第42話 一つだけ許して

 ひとまず辺りを捜索してみたが手がかりになるようなものはなく、ずっと土の中に閉じ込められていた。レイシーの力のおかげで手をつないでいれば寒さはしのげ、彼の身体から発せられる光で状況を見ることはできた。


(しかし、この状況がずっと続けば俺達は……)


 せっかくここまで来たのに。あと一歩で全ての謎が解けそうなのに。

 地上にいるみんなは大丈夫だろうか。早くみんなに会いたい。レイシーと共にいることを伝えてあげたい……そう思う。


「レイシー、大丈夫か?」


「大丈夫です。でもこのままでは体力的にきついですよね。どうしたらいいかな」


 歩いていた足音を止め、打開策を講じる。

 その時、近くで物音がした。暗闇に目をこらすと、黒い塊がのそりと地べたを這いずってきていた。


「な、なんだっ!」


 見ればそれは一体だけではなく、二体、三体……ぞろぞろとゾンビのように、こちらに向かってきている。


「これ、前にハルーラがさらわれた時のっ」


「殺された大地の民達! ラズ様、こっち!」


 レイシーに手を引かれ、走り出した彼に従い、暗闇の中を突き進む。足場も行き先も全く見えない中だが恐怖を感じている暇はない。むしろレイシーが先導してくれているのだ、絶対に大丈夫という安心感はある。


 穴の中にある四方八方の道をレイシーと共に、ただがむしゃらに逃げ惑う。息は切れ、視界が効かない中を走るため身体の筋肉あちこちが痛くなってくる。苦しい……苦しいがあちこちから黒い塊は溢れ、自分達――いや、おそらく自分を捕まえようと手を伸ばしている。


(レイシーだけでも……)


 そんな考えもよぎったが、それは確実にレイシーが許さない。自分が犠牲になろうとすればレイシーは身代わりを選ぶだろう。それじゃダメだ、自分はレイシーを救いたい。ならば自分も生き延びなくては。


「ラズ様っ! くそっ!」


 レイシーが苦々しげに叫び、足を止めた。見ればレイシーの先には岩壁が立ちはだかっている。行き止まりなのだ。

 レイシーは自分を岩壁側に引き寄せ、背中にかばうように立ってくれた。逃げてきた道からはぞろぞろと地面を黒い塊が這ってきている。


「……ラズ様」


 黒い塊を見据え、レイシーがつないだ手とは反対の手で剣を抜く。名前を呼ばれ、嫌な予感がして、ラズはつないだ手を思い切り握り返した。


「レイシー……今、俺だけを上に飛ばして、とか考えただろ。それだけは許さない。君の主としてそれだけは許さないからな。俺が君を呪うぞ」


 そんなことを言うと、レイシーは前を見ながらフフッと笑った。


「やれやれ、今度は俺が呪われるんですか。でもあなたの呪いだったらいいかな」


「ふん、俺に触れなくなる呪いだからな。いいのか?」


「それは困ります。あなたの世話人としてあなたの身体をあちこち触れる機会があるのは役得だと思ってたんですから。でもどうしましょう、マジで、迫って来てます。斬るのも、なんだか……」


 それは同じ血を持つ者としてか――いや、彼らに罪はないとわかっているからだろう。彼らはただ生きていただけ、なのだから。


(彼らにも申し訳ないことをした……)


 彼らはこの光のない空間で、何年、何百年とここで過ごしてきた。それを思うと心が痛む。自分がもしそうなったら、魂の消滅を、終わりを願うだろう。

 ヤミナのように。

 ……では彼らも、そうなのだろうか。


「レイシー、彼らも救うことはできないかな。俺、どうにかしてあげたいんだが。何かできないかな」


「ラズ様……」


 レイシーはチラッとこちらを横目で見ると、うなずきながら「さすがですね」と、いきなりほめてくれた。


「ラズ様は本当に優しい。苦しむ人、全てを救いたいと考えてくれるから。俺もそんなラズ様を助けたいです」


 突然、レイシーは剣を頭上に掲げた。


「レイシー?」


 その姿は勇者のように勇ましい。剣は何かを放とうとしているかのように白く輝き出した。


「俺はそんなラズ様のために動きます。だから――」


 何かを決意したような彼の横顔に見とれ、言葉が出なくなる。その裏では、その凛々しい姿に胸の中が不安にざわつき出しているのに(止めてはいけない)と誰かが訴えているようなのだ。


“レイシーのその決意が、全てを変えてくれます。だから信じてあげて”


 優しさと信頼が含まれる声だった。

 今の声は――。

 レイシーは聞こえたのか「ありがとう」と笑う。


「ラズ様、一つだけ! この身を犠牲にすることを許してください!」


「――レイシーッ!?」


 彼の言葉と共に、剣がまばゆく輝く。光を浴びた黒い塊は「オオォ」とうめき、もがき出す。

 あまりにまぶしくて自分も目を閉じた。


“この身を犠牲に”


 穏やかでない言葉に(まさか)という危機感が生じる。

 けれどレイシーのつないだ手はギュッとつかまれ、離れない。

 だから、自分も離すまいとして力を入れた。


(大丈夫……大丈夫! レイシーは俺といると約束してくれた! 何をやるかわからないが、きっと大丈夫……! レイシー、頼むっ!)


 あちこちから黒い塊の声が上がっている。それは苦しんでいるわけではなく、驚き、歓喜しているようだ。待ち望んでいたものが、目の前に現れてくれたかのように。


「彼らの望みは“終わり”です。ラズ様の希望通り、この民達の苦しみを終わらせてあげます!」

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