第16話 穴のひととき
気を取り直し、松明とハルーラの杖の明かりを頼りに横に続く穴を歩くことにした。近くに他の人はいないのか、話し声は一切しない。その代わりに自分達の足音がコツコツ響き、それすらなくなると完全に無音の世界。あまりにジッと耳をこらしていると、頭がおかしくなってしまいそうな静けさだ。
「なぁ、レイシー。先に探索した時は、もっと深くまで行けたのか?」
横を歩くレイシーに聞くと、彼は前を向きながら「いえ、もっと上の方でした」と答えた。
「ハルーラさんの魔法でどこまで下に行ったかはわかりませんが空気は違います。上の方がもう少しあたたかかった。ここはそれよりも冷えていますから、ずっと下層でしょう。ラズ様、寒くないですか? 俺のジャケット着ますか?」
元は自分のジャケットであり、レイシーにプレゼントしたものだ。お下がりで悪いなと思いつつ、彼がとても愛用してくれているのもわかっている。
「大丈夫、そこまで寒くはない」
「ラズさま〜寒かったら火でも出す?」
自分達より前を歩いていたハルーラがくるりと身を翻し、恐ろしいことを言った……いや、彼の好意であるのは確かなんだが。可燃性ガスが吹き出している可能性もあるだろう。
「だ、大丈夫だ。ハルーラ、ありがとう」
ハルーラは「じゃ、いつでも寒かったら言ってね〜」と再び前を向いて歩き出す。優しい性格で、さっきのシリシラを追いやったみたいに、いざとなれば頼りになる。
しかしそれが上手くいくかは賭けで、下手したら自分達が吹き飛ばされていた可能性もある。悪いやつじゃないだけに本当に憎めない。
「……そういえばさ」
ラズはぽつりと口にする。シリシラがいなくなったことで、ふと気になった。
「シリシラはセネカにそそのかされて、ハルーラが張ったバリアを消去して、ここに入ったんだよな? ならセネカは今、一人で探索していることになるんじゃ……」
それはそれで心配にはなる。腕は立つがなんの情報もない、この大穴で一人とは。
「ジンさんも中に入ったのでしょう。うまく合流している可能性もあります」
レイシーの見解に「あの二人がぁ?」とラズの声は疑問形になる。それは心配のレベルが一層上がるだけだ。セネカはジンを毛嫌いしてるいるし、ジンはセネカが苦手だ。
「昔は仲良かったらしいんだけどなぁ……なんでこじれちゃうんだろうな」
二人は恋仲であり、良きパートナーだったと噂で聞いている。パワーに溢れたジンとスピードに優れたセネカ。確かにベストコンビだ。
「人はちょっとしたきっかけで変わるものですよ。俺だってラズ様のおかげで人生が全く変わりました。あなたとお父上には感謝してもしきれません」
ラズが横目でチラッと見ると、彼の横顔はかすかに笑っていた。そんなに感謝されることでもない、当たり前のことをしただけだ。
「別に、そんなに恩なんて感じるなよ。その代わりにひどい奴隷商人を処刑したり、領地から追放したりもしたんだ……綺麗事ばかりじゃないさ」
レイシーの手にある松明の火を見て思い出す。自分はまだ幼かったから見てないが『罪人は火あぶりだ』と昔、父が言っていた。知識を得てからわかったのは、それは人の命を奪ったということ。領主は正しいと思うことをするが、それには犠牲もつきものだ。守りたい者のためには動かねばならないのだ。父からそう教わった。
『カルスト家の人間は民を虐げてきた』
ふと、ラズの脳裏によみがえる、シリシラの言葉。それはマッカしか言っていないが、彼は何を根拠にそれを言っているのかも気にはなる。
昔のことは知らないし、カルスト家の歴史を見てもそんなことは載ってはいない。まぁ、家系の黒い歴史など、あえて載せていないのかもしれないが。
(もしかしたら、そういう意味なのか――)
「ラズ様」
ふと名前を呼ばれ、ラズはハッとする。
気づけばレイシーが少し先を歩いていた。自分が足を止めていたようだ。
「ラズ様、体調悪いですか?」
レイシーがこちらに近づくと、松明の火のおかげでほんわかと空気があたたかくなった。
「い、いや、悪い。考えごとをしていた」
「……考えごと?」
首をかしげて「それは?」と雰囲気でたずねている。ごまかそうかと思ったが、ジンやカミナから『頼れ』と言われたことを思い出す。
(……頼れか。確かにここまで、こんな展開になったのは自分一人で進まずに、周りと相談したから、だもんな)
良い結果になるには自分一人で抱えないことだ。そう思い直し、気になることをラズは口にしてみた。
「レイシーはカルスト家の昔とか、何か知ってたりするか。父から聞いてはいないか?」
レイシーの目がわずかに細められた。それを聞くのか、と彼が怪訝さを表したようにも見えた。その表情にラズの心臓が鈍く、不安げに跳ねる。
(な、なんでそんな顔するんだよ)
それでは答えを知っている、と言うようなものだ。自分が知らないことをレイシーは知っているようだ。
レイシーは「ハルーラさん、少し止まって」と歩いていたハルーラを止め、自分に向き直る。表情は硬く、引き結ばれた唇がゆっくりと動き出すと、ラズの肌はピリッとした。
「カルスト家の昔……少しは聞いてます」
「えっ、誰からっ」
「ヤミナさんから」
予想外の名前に息を飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます