第15話 動けなくなる勇者

 スラムはブラックドラゴンに完敗した。相手はSランク魔獣。命が助かっただけでも奇跡といえる。


「もっとだ……! もっと戦いたい! 戦闘こそ至高の喜び……っ!」


 仰向けに倒れながらも、なお戦いを欲するスラム。もはや正常な思考ではなかった。


 仰向けに倒れていたくらいだ、ブラックドラゴンとの戦いで大怪我を負っていてもおかしくないが、不思議と立ち上がることができた。


 ここでスラムは周りから殺気を感じた。ここは『常闇の森』。昼間だというのにまるで夜のような暗さだ。

 とはいえ今いる場所は見通しのいいひらけた場所。もしも魔獣が大量に現れた場合、360度囲まれてしまう危険性がある。


 そして不運にもその心配は現実のものとなる。周りの木々の陰から、殺気に満ちた何かが次々と姿を現したのだ。


 二足歩行で手が無いカエルのような見た目のものや、目玉が無数にある岩のようなものなど、およそ『魔獣』とは呼べない異形な『怪物』が、まさに360度ぐるりとスラムを取り囲んでいた。


 全部がAランク魔獣だ。スラムでもその存在くらいは知っていた。その数は……数十、いや百以上か? 多すぎて、もはや数える気にもならない。


 じわりじわりと、円が狭まるようにスラムと怪物との距離が縮まっていく。こうなると、例えSランク冒険者だとしても一人で勝つのは不可能に近い。


「ヒャッハー! 食い物が自分から近づいて来るぜー!」


 そんな奇声を発したのはスラムだ。こんな状況にも関わらずスラムは歓喜の声を上げる。


 スラムは唯一の持ち物である小さなナイフを右手に構えた。が、力が入らない。ここでスラムは初めて右手の小指がありえない方向に曲がっていることに気がついた。だが痛みというものを全く感じない。


 改めて自分の体を見ると傷だらけのボロボロで、生きているのが不思議なくらいだ。


「アヒャヒャヒャ! 関係ねえ! こいつら全員ブッ倒してやる!」


 およそ人のものとは思えない笑い声をあげながら、利き手じゃない左手にナイフを持ち替え、怪物の群れへと突っ込んだ。


 一撃。ただのナイフの一撃で、Aランク魔獣を次々となぎ倒すスラム。常人離れしている強さ。いや、本当に『人』なのだろうか?


 そして全滅した。あれだけいた怪物が一匹残らずピクリとも動かない。スラムは勝利したのだ。普通ならありえない勝ちである。


「弱い! 弱すぎる! もっとだ……っ!」


 スラムは片足を動かない怪物の上に乗せて吠えた。その後もひとしきり吠えたあと、ナイフを勢いよく怪物に突き立てた。そして食らった。怪物の生肉を。


「うめえ! いけるじゃねえか!」


 あのキノコだけでは足りなかったのか、スラムは怪物の生肉を夢中で食らう。魔獣はおろか怪物の肉を食べるだなんて、通常の精神状態ならするはずのないことだ。


「もっとだ! もっと血肉をよこせ! アヒャヒャヒャ! ヒャッハー!」


 もはやスラムは通常の精神状態ではない。常闇の森に入ってからというもの、スラムの精神は徐々にむしばまれていった。


 初めは空腹からくるものだったが、それからは何か別の力が働いているかのようだった。


 元を辿るとこうなった原因は、スラムがフレンの代わりとしてパーティーに加入させた、新人の女の子を襲おうとしたこと。さらに言うならば、大した理由も無くフレンを追放したことだ。


 スラムは常闇の森を抜けるため立ちあがろうとした。ところがそのまま前のめりに倒れ込んでしまう。なぜか今は痛みを感じないスラムだが、体はとっくに限界を迎えていたのだ。


「ヒャッハー! 面白おもしれえ! この状態で戦ってみてえ! 魔獣来い!」


 うつ伏せに倒れたまま、そんな言葉を口に出した。

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