朋美の兄 祐樹編 第四章

 高校を無事に卒業した。

 地元の医療系内視鏡メーカーに就職した俺は意外と毎日二時間の残業が在るんだなと思った。三六協定で三十時間以上の労働が出来るから残業当たり前の風潮になっているが、現場は意外と残業したくない人が大半だ。手取り十七万。管理職だと毎月四十時間の残業で帰宅しても夫婦仲は冷え切っていて、帰っても会話がないらしいが、それはそうだろうと思った。現場ではピリピリしていて、女性従業員が多い工場職では上とはギスギスしていて、下ではそれぞれでグループが出来ていて学生の延長のような社会縮図となっている。そんな中で営業は客先にすぐ出来ますとか言うし、現場は班ごとに仕事量が違うから定時で帰れる日の在る班と毎日残業が当たり前の班で不平等だの、定時上がりなら手伝って欲しいとクレームを出す人も多いが、部署違いだからやだというのが大半だった。部署自体は同じなんだけどね。俺は全然手伝いに行く派だったし、ぶっちゃけ、そういう愚痴とかイライラするし同じ部署内でくだらねえと思っていた。人それぞれだし、帰れる日は帰って全然いいと思う人間だから気にはしない。それに残業代で懐が暖かくなるのは平成生まれでずっと不景気だと言われてきた人間にはありがたい。だた働き過ぎは長野のスキーバス事故みたいに不幸になったり、身体こわしたりするからほどほどにはしている。

 「祐樹くん、あまり残業しないでね」

 秋穂にそう言われたが俺は少しでも安心する金額の貯金が欲しかった。

 残業して三十万近くの給料でもなかなか安心は得られなかった。

 「祐樹くんはご両親が死んで自分一人で朋美ちゃんを育てようとしてるよ。そんなの駄目だよ。私に頼ってよ」

 家に帰ると心配そうに秋穂が言う。残業ばっかりだった俺は週に二回ほど会社に泊まると祖母に伝えて秋穂のアパートに居た。毎日遅い俺に秋穂は晩飯をラップに包んで帰るとレンジで温めて俺に出してくれる。自分だって残業で遅いのによくやってくれる秋穂に感謝しか無い。

 「毎日十二時まで働いて体壊すよ」

 「大丈夫だって」

 「そう言って死んだ人もいるんだよ。若くても人は死ぬんだよ」

 「秋穂は心配しすぎ」

 自分だって十時まで働いているんだし、気にしすぎだ。

 「……転職したら。ほら、私公務員だし、これでも社会信用高い職業だから家のローンだって低金利で借りられてるし、これでも、貯金はしてるから休職しても勇気くんひとり充分養えるよ。それにね、もう結婚して朋美ちゃんを扶養に入れちゃえば少し暗い手当も増えるし」

 「たかが一万円の扶養手当で就学生徒を賄えられるの?」

 「うッ」

 「中学でも八百万は必要な時代だよ。秋穂だけの収入じゃとても間に合わない」

 「だからって、祐樹くんの残業代でも苦しいでしょ!」

 「俺ひとりどうってこと無い」

 「なんでそこまでひとりで自分を追い込むの!」


 秋穂は俺を抱きしめた。


 「私にも背負わせてよ。祐樹くんはずるいよ。高校生の頃から何かを秘密にして、ずっとずっと何かを背負っているし、変に大人だし、強情だし、秘密主義だし、弱音吐かないし、馬鹿だし、真面目だし、鈍感だし、女心わかってないし」

 「後半悪口じゃねぇか」

 泣いている秋穂の頭を俺は撫でた。


 「ごめんな」


 撫でながら俺は謝った。

 俺はひとには言えない過去がある。昔俺は俺の言葉で両親が死ぬことになったことを今でもずっと永遠に後悔している。

 後部座席で俺は両親の死を見ていた。俺の言葉で両親は死んでしまった。

 「俺は昔、親を殺したんだ―――」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る