第二章:巡礼、と言う名の異世界観光
初めての異世界グルメ
ルルーベルと別れた後、私は1人、車の中で使えそうな物を整理していた。
運よく協力者は得られたけど、まだ100%信用はされてないだろうし、さっきみたいにいつどこで車を没収するか、みたいな話になってしまうかもわからない。
それでなくても、燃料がいつまで持つのかわからないんだ。
だから車が使えなくなった時のために、生き残れる可能性を少しでも増やしておこうと使えそうな物をかき集めてみた。
テントや寝袋などの基本的なキャンプ用品に加えて、食料(3日分くらい)、十徳ナイフ、包帯や消毒液が入った救急箱。それに3日は寝泊まり出来るだけの着替え。
武器に使えそうなのは薪割り用の斧と、旅行先で血迷って買ったまま放置していた木刀。
後は日用品とお土産のキーホルダーがもろもろ……この辺りは物々交換で食べ物とかと交換できないかな、と考えてる。
この龍が巻き付いた金色の剣なんて、いかにも高価そうだし。なんでこんなの買っちゃったのかわかんないけど。
それらを可能な限り登山用の大きなリュックに詰め込んだ。
斧はカバーが付いているけど、持ち運ぶのは危ないから車内に置いといて、木刀は護身用として持って行くことにした。
バッグから先っぽが飛び出しちゃったけど、まあいいや。
ぱんぱんになったリュックを背負い、私はひとまず応接室へ戻る。
車を放置して離れるのは不安だったけど、部屋の準備が出来たとき、呼びに来てくれるのはあそこだろうし、部屋にいなくて逃げられたと思われると厄介だ。
後ろ髪を引かれる想いを抑え込みつつ、応接室に戻って、しばらく応接室で待っているとお付きの1人が迎えに来る。
「ヤカタ様、お待たせいたしました。お部屋の準備が出来ましたのでご案内します」
そう言われ、大人しく付いていく。
案内されたのは教会裏にある三階建ての建物だった。
外観はパッとしなかったけど、日頃からしっかりと手入れされているのがわかるくらい綺麗だ。
階段を上がり2階へ。そこの一番奥が私に用意された部屋みたいだ。
質素な部屋を想像していたけれど、中は観光地のホテルのような、ほどほどに良い感じの部屋だった。少なくともビジネスホテルよりは広くて良質っぽい。
「ルルーベルの巡礼が終了するまでここをお使いください。3日ほどで次の街へ出発しますので、それまでに必要な物があれば仰ってください。可能な限り、こちらで揃えておきますので」
「あ、すみません。私、お金ないんですけど大丈夫ですかね……?」
言い方的に経費は魔法教団で持ってくれるっぽいけど、念のため確認しておこう。
適当に好きな物を要求しまくって後からお金払ってくださいって言われたら困るし。
「巡礼に必要な物でしたら、費用もこちらで持たせていただきますので。それと、こちらをお受け取りください」
そう言って差し出してきたのは手のひらサイズの布袋だった。何かが詰め込まれているのか真ん丸に膨らんでいる。
なんだろう。受け取るとずっしりとした重みが右手にのしかかる。開けてみれば、中には100円玉みたいな銀色の硬貨がびっしりと詰まっていた。
「ひとまずはここまでの護衛代として、銀貨50枚です。巡回の出発前には金貨1枚と銀貨30枚。次の街に無事、ルルーベルを届けていただければ金貨5枚と銀貨80枚をお渡ししますので、どうぞよろしくお願いします」
「は、はい……わかりました」
突然、契約金について話されて私はたじたじになる。
相場がわからないから妥当な金額かどうかは判断できないけど、まあ報酬が貰えるだけありがたいと思おう。
「それでは、失礼いたします。何かございましたら教会の受付にてユーハット司教のお名前を出していただければ対処いたしますので」
それだけ言って、お付きの人は去って行った。私は荷物を置いて、これから宿泊する部屋を振り返る。
「……お腹空いたな」
朝からコーヒーしか飲んでない。街も少し見て回りたいし、観光がてらちょっとご飯でも食べに行こうかな。
荷物は貴重品だけ入れたバッグに、お金はとりあえず袋から銀貨30枚を取り出して小銭入れの中に入れておく。残りは袋のままリュックに押し込んだ。
荷物を部屋に残していくのはちょっと怖いけど、まあ教団管理の宿泊施設っぽいし大丈夫だろう。
何より早く異世界の街並みを見て回りたかった。
どんな物が売っているのか、どんな料理があるのか。人々の生活感や街の雰囲気も地域が変れば結構変わるもので、それを見て回るのが好きなんだ。
期待を胸に、私は街へと繰り出した。
街は車で回ろうかな、と思ったけど駐車場みたいなのがあるかわからなかったから徒歩で街を回ることにする。
太陽の傾き具合を見るに昼前ぐらいかな。街に着いた時よりも活気が強まっている。
大通りに沿って軽く見て回ってみて、看板なんかの文字を読めないことが発覚する。
そういえばルルーベルは日本語を読めないって言ってたし、気づくべきだった。
どうしよう。教会に戻って誰かについて来てもらおうかな。いや、流石にそこまで手は回してくれないかな……。
適当に街並みを眺めつつ、いくつか飲食店っぽい所を発見したので外から様子を眺めてみる。
店内はそれなりに繁盛しているみたいでほとんど満席みたいだった。お客さんは若い男性が多く、机の上には肉中心の料理が並んでいた。それにお肉の焼ける香ばしい匂いも漂っていて――。
ぐうぅ、と耐えきれずお腹が鳴った。
……観察した感じ大衆向けのお店だろうし、手持ちで足りない、なんてことにはならないはず。それにこれだけお客さんがいるならぼったくりみたいなこともないだろう。
注文は店員さんにおススメを聞くか、他のお客さんお食べてる料理と同じ物を頼めばいいし、うん、ここで食べよう。
私は意を決して店に足を踏み入れた。
勝手に座ればいいのか、座るにしても空いてる席があるのかと店内を見渡しているとカウンターで接客をしていた体格のいいおじさんと眼が合う。
「いらっしゃい! 空いてるとこ適当に座ってくれ!」
頷いて、ちょうどカウンター席が空いているのを見つけて、厳つい男性に挟まれる形で席に着いた。
メニュー表、っぽい木の板が置かれているけど当然読めず、かと言って周りの人たちもまだ料理が来ていないのか近場に「これと同じで」と言えそうな料理もない。
「注文は決まったかい?」
キョロキョロしていたからか、最初に呼びかけてくれた店員が声をかけて来る。
少し迷って、私は店員さんへ言った。
「この街の名物料理はありますか? 今朝、到着したばかりであまりこの辺りのことを知らなくて」
「名物料理? そうさなぁ、ちょいと待ってな」
そう言って店員は奥にある厨房へ入って行く。しばらくして帰って来ると、ニッと豪快な笑みを浮かべた。
「アンタ、運が良いぜ。今日の朝に雲クジラの肉を仕入れたのがまだ残ってるみたいだ」
「雲鯨! あれって食べられるんですか?」
「おう! ちと値は張るが絶品だぜ」
「そうなんですか。お値段は?」
「銀貨3枚だ」
おぉ、余裕で足りる。せっかくだし、食べてみよう。
「じゃあ、それお願いします」
「あいよ! 雲クジラ一丁!」
「それと、お酒あります? 料理に合いそうなの」
正直、この状況でアルコールはやめといた方がいいとは思うけど、雲鯨なんてのを味わえるんならお酒と行きたい。珍しいらしいし。
1杯だけなら問題ないだろう。
「雲クジラなら何でも合うが……やっぱりエールだな」
エール……って確かビールみたいなヤツだよね? まあ、お酒は全般飲めるし、何が出て来ても大丈夫かな。
「じゃあ、エールも一杯お願いします」
「あいよ! すぐ作るからちょいと待っててくれ!」
威勢のいい返事を残して店員は再び厨房へと入って行った。それを見計らったように、隣の男性がぐいっと身を寄せてきた。
「姉ちゃん、昼間から景気が良いな! 今朝街に来たって言ってたが商人か何かか?」
「え、えぇ、まあ……」
いきなり話しかけられてビックリしながら曖昧に相槌を打つ。ナンパ……とかじゃなくて、本当に興味本位で声をかけてきた感じだ。
「銀貨3枚をポンっと出しちまうなんて、よっぽど儲けてるんだな! 商売の秘訣があるんなら、ぜひ教えて――」
「はいはい、お客さん。その辺にしときな。料理ができたから、まずはそれでも食って落ち着きな。それにそんな厳つい顔で迫られちゃ、話もできねぇだろうがよ」
グイグイ迫って来る男性客を料理を持って戻って来た店員が諫めてくれる。
パンと野菜たっぷりのスープ、それに骨が付き出した肉のステーキが並べられ、男性は渋々と言った様子で引き下がった。
解放されたことに安堵しながらも、私は男性の前に並ぶ料理が気になった。
特にステーキ。見た目はよく外国の人が食べてるようなトマホークステーキに似ているけど、何の肉なんだろう。
「ちょいと分けてやろうか? その代わり、儲け話をちょいと聞かせてくれよ」
まじまじと見ていたからか、好機とばかりに提案される。
「魅力的なお誘いなんですけど、私は御者を務めているだけなんで商売の方はからっきしわからないんです。すみません」
「そうなのかい、なら仕方ねぇな」
そうして男性は私に興味を失ったのか、自分の食事に集中し始めた。代わりに店員が話を引き継ぐ。
「しかし、女の御者とは珍しい。そんだけ給料をもらってるんなら、よっぽど腕のいい馬捌きなんだろうな」
「そ、そうなんですかね。あはは……」
愛想の良い店員に対して嘘を言っている罪悪感が湧き上がってしまう。馬はいないけど、御者というのは広義で言ったら噓じゃないはずだから許してほしい。
このまま深堀されたらちょっとしんどいかな、と思っていたけど店員はそこで話を切り上げて他の接客に戻って行った。
再びホッと胸を撫で下ろしながら、ガヤガヤと食事を楽しむ人々の喧騒を聞きながら、自分の料理が来るのを待った。
「お待ちどう! 雲クジラとエールだ!」
15分くらいして運ばれてきた大皿には白身の切り身が豪快に横たわっていて、上にはレモンのような輪切りにされた果実が乗っていた。
付け合わせはアスパラみたいなのと、トウモロコシみたいな黄色いつぶつぶ。
その横に置かれたのは大ジョッキくらいの木のコップに注がれた泡の乗っかった飲み物。パッと見はまんまビールだ。
早速、フォークを手に取り、雲鯨の切り身を一口サイズに分けて口の中へと運んでみた。
「んっ!」
途端に広がる野生的な味。
見た目は白身魚っぽいけど、風味自体は鶏肉に近い。塩っ気の多い味付けと上に乗ったスライスフルーツが出しているだろう酸味が肉のうまみをこれでもかと引き出してくれている。
食感はとても柔らかく、噛んだら雲みたいに柔らかくほろほろと解けて……とにかく美味しい!
肉汁がないから、しっかりとした味はしつつも口の中にしつこく居残ることもなく、すんなりと喉の奥へ消えていく。
味がなくならないうちに、私は急いでエールを煽った。
味は日本のビールより苦味と刺激は強いだろうか。けれどそれが口の中で暴れるでもなく、すんなりと喉を流れて行き、鼻からは夏の終わりに漂う、実り切った稲穂のような香りが駆け抜けて行く。
一気に半分以上を胃の中へと流し込んで、息を吐き出しながらコップを叩きつけるように置いた。
「くはぁ~っ!」
運転や詰問で疲弊した身体へ染み渡る。もうこれのために生きてるって感じ!
夢中になって食べて飲んで、あっという間に鯨も8割方が消失した。
私は半分以下になったエールを一気に煽り、最後の一滴を流し込んで店員に叫ぶ。
「エールおかわり! あと、エールに合いそうな料理をお願いします!」
「あいよぉ! 任せときな!」
残った鯨をちびちび食べながら、次の料理を今か今かと待つ。そうして出されたのは横の男性が食べていたのと同じトマホークステーキだった。
突き出した骨を鷲掴みにして齧り付く。想像通り、ガッツリ肉の味だ。牛肉より野生味が強い気がするけど、それがエールによく合った。
結局、私はそれからエールを3杯飲み干した。
あまりの飲みっぷりに周りのお客さんが若干引いてたけど、店員さんは「いい飲みっぷりだな!」とデザートをサービスしてくれたからヨシとする。
デザートはフルーツの盛り合わせで、リンゴみたいにサッパリとしていて食後にはピッタリの品だった。
そうして私は銀貨4枚と銅貨2枚分の料金を支払って、お腹いっぱいのほろ酔いで部屋に戻る。
部屋に入るや、私はバッグを放り投げてベットへ倒れ込んだ。
そして瞳を閉じ、本能の赴くまま眠りに落ちたのだった。
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