諦めるのはまだ早いよ
撮影からしばらくして、美古の口寄せの映像が世に放たれた。
後から知ったことだが、彼らの番組は地方テレビ局の看板番組であり、夕方の最も視聴率が高い時間帯に放送されているものらしい。
仰々しい効果音と、画面の端で激しく明滅するテロップが流れる。テレビの画面に映る美古の姿は、巧みな編集によって〝突如現れた女子高生の天才イタコ〟として、おどろおどろしく、かつセンセーショナルに祭り上げられていた。
その影響はすぐに現れた。
翌日から、それまで静かだった美古の家に、全国から沢山の人が押し寄せてくるようになった。失くした鍵の場所を知りたがる老人、不慮の事故で逝った恋人の声を求める若者、何かに取り憑かれたと怯える主婦など、数々の人々が集まってくる。
美古は、サチとの修行や学校の勉強の合間を縫って、彼らの相手をするようになっていった。向こう側から滑り込んでくる死者たちの声を、すくい上げては渡す。そのたびに身体が削られていくような感覚があったが、祖母が帰ってきた時のため、そして日々の生活費のために、美古は数珠を揉み続けた。
そのうち、テレビ放送の波紋は学校でも押し寄せてきた。
教室の扉を開けた瞬間、それまで弾んでいた会話がピタリと止まる。向けられるのは、好奇と、それ以上に強い拒絶が混じった視線だ。美古の噂は、瞬く間に尾ひれをつけて校内に広がっていった。
休み時間の廊下、すれ違いざまに背後からひそひそ声が突き刺さる。
「ほら、一時期学校で、おかしなことばっかり起こってた時あったべさ。教室の窓割れたり、ロッカーから変な音したり……」
「学校さ幽霊呼び寄せてたの、美古ちゃんだったんじゃねぇの? 怖ぇなぁ、近付かねえ方がいいぞ」
悪意というよりは、得体の知れないものを遠ざけようとする、恐怖の声に聞こえた。
何を言われても、今更どうということはなかった。元からこの学校に、自分の居場所はない。孤立しているのはいつものことだ、と自分に言い聞かせる。けれど、このように話題に上げられるのは、決して気分のいいものではない。
少しだけ、撮影に協力したことを後悔した。
放課後、逃げるようにして教室を出て、重い足取りで階段を下りる。
西日の差し込む昇降口へと向かうと、下駄箱の前に、いつもと変わらない軽やかな佇まいで、正一が立っていた。美古の姿を認めると、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべて、小さく手を振ってくる。
今日も、正一の兄の目撃情報を募るために、街へ出る約束をしていた。
「行こうか、美古ちゃん」
正一の隣は、何だか凄く安心した。
外へ出ると、初夏の、少し汗ばむような風が吹いた。二人で向かったのは、地元でも有名な老舗の和食店である。
少し敷居の高そうな外観をしているが、寿司や定食などメニューは豊富で、定食類は千円台と、見た目のわりにリーズナブルだった。席は座敷の個室で、居心地がよい。
二人のテーブルには、ボリュームのある定食が運ばれてきた。しかし、美古は地図を見るのに夢中で、なかなか箸に手をつけることができなかった。
テーブルに広げたその地図には、これまで二人で歩き回った場所に、無数の赤い×印が付けられている。むつ市の至る所がバツ印で埋め尽くされ、もう新しく歩くべき場所など残されていないように見えた。
美古は、ぽつりと呟いた。
「もう、見つからないんじゃないでしょうか」
兄の手がかりを見つけられないまま、時間だけが過ぎていく。時間が経てば経つほど、兄の生きていた時間は遠退いていって、誰もが彼を忘れていく。
そんな美古を元気付けるように、正一が言った。
「諦めるのはまだ早いよ。この店だってまだ、聞き込み調査してないし」
「こんなところ、お兄ちゃんはこないと思います……。健康によさそうじゃないですか。あの人、ジャンクフードか甘い物しか食べないから」
美古は、運ばれてきた丁寧な作りの和食を見つめながら、かつての兄の偏食ぶりを思い出していた。こんな綺麗なお寿司や定食があるお店に、兄が寄り付く姿は到底想像できなかった。
すると、正一が真剣な眼差しを美古に向け、諭すように言った。
「美古ちゃん、口寄せも上手になってきたんでしょう? なら、あとは命日だけじゃないか」
正一は、美古が最近は家に来る客の相手もして、確実に力をつけていることを例に挙げ、励ましてくる。今の美古なら、いつ亡くなったかさえ分かれば、口寄せで直接本人を呼び出せるのだと。
正一の言葉に頷き、美古はゆっくりと料理へと視線を戻した。
美古がようやく定食に箸をつけ、一口食べ始めた、その時。
対面に座っていた正一の動きが、不自然に止まった。彼の手にしている箸が、指先から滑り落ちて畳の上に転がる。
「……正一先輩?」
美古が怪訝に思って顔を上げた瞬間、正一は糸が切れた人形のように、そのまま座敷の上へと崩れ落ちた。
「え……っ正一先輩!?」
驚いて身を乗り出し、彼の肩に手を伸ばす。衣服の上からでも分かるほど、正一の身体は恐ろしい熱を帯びていた。まるで内側から炎で焼かれているかのように、ひどく発熱している。
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