第18話 救出

「ラズ様!」


 レイシーは片手に松明を持ちながら、もう片方の手で、ラズの身体を支えた。


「大丈夫ですかっ」


 その声を聞き、ラズはハッとする。


「レイシーッ、なんで! ハルーラは!?」


 松明の明かりで自分達の様子はわかるが、それ以外は暗闇で何も見えない。そして先程まで聞こえたハルーラの声が聞こえなくなっている。


「ハルーラはどうした!」


「すみません、ラズ様の様子が変だったので。あなたを優先しました」


「なんだとっ!」


 とっさにレイシーの腕を振り払い、自力でラズは立ち上がった。自分の息を殺し、音に耳を澄ますが暗闇の中はなんの音も聞こえず。嫌な予感に自分の鼓動が高鳴り、その音の方がうるさくて煩わしかった。


「ハルーラを、なんで追わないっ! 俺よりもあいつをっ!」


「俺にとってはラズ様の方が大事なんです!」


「バカかっ! 優先すべきは危機にある方だろっ!」


 レイシーが眉間にしわを寄せ、目を見開く。その戸惑った表情に(強く言い過ぎた)と思ったが、人命は主従よりも何よりも優先すべきだ。


「追うぞ、レイシー!」


「ラズ様、無茶です! 気配もないっ!」


「だからってここで止まってる場合か!」


 レイシーの持つ松明を取ろうとしたが、レイシーは手を引いて拒んだ。


「ラズ様、落ち着いて下さい!」


「うるさいっ! だから、俺のそばにみんな来てほしくなかったんだ! 俺のそばに来るから! お前が見つけるからっ!」


 レイシーの驚きを隠せない表情を見ながら、ラズの脳裏にふと、あの時の言葉がよみがえる。


『カルスト家は呪われている』


 先程の夢だったのか、幻だったのか。それすらもわからない出来事で、謎の人物に言われた恐ろしい一言だ。

 だが今ならその意味がわかったような気がする。もしそうなら――。


「この大穴は俺のせいだ! 逃げても逃げてもどこまでもつきまとい、大穴にみんな飲み込まれ、命を失うんだ! 俺が、カルスト家が呪われているからっ!」


「ラズ様――!」


「あらあら、こんな穴の中でにぎやかねぇ」


 レイシーと声を荒げている中、するりと入り込む女性の声。こんな穴の中、そんな余裕を持っている女性は一人だけだ。


「セネカ!」


 視線を向ければ、ラズの近くには光源となる光る石のネックレスを身に着けたセネカが立っていた。

 だがセクシーな衣服からのぞく肌のあちこちにすり傷があり、衣服も泥まみれだ。普段のスマートな佇まいからは程遠くなっている様に、ラズは目を見張った。


「セネカ、その傷」


「何よ、私がこんな姿だと不服? 言っておくけど冒険にこういうのは付き物なのよ? あなたは普段、良いお屋敷の中だから、そんな苦労は知らなかったでしょうけど」


 セネカは機嫌が悪いのか、言葉にトゲがある。衣服の泥を手で払っているが落ちないようだ。


「全くもう、私としたことが。この穴の中、やっぱり変なのがウヨウヨしてるのよ。途中でシリシラがいなくなっちゃったから一人で大変だったし。まだお宝は見つからないし……で、いつも仲良しのお二人は何をケンカしていたのかしら?」


「それは――」


 セネカの問いに、ラズが答えようとした時だ。


「ハルーラが、その変なのに連れていかれたんだろ?」


 自分とレイシーではない、もう一人の太い声。それを聞いたセネカの表情はますます曇る。


「嫌な声がしたわ」


 この声は――。


「みんな、上にいるぜっ!」


 突如、暗闇から飛び出してきたのはガタイの良さからは信じ難い、軽々とした身のこなしのジンだった。

 ジンはナイフをかまえながらジャンプし、天井を斬りつけた。


『ギャァ!』


 くぐもった低い悲鳴が響く。それが人間のものではないことはわかる。ジンは下に落ちながら「セネカ! もう一撃!」と追撃をセネカに指示していた。


「何よ! 命令しないでよ!」


 文句を言いながらも瞬時に状況が理解できるセネカだ。彼女は腰に携えていたムチを手に取り、天井に向かって放った。


『ギャァァァ!』


 再び悲鳴が上がると着地したジンが天井を見上げながら動き、上から落ちてきた何かをキャッチした。

 それは目を閉じたハルーラだった。


「ハルーラ!」


「もう一回来るぜ、やれ!」


 ジンの声を合図に、天井から何かが降りてくる。それはハルーラを拉致した黒い人影――黒い肌に目鼻がなく、鋭い牙と長い舌を出し、黒い手足の先に長い爪を生やした、まさに化け物だ。


(なっ!)


 それは自分に襲いかかってこようとしていた。すぐに腰の短剣を抜こうとしたが、それよりも速く、素早く動いたのは――。

 刹那の斬撃、真っ二つになる黒い身体、化け物の悲鳴。頭に考えがまとまらないが、目の前に死んだ化け物が床に転がった光景と。


「レイ、シー……」


 青い瞳の目を見開き、唇を引き結び、剣を振り払った状態のレイシー。その姿は勇者の絵画のように勇ましいが、生気のない表情が見ている方をゾッとさせる怖さもある。

 黒い化け物をやっつけたのだ、レイシーが。


「ふう〜やれやれ。なんだか色んなもんがいるなぁ」


「それがわかってここに来てるんでしょ。でもだからって私の前には現れないでほしいわ。お酒臭いのが移るのよ」


「そんなにトゲトゲしてると更年期だって言われるぜ……おい、ハルーラ、ハルーラ。起きれるか」


 ジンが抱えたハルーラを揺り起こすと、ハルーラは「う〜」と寝起きのような声を上げ、目を開けた。


「……あ、あ、あれ〜? 何があったの? あれ、ジンさんだ」


 いつもと調子の変わらないその様子にホッとする一方、自分の隣に移動してきたレイシーの蝋人形のような蒼白さに、ラズは唖然としてしまった。

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