7.マムシちゃん、合宿免許に行くinハブ

第7話

第二段階の学科はさらにむずかしくなった。第一段階では、信号機や踏切の渡り方、安全確認のしかたなど、現役の運転者なら基本的なことを勉強するが、第二段階からは、駐車や停車のルール、適性検査についてなど、こんなのほんとに試験に出るのかと疑うものばかりだった。

 けど、マムシちゃんが一番頭を悩まさせていたのは、技能だ。第一段階では、校内のコースを走っていたが、第二段階ではついに、路上を走るのだ。仮免を取ると、路上を走ることができる。ただし、教員が付かないといけない。

「あわわわ……」

 教習所のロビーでマムシちゃんは、ガクガク震えていた。だって、ついに初めて路上を走るのだから。

「事故ったらどうしよう……。ああ、お母さん。バカな娘でごめんなさい……」 

 なんて、もう懺悔していると。

「お前が今日俺が担当するやつか」

「お前?」

 マムシちゃんは振り向いた。そこには、銀髪のクールな感じのイケメンがいた。

「かっこいい!」

 目をハートにするマムシちゃん。

「はいじゃあ車に乗るぞ」

「あ、は、はい!」 

 彼についていった。

 教習車のところに来た。

「はい乗って」

「あ、はーい」

 マムシちゃんは、車のドアを開けた。すると、教員が目をキッとさせた。

「バカ野郎!!」

 怒鳴った。マムシちゃんびっくり。

「お前仮免の試験でやんなかったのか? 乗る前、ドアを開閉する時の確認事項をよ!」

「あ、えっと、その……」

 オロオロするマムシちゃん。舌打ちを打つ教員。

「まず車のまわりを大方確認。それができたら、ドアを開ける。が、開ける前にも安全を確認して、半分開けたら全部開けて乗る前も安全確認、半分閉めて、半ドアにならないように閉めろ。そうやって、試験でやんなかったのかよ?」

 にらまれた。

「あ、は、はいすいません……」

(なによ! ちょっと忘れてただけでしょもう〜!)

 心の中で怒ってみるマムシちゃんだった。

「俺はハブだ。沖縄で一番恐れられている毒ヘビ。なにかしでかしたら、マムシのてめえでもかまわず殺す」

「ひい! 教員がそんなこと言っていいんですか!」

「っるせえな! いいからエンジン付けろよ」

「はいはい」

「ああ?」

「は、はい!」

 アカマタよりすごく怖いにらみ方をするので、恐ろしいと思ったマムシちゃんだった。

「じゃあコースを紹介する。コースは、美ら海水族館と首里城と那覇空港を往復して、ここに帰ってくる感じな」

「わー楽しそう!」

「遊びに行くんじゃねえんだからな? 教習しに行くんだからな? チンタラやんじゃねえぞ?」

 グッと顔を近づけてにらんでくるハブ。

「わわ、わかってますって……」

 エンジンキーを回すマムシちゃん。

「おいバカ! ブレーキ踏んでろ!」

「すいません!」

「そっちはアクセルだろうが! お前ほんとに修検突破したのか!」

「しました!」

 ようやく発進の準備ができた。

(うまくできるかな……)

 ドキドキだ。でも、なんとなくだけど運転のコツは掴めたし、道路のルールも理解したし、気を付ければできる気がする。気を付ければ……。

「おい入口の前に一時停止あんだろ。ちゃんとしろ!」

「わっ! はい!」

 急停止。

「左右見て安全確認!!」

「はは、はい〜!」

 アカマタよりも、厳しいかもしれないと思うマムシちゃんだった。


 一方、アカマタも路上教習の指導をしていた。

「はい次のところ左ね」

 アカマタが指示。

「はーい」

 気だるそうな感じで、オスヘビが返事をした。

(なんだこいつ。やる気があるのかないのかわかんねえやつだな)

 と、アカマタは思った。しかも、このオスヘビは、運転がうまいのだ。元々オートマ限定だったらしく、マニュアルを取るためと、沖縄に遊びに行くために来たらしい。ギアの使い方は、ゲームや本ですでに覚えたそう。教習を始める前に、そんなようなことを得意気に語っていた。

(沖縄に遊びに行くか、免許取るかどっちかにしろよ)

 アカマタの頭に、マムシちゃんが浮かんだ。彼女は教えているこっちが不安になるほど、運転が下手くそだったが、最後まで一生懸命だった。屁理屈もこかず、泣いたこともあったけど、努力を惜しまないからこその涙だったと、感心していた。泣くほど自分の教習に取り組んでくれた人は、初めてだった。

「チッ」

 アカマタが舌打ち。

「なんすか?」

 オスヘビが聞く。

「なんでもねえよ」

「教員なんだから、ボーッとしないでよ?」

 ほくそ笑むオスヘビ。

(んだとコラァ! 誰のために教えてやってると思ってんだよ!)

 ムッとするアカマタ。


 助手席にいるハブは、腕を組んでイライラしていた。

「ねえ、あの……。ここどこですか? あれあれ?」

 左に寄せて、ハザードランプを鳴らし停まっているマムシちゃんたちの教習車。

「もしかして、迷っちゃった? あはは!」

 笑うマムシちゃん。

「笑い事じゃねえだろーっ!!」

 巨大化して怒鳴るハブ。

「ひょえーっ!!」

「どうしたらこんなに迷うんだっ! ああん!? 指定のコースより、だいぶ離れたぞ? これじゃ、教習所に帰るのが夕方になっちまうんだぞ、おい!」

「そ、そんなこと言われても……」

「じゃあなに言やあいいんだよコラァ!!」

「と、とにかく! 教習所に戻ればいいんでしょ? だったら、戻ればいいじゃない」

「なぜそうのんきになれる? お前これ卒検でやったら速攻アウトだからな?」

「でも今は教習所に戻らないといけないんでしょ? 道もわかるんでしょ? 今度は間違えないから!」

「……」

 マムシちゃんの真剣な目線に、少し動揺しているのか、口を閉ざすハブ。

「しゃあねえな。今は教習中だしな」

「ありがとう!」

 マムシちゃんは、前を見て、運転姿勢に戻った。

「んじゃあ、この先交差点があるから、そこを左に曲がれ。いいか、交差点を左に曲がるんだぞ」

「はーい!」

 アクセルを踏んだ。

「あれ? 発進しないね」

 マムシちゃんの頭に、げんこつが来た。

「いたーい! ぶったな!」

「まずブレーキ踏め! そしてチェンジレバーをPからDだ!」


 アカマタたちの乗る教習車は、交差点で信号待ちをしていた。車が飛び交う都会の道路なので、よく信号待ちにあう。

「あーあ! 早く帰って寝たいなあ。沖縄旅行が第一で、こんなくそつまらん教習は二の次なのに」

 と、オスヘビ。

「じゃあ、今ここで降りればいいだろ」

 と、アカマタ。

「今ここで降りればいいだろ。はあ? バカじゃねえの? お前それ仕事放棄してんのといっしょだぜ? まあ、かまわねえけど。どうせ、仕事で取りに行けって言われただけだしさ。お宅も仕事しないと、女遊びできないよー?」

 アカマタも、早く帰りたいと思っていた。こんなくそみたいなヘビと、教習したくないからだ。

 向かって前方の交差点に、同じ教習車が見えた。

「ん?」

 中にいたのは、マムシちゃんだった。それと、ハブだ。

「ハブ!? あ、あいつが担当なのか!」

「なに?」

 マムシちゃんたちの乗る教習車は、左にウィンカーを鳴らしている。ということは、こちらは右にウィンカーを鳴らさなくてはならない。

「おい、右に曲がれ」

「はあ? なに言ってんの? ここ直進レーンだよ? するとしても、黄色で区画されてて……」

 と言うオスヘビに、

「いいから曲がれってんだよ!! やむを得ない場合はいいって学ばなかったのか!!」

「わ、わかったよ……。曲がりゃいいんだろ曲がりゃ」

 オスヘビは右にウィンカーを鳴らして、後ろの車にゆずってもらって、右折レーンに移動した。

(おかしいな。ハブは別のルートに行くはずじゃ……)

「いいか? 次の交差点を……ん?」

 ミラーを見るハブ。後ろから、同じ教習車が付いてくるのが見えた。しかも、かなりへばり付いてくる。これは、あおり運転だ。教習車なのに、あおり運転をしてきている。

「おいマムシ。お前、俺が言うとおりにハンドル動かせよ?」

「はい? 急にどうしたの?」

「いいから。アクセルから足を離せ!」

「はい!」

 アクセルから足を離した。

「ハンドルはしっかり握っとけ!」

「しっかり握りました!」

「おーし! 飛ばすぜ!」

「へ? にゃあああ!!」

 マムシちゃんたちの乗る教習車が、スピードを上げた。速度はなんと、百四十キロ。

「ひょえ〜!! な〜ん〜で〜す〜か〜!!」

 と、叫ぶマムシちゃん。

「ハンドルを回せ!」

「ひょえ〜!!」

 ハンドルを回すマムシちゃん。まだ赤信号の交差点を、ドリフト走行した。続いて、アカマタたちの乗る教習車も、マムシちゃんたちを追うように、ドリフト走行した。

「まだ追いかけてくるか。おし、マムシ。今度は右に回せ!」

「ひょえ~!」

「いいから!」

 目を回しながら、ハンドルを右に回すマムシちゃん。ドリフト走行しながら、マムシちゃんたちの乗る教習車は右に曲がった。それを追うように、アカマタたちの乗る教習車もドリフト走行して右に曲がった。

「ハブの野郎!」

「おいおい教官! こんなスピードで走ったことねえぜ!?」

 あわてているオスヘビ。

「よかったな体験できて」

「いやいや! ていうか、教習車って補助ブレーキしか付いてないんじゃ……」

「必要に応じて、うちじゃアクセルも付いてんだよ!」

 そして、指示した。

「ほら左だ!!」

 二台の教習車は、沖縄の都心の中を、フルスピードでかけ抜けていった。沖縄の街に、ユーロビートでも流れてもおかしくないくらい、ドリフト走行した。おかげで、街中の道路に、タイヤの跡が付いた。

 アカマタとハブ、同時にアクセルに足を入れる。

「マムシー!!」

 叫ぶアカマタ。

「いっけえええ!!」

 叫ぶハブ。

「もうやめてえええ!!」

 目を回すマムシちゃんとオスヘビ。


 マムシちゃんたちは、海岸の上にいた。沖縄の澄んだ青い海がよく見えた。でも、それどころではない。マムシちゃんとオスヘビは、目を回して倒れていた。路上教習で、あんなに速度を出されたのは、初めてである。

 アカマタとハブは、お互いに向かい合って、たたずんでいた。二人の間に、風が吹いていた。

「ようアカマタ」

「おう、ハブ」

「お前、路上教習中にあおってきてんじゃねえよ」

「てめえこそ、高速の法定速度プラス四十キロ出して街中走ってんじゃねえよ」

「お前こそ」

 手で肩を押してくるハブ。

「てめえだろ」

 同じくアカマタ。

「お前」

「てめえ」

「お前!」

「てめえ!」

 マムシちゃんが目を覚ました。

「あ、あれ? アカマタ? なんでここに?」 

「マムシ……」

 マムシちゃんを見つめるアカマタ。マムシちゃんは、少し照れた。

「はいはい。じゃあ、俺たち教習中なんで」

 ハブが、アカマタの目の前に立った。

「くっ!」

 ハブをにらむアカマタ。

「おい待てよ!」

 と、アカマタ。

「てめえ見てっと虫唾が走るぜ。どうだ、俺と勝負をしないか?」

「はあ? 今は教習中だぜ? 仕事放棄すんのか?」

「俺たちはヘビだぜ? てめえと俺はどっちが沖縄一のヘビか、争っている間柄だ。仕事はそのあとでも十分だ!」

 ハブは少し考える素振りをしてから、言った。

「まあ、そうだな。形は人間だけれど、元はヘビ。ライバルという存在にキバを剥けたくなるのも、無理はない」

 そして、袖をまくり、

「やろう。コンバットダンスの始まりだ!」

 まくった腕を差し出した。アカマタも腕をまくり、それを差し出した。

「……」

 息を飲むマムシちゃん。それがゴングかのように、勝負が始まる。

「うおおお!!」

 教習車のボンネットの上で、お互い掴んだ手を押し倒そうとするアカマタとハブ。二人とも歯を食いしばって、手を付けてやろうと必死である。

 マムシちゃんは、呆然として、勝負を見つめていた。

「これが、コンバットダンス……」

 擬人化しているので腕相撲対決になっているが、実際は、体を絡めて、上へ上へと絞め上げながら勝敗を決めていくのである。どっちかが引き下がれば、負け。オス同士がなわばり争いのためにやるバトルだ。

「じ、じゃあほんとはアカマタさんとハブさんは体を絡めて……」

 アカマタとハブが、裸で体を絡めている想像をした。

「うへへ〜」

 ニヤニヤした。

「うおおお!!」

 実際は腕相撲だけど。

「俺の仲間は、ハブを食ったこともあるんだぞ!」

「俺は年間で、五百人も自慢の毒で殺したことがあるんだぞ!」

「俺なんかな、なんでも食えるんだぞ! ウミガメの卵なんかな!」

「俺なんか日本最大だし〜。お前のが小っせえし〜」

「てめえなんか毒ヘビできらわれもんじゃんか! 俺なんか無毒だし、まだ人気あるし〜!」

「じゃあお前年間で何人のやつに指名されたんだよ教習所でっ! ああん!?」

「てめえより上かもなコラァ!!」

 灼熱としたバトルは続き、ついには夕方になった。

「はあ……。夕日がきれい……」

 海岸から見える海と夕日にうっとりしているマムシちゃん。

「なんてうっとりしている場合じゃなかった!」

 我に返る。

「オスヘビさん! って、あの子どっか逃げたな」

 オスヘビは、目が覚めた途端、どこかに行ってしまったようだ。

「じゃあここは、私一人でケンカを止めるしかなさそうね」

 マムシちゃんは、アカマタとハブにゆっくりと近づいた。

「はあはあ……」

 アカマタとハブは、勝負を止めていた。

「あ、あのー。もう夕方ですけど」

 と、マムシちゃん。

「アカマタ」

「ひっ!」

 驚くマムシちゃん。

「お前強いな。まったく歯が立たん……」

 息を切らしているハブ。

「てめえも……な……」

 息を切らしているアカマタ。

「え?」

 目を丸くするマムシちゃん。

「沖縄一を決めるのは、またしばらくにしようや」

「おう。一時休戦ってところだな」

 アカマタは、ハブの肩に手を置いた。そして、二人で夕日を眺めた。

(な、なんかかっこいい……)

 マムシちゃんは、夕日を眺める男二人の背中に、ホレボレしていた。いつしか、この背中についていく日がやってくるのだろうか。

「こんなかっこいい人の、お嫁さんになれたらな……。お嫁さん? あっ!」

 マムシちゃんは思い出した。

「私の夢はお嫁さんになること! 車の免許なんてなくたって、お嫁さんになれば、いつかはやってくるその人が車でどこでも連れて行ってくれるもの!」

 キョトンとするアカマタとハブ。

「私……」

 なにか言おうとして、止めた。

「な、なんだ?」

 と、アカマタ。

「どうしよう……。アカマタさんとハブさんどっちのお嫁さんになろうか迷っちゃった」

「!?」

 呆然とするアカマタとハブ。

「二人ともたくましい背中してるから、私お嫁さんになりたいの。でも、どっちがいいかわからなくて……」

「おいハブ。やっぱもう一戦しないか?」

「はあ?」

「だから! もう一戦やろうって言ってんだよ!」

 ハブを手で肩を押した。すると、ムッとしたハブは袖をまくった。

「いいだろ。来いよ!」

「うおおお!!」

 また教習車のボンネットの上で、腕相撲……コンバットダンスが始まった。

「マムシは俺が第一段階の時に教習したんだぞ!」

「なにを〜? 俺だって第二段階で受け持ったぞ!」

 男らしい勝負を続けるアカマタとハブ。しかし、マムシちゃんは思った。仕事を放棄して、キバを剥けるし、それに教習中さんざん言われたしで、やっぱり結婚には向いていないかもしれないと思った。

「ニホンマムシはおとなしいヘビだし、アカマタとハブは気性が荒いし……」 

 コンバットダンスに夢中の二人を置いて、マムシちゃんはこっそり逃げた。

「まだまだあ!!」

 海の上に満月が出ても、沖縄一をかけての勝負は、続いたのだった。

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