第10話 全てを無に帰す大穴

『大地の民』


 昔、存在したという不思議な力を持つ一族。いくつかの集落に分かれ、それぞれが各地を転々としていた流浪の民。

 その不思議な力で病や飢餓に苦しむ者たちを助け歩く心優しき民。


 だがその力を狙い、大地の民を無理やり自分の元にとどめようとする邪な者もいた。それは増加の一方であり、民の力を独り占めするために力ずくで拘束する者まで現れた。逆らう者がいれば容赦なく罰を与え、逃げ出すことを決して許さず、ひどい時には虐殺した。大地の民はその数を減らし、さらに希少な存在となったことで狙う者はまた増え。いつしかほとんどが消えてしまったという。


「……そんな民がいたなんて」


 カルスト家の蔵書だけではわからないものだ。きっと多くの者も知らないだろうが、彼の頭には得た知識としてあるのだ。


「殺された大地の民の遺体は、そこら辺にあった穴の中に投げ込まれたらしい。だが不思議な力を持つ民だ。その遺体が投げられた穴は徐々に広がり、いつしか国を飲み込むほどに巨大化したとか……でもそれなら、この世界中が穴だらけになってるだろうけどなぁ」


 そこで話を区切り、ジンは口が乾いたのか、ジョッキに口をつけた。

 確かにその話が本当であり、不思議な力を持つ大地の民なら大穴も関連があるかもしれない。

 だがそれはなぜ突然に現れたのだろう。一度だけでなく、自分を追いかけてくるように執拗に、何度も。始まりがいつだったかも、それも思い出せない。それくらいに自分を追いかけてきている。


「ジン……あそこに開いた大穴も大地の民のものだと思うか?」


「その可能性は否定できないな。だって何もしてないのに突然大穴が現れたんだろ。あの穴の奥には殺された大地の民が眠っていて何かを伝えたいのか、はたまた殺されたことへの復讐か……なーんてな。そこまでわかんねぇけど」


 ジンはごまかすように言ったが、それも間違っていないのではと思う。だって彼らは何もしていないのに。困っている人達のために動いていたのに。私利私欲にまみれた輩に命を奪われたのだ。強い恨みを抱いてもおかしくはない。


(呪いなら……誰を、対象として狙っている?)


 いずれにしても、あの大穴が今後もたらす“最悪の結果”はわかっている。だからこそ、あれをこのままにしておけない。


(俺が、やるべきなんだ……)


 ラズは大きく息を吐き、唇を噛んだ。

 悩んでいても仕方ない、やるべきことやるんだ。

 心の中で決意を固めていると隣から「は〜ん」と疑うような声が上がった。


「お前さん、また深く考え込んでんな〜?」


 茶化すような言葉に反応してジンを見ると。彼は楽しげにニヤニヤと笑っていた。


「ラズはさ〜、一人で考えすぎなんだよ。お前さんのそばには相談役がたくさんいるだろ、俺を含めてな」


「え、そ、そんなことは、ないぞ、別に」


「隠すな隠すな、年上をごまかすことはできんぞ。全く、領主だからって気張り過ぎなんだ。お前さんは若いし、まだまだ半人前なんだからな?」


 バァン、と勢い良く背中を叩かれたら「うぐっ」と息が詰まった。再びジンの笑い声が上がる中、奥の仕事を終えたカミナがこちらに来ると。まるで全て話を聞いていたように、ニコッと笑った。


「ラズ様、そこの酔っ払いに相談するのが心配なら、あなたにはいつもそばにいる頼もしい子がいるじゃない? 彼だってあなたに頼りにされるのを待っているんだからね?」


 その一言にラズは唖然とする。いつもそばにいると言われ、思いつくのは一人だけだ。


「ラズ様は知らないでしょうけど、あの子、あなたのところでお仕事をした後……夜にね、目立たない森の中や平原で剣術の稽古してるのよ。ただの使用人なら、そんな技術までは必要ないわ。何かあったらあなたを守るために、あの子は頑張ってるの。だから頼りにしてあげて」


 長い時間一緒にいるが剣術の稽古をしていることは初めて知った。確かに力はあるが、そこまで身体を鍛えていたとは。


(そう、だな……)


 ここに来てからもずっと彼は自分を心配してくれている。彼には自分が置かれている状況を話したことはない。心配をかけたくなかった、ただそれだけで。

 それと、タイムリープをすると。話しても全てが元に戻ってしまうから――。


(自分は覚えていても、みんなは覚えていない……それを思うと、言えなくて)


 やり直しを突きつけられる。毎回毎回。それが孤独でつらかった。

 だからずっと一人でやってきた……周りを巻き込まないため、自分が傷つかないために。


(もう、話してみてもいいだろうか)


 どうなるかはわからないが、ジンやカミナの言葉に甘えてみるのも、いいのではないか。






「レイシー……どこだ?」


 その後、ラズは外に出て彼を探した。酒場となっているテントの周囲や人々の集落から少し離れた岩場、近くにあった泉など。

 なぜかどこにも彼の姿はなかった。いつもなら屋敷内で名前を呼んで探し回っていれば『なんですか』と言って彼は現れるのに。

 だが、ここは屋敷ではない。なんなら今の自分の寝床は簡素なテントだ。


(本当がなんなのか、よくわからなくなる……昨日……そう、だよな。昨日からこの地に来てテントを立て、寝ていた。目覚めたらみんなが来ていたんだよな)


 そして、みんなはこの状況を当たり前と思い、なんら疑うことはなく生活をしている。


(何度も何度も、俺だけが……)


 さまよってきた。

 けれど新しい展開があり、未来への希望が見えた。それに突き進みたくて、たまらない。


(だから、かな……)


 レイシーに無性に会いたくなった。

 レイシー、自分はどうしたらいい。

 君に会って話したい。


 それなのに。何度も大地の民の大穴は現れ、そして自分を、周りを、吸い込むのだ、跡形もなく。

 気づけば目の前には大穴があった。


(あぁ“また”これが、結末か)


 不思議と叫ぶほどの恐怖はなかった。死にたくないとは思っていても“大穴はいつか来る”と心の中でわかっていたからかもしれない。

 足元がなくなったような浮遊感があり、身体がなすすべなく、大きな穴に吸い込まれる。


(変えられなかった)


 落ちる。下から見える穴が、光が。

 どんどん小さくなっていった。

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