
そういえば今は空中にいるんだった。
ようやくその状態を思い出した頃には、既に自由落下が始まっていた。
足場を失い、さっきまであった『操黒』の段差は消滅している。
すがるものが何も無くなった状態で、凛人は重力に引き寄せられ地上へと真っ逆さま。
ああ、やっと強くなれたと思ったのに・・・・。
(死んだかも・・・・これ)
ここまで来て魔法や武器でもなく、まさか落下で終わるなんて。
よくよく考えたら空中まで行った後の帰還方法を考えていなかった。
自分でも理解しているこの浅はかさが、最後の最後で本領を発揮。
『操黒』を出そうにも間に合わない。
嘘だと言ってくれ。
「〈スパイル〉」
上空から魔法が唱えられた。
すると凛人の真下の床に緑色の魔法陣が浮き上がり、小規模な風の渦が落下している凛人を受け止めた。
渦は威力を弱めて行くにつれて、凛人を安全に床へと下ろす。
「ひ、ひ、ヒヤッとしたぁ~」
情けない声を出してその場にへたり込んだ。
命の危機から免れたと知ると、体中から力が抜けていくのを感じた。
息を切らしながらその場で固まっていると、リカードが天井から床に着地。
魔法など使わずストンっ、と着地を決めた。
リカードが降り立ったのを確認して凛人はよろよろと立ち上がる。
「やれやれ。噂ほど信用できない話は無いと聞くが、全く持ってその通りだな」
大きくため息を吐き、リカードは吐き捨てるように言った。
何のことだろうと凛人は首を捻る。
するとリカードは黄色い瞳を凛人へ向け、いつも以上に真剣な表情で淡々と話す。
「状況に応じた的確な判断。突発的な閃きと瞬時にアイデアを導き出せる想像力。何より、それをやってのける技術とすぐに実行に写すことができる覚悟。一体、これのどこが落第生だと言うのだ」
「え?その・・・・・」
「黛くん。この時間の特訓によって、君は新たな力を手にした。それを抜きにしても言えることがある」
自らの一番の誇りを見守るような目で、リカードは言った。
「君は、落第生などではない」
「・・・・・・」
「私が保証しよう、君がどれほど─────」
「よおおおおぉぉぉぉぉしっっっっっっ!!!」
感情が爆発して、ついに叫んでしまった。
「うわっ!!き、急に叫ばれるとは」
「いやその、すみません。とてつもなく嬉しすぎてつい!」
「無理もない。嬉しい時は盛大に喜べはいい」
「そうですよね!そうですよね!」
だって無理もない。
初日。まさにこの場所で落第生と言われて嘆き、その後も周りより劣っているせいで何度も後悔と不甲斐なさを感じていたのに担任から落第生ではないと言ってもらえたんだ。
正直に言うと、心が爆発してしまいそうなほど嬉しかった。
落第生と言われたこの場で、自分が落第生ではないと教えられた。
言葉に表すことが出来ない感情が、込み上げてくる。
「リカード先生。質問いいですか?」
「もちろんだ」
「今の僕なら、またゼネスピアなんてのが現れても皆を守れて。そして、一哉や天宮寺くん・・・・・・倉山さんとも肩を並べて戦うこともできますか!?」
思わずそんなことを聞いてしまった。
聞かれたリカードはきょとんとしている。
聞いた後なのに、自分は何を聞いてしまったんだろうとふと思った。
絶体絶命の時に人を守ることも、強者と肩を並べて戦うことができるのも、全ては実力以前に自分次第の筈なのに。
「いやっ、何を聞いているんだ僕は。すみません急に」
額に手をあて、やれやれと自ら言い出した質問に対して呆れた。
「それを理解できているなら、私は十分に可能性はあると思うぞ」
意味不明な質問だった筈なのに、にこやかにリカードは答えてくれた。
「そっか・・・・。じゃあなおさら───」
「テストは後4日間ある。特訓、続けるかい?」
「勿論です!!」
疲れも忘れ、凛人は答えた。
更に強くなれるなら、断る理由なんてどこにもない。
「良かった。ならば指導者として課題を教えよう。君の『操黒』は便利かつ強力だ。どこからでも出せて、どんな形にもなれるのはそれだけで木っ端な魔法やスキル相手なら無双できる。その強みを更に引き上げるための課題が『分離』、『性質変化』、『範囲拡大』。主にこれらだ」
「分離と性質変化と範囲拡大。分離っていうのは?」
「文字通り。『操黒』をその場から分離させて新たな形にすると言うことだ」
「なるほど。難しそうだけど、極められれば強くなれそうだ!」
「そうだとも。時間があれば暇な時間にもやってみるといいが、課題の話はここまでにして・・・・」
特訓と課題の話はこるで終わるようだ。
でもどこか、無理矢理に話を切り上げたように感じる。
「黛くん。力を手にしたなら、以降必ず合間まみえることとなる存在についても話しておかなければならないな」
「合間まみえる存在って、」
「世界に厄災をもたらす最悪の騎士団。混沌騎士団についてだ」
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