友田と西岡の場合 後編

「一応、友田の心当たりって信憑性あるか訊いていい?」

「ここまで来といて!?」

 二人は目当ての駅を降りて、西口を真っ直ぐに進んでいた。とはいえ、西口東口と分かれていても、それらの距離は大変近く、建物の構造上二つ作られた出入り口にそれっぽい名前を付けたようにしか思えないものだった。

 商業ビルやコンビニが点在する通りを過ぎると、すぐにのどかな風景が広がった。友田達の住む場所よりも、少しだけ田舎のように見える。旅行者ならいざ知れず、二人は隣県に住むただの女子高生である。この風景をのどかと称するには、人生経験と余裕が足りなかった。退屈と言わざるを得ない景色の中を進みながら、ようやく友田の言う心当たりについて言及した西岡だったが、友田のことだから適当なものなのだろうと高を括っていた。

 一方で、友田は西岡について、見かけによらず無計画で無鉄砲なのかもしれない、などと失礼な仮説を立てていた。友人として信頼されているということにしておこうとポジティブに考え直すと、友田は口を開いた。

「中学の時に来たハイキングで、見たことあるんだよね」

「あっ……」

「ねぇそのなんか察した顔やめて!」

 予感が的中する可能性は大いにあるとは考えていたが、本当に的中してしまったことに、西岡は驚きを隠せなかった。ハイキングのコースから見える景色なんて、余程のランドマークが無ければどこも大体一緒である。そう考える西岡は、今日のこれが本当に友田とのただの小旅行になることを確信しながら微笑んだ。

 そう、西岡はどうだっていいのだ。ルルのことも、死体のことも。ただ友田が衝動のままに行動した結果、大事になることだけを避けたかった。何も無いと分かれば、友田の気も済むはずで、この妙な冒険も終わりを迎える。西岡は、そんなつまらない結末を素敵な思い出にできる自信があった。もちろん、本気で何かがあると信じて疑っていない友田に告げることはないが。

「ほら、ほら!」

「え、何が?」

「書いてあんじゃん! ハイキングコースはこちらって!」

「あぁ、うん」

 流石にハイキングコースの存在まで疑っていなかった西岡だが、友田の様子を見てすぐにどういうことか察しがついた。代わり映えのしない風景ばかりが続いて、ハイキングコースへの道が合っているのか、不安になっていたのだろう。すぐに友田が答え合わせと言わんばかりの独り言を呟く。

「良かった……ネットのマップで調べた通りだった……」

「調べてるのにこんなに不安になる? あ、もしかして友田って地図読めない人?」

「そうだけど?」

「なんで威張ってんだよ」

 そう言って笑い合いながら、二人はハイキングコースと書かれた看板の角を曲がった。続く道には確かに傾斜があるが、西岡が覚悟していたほど、そして友田の記憶ほどは急ではない。

「飲み物、私はまだ半分以上余ってるけど、友田は?」

「あたしも平気。確か頂上に自販機あったと思うし」

「そっか。じゃあいっか」

 そうして二人はのんびりと土で固められた道を歩き出す。入り口で、降りてきた年配女性とすれ違い、会釈を交わす。山では挨拶をするのが基本だとどこかで聞いたことのある西岡だが、ハイキングにも適用されるルールらしいと認識を改める。

「あたしら、もしかして変?」

「え? なんで?」

「制服で来るような場所じゃないのかなって。さっきのおばあちゃんも動きやすそうな格好だったし」

「大丈夫でしょ。私も友田も、運動は苦手じゃないし。そりゃ、見たことない制服の女子高生は不審かもだけど」

「そっちかぁー」

 あちゃーと言わんばかりの反応をしてみせた友田だが、手で顔を覆って見せた直後、突然走り出した。またなんか変なことやってんな、と西岡はそれを静観する。ペースを変えずに淡々と歩く西岡と、少し先で膝に手を当てて肩で息をする友田。その様子は、二人の性格と人生の歩み方を示しているようだった。

「早く登って、確かめて、そんで帰ろ! 遅くなって通報されたら嫌だし!」

「誰が通報するんだよ」

「帰りの電車の時間、調べてないでしょ!」

 再び走り出し、西岡の先を行く友田の声は聞き取りにくいものであった。しかし、帰宅に関することとなれば、西岡も黙ってはいられない。

「見てないけど」

「二時間後のやつを逃すと、そっからは一時間おきになるよ!」

「嘘!? だって、さっき来るときは三〇分に一本くらいだったでしょ」

「利用者が少なくなるからじゃない!?」

 緩いカーブを曲がっていった友田の後ろ姿は、西岡の視界から完全に消える。親と一緒に暮らしている二人には門限があり、それは軽視できるものではない。特に西岡は、門限を破ったことが父に知られるといささか面倒になることが予想された。

「先に言え!」

 西岡は走り出す。ペース配分を一切考えない友田の無謀な走りよりも、大分速い。元の運動能力の高さと身長の高さを存分に生かした走りである。スタイルのいい西岡は足の長さを利用してどんどんと友田と距離を詰める。しなやかな走りはすぐにバタバタと走る友田を捉えた。

「遅い!」

「マジ!? はやっ!」

 並んだ二人だったが、すぐに西岡が自分の背中を友田に見せつける。追い抜かれた友田も意地を見せ、二人の距離はしばらくは変わらなかった。先に根を上げたのは言わずもがな、友田の方である。

「ちょっとストーップ!」

「はぁ……まぁ、いいけど」

 友田ほどではないが、西岡もそれなりに消耗していた。元の運動神経の良さと、若さが備わっているとはいえ、二人は帰宅部である。体力に自信のある方ではなかった。

 ゆっくりと歩く西岡に、体力をこれ以上消耗しない程度に歩く友田が追いつき、二人は久方ぶりに肩を並べて歩いた。

「結構登ってきたね」

「ホントだ、既にいい景色」

 右手は林だが、左手は拓けていて、景色が楽しめるようになっていた。また一人、帰宅途中の中年女性とすれ違い、二人は会釈する。声が届かなくなるところまで離れたと確信すると、西岡は笑った。

「さっき。走ってる最中に人に会わなくて良かったね」

「それ」

「それこそマジで通報されてたよ」

「あはは。西岡だけね」

「なんでだよ」

「あんな全速力でダッシュする美女、不審じゃん」

「友田の走り方の方がよっぽど不審だったよ」

 美女と称されて少し居心地の悪さを感じた西岡は、即座に友田の走りを茶化した。しかし事実である。今にも転びそうな前傾姿勢と、両手を外に回すような独特のフォームで、それなりのスピードが出ていたのだから余計に滑稽だった。

「友田の走り方さ、一〇〇メートル走でやったら隣の選手殴りそう」

「昔マジでそれで注意されたことあるよ」

「マジ!? ウケるんだけど!」

 数年前のことを振り返って、友田は苦々しい表情を見せる。それは、走り方がおかしいと友田に自覚させる出来事でもあった。

 息が整ってきた二人だが、彼女達が走り出すことはもうなかった。ぽつりと、西岡は素直に思っていることを口にする。

「登った先で、思っていた景色が広がってなくてもさ。今日はいい日だったと思うよ」

「……うん。あたしも、走りながら実はそう思ってた」

 過去に見たという自信が揺らいでいる友田を、西岡は意外に思った。思い込んだら突っ走る性格だと思っていたが、どうやら根拠が薄いことは否定できないらしい。景色を眺めていた視線を進むべき道へと戻して、友田は語った。

「なんだろ、見た気がしたって、本気で思ってたんだけどさ。あたし、西岡とどっか行って、なんかしたいだけだったのかなって、走っててちょっと思った」

「……ふぅん」

「あ、でも心当たりがあるのはマジだよ。座ったら沈む夕陽を一望できるベンチがあってさ。そこからの景色に似てるなって」

「そっか……もうすぐみたいだし、確かめよ」

 道の端に、頂上はもうすぐ! と書かれた看板を見つけた西岡は、ペースを変えることなく進んだ。実を言うと、途中にも看板は設置されていたが、走るのに精一杯だった二人は見過ごしている。二人はただ、思っていたよりもコースが短いことを内心で喜んでいた。

「……ここが頂上?」

「だね。たまたまだけど、写真と同じくらいの時間帯だね」

「投稿されたのも平日だったし、何もなければルルも放課後にここに来たってことでしょ? 時間帯が被るのは当たり前じゃない?」

「それもそっか。学校サボったりしない限り、日中に来たりできないもんね」

「そゆこと」

 二人は立ち止まり、視線を彷徨わせながらベンチを探す。西岡はまた手元を見ずに鞄から飲み物を取り出していた。彼女には手元を見ずに何かをする癖があると気付いた友田は、一人で嬉しそうに微笑んだ。

 夕陽がハイキングコースの頂上を、いや、街全体を橙色に染め上げている。ここを訪れた目的は物騒なものであるが、当初の目的を一瞬忘れてしまうほど、周囲の景色は二人を引き付けた。退屈だと思っていた町並みが、まるでこの為に存在していると思えるほどに、夕焼けとマッチしている。どこから見ても大体一緒だと思っていたハイキングコースの頂上が、西岡には特別なものに思えた。

 木々の影が伸びて、友田の言った自販機がある。その奥には、目当てのスポットが存在した。

「ねぇ、ベンチってあれじゃない?」

「そうかも!? 西岡、早く行こ!」

「また走るのかよー」

 興味の対象を見つけると友田の体力は復活するらしい。西岡は奇妙だが便利な友田の生態を目の当たりにすると、調子を合わせるように少しだけ早歩きをした。

 西岡が到着する前に友田はベンチに座っており、ただ呆然と空と街の橙を見つめていた。友田の瞳の中のオレンジを覗き込みながら、西岡はひらひらと手を振ってみせる。

「おーい。友田?」

「……あのさ。あたし、さっきも言ったじゃん」

「え?」

「別に、ここが投稿の場所と違っても、別にいいって」

「あぁうん」

 交わしたばかりの会話を振り返る友田に、西岡は違和感があった。答えを探るように、西岡は友田の隣に腰掛ける。木製だが背もたれがついているベンチは、古ぼけた見た目に反して座り心地が良かった。

「あ」

「ね」

「うん」

 二人は短い言葉で意思を疎通する。最初に「あ」と呟いたのは西岡である。座って景色を眺めた瞬間に、友田が何を言いたかったのか、確信してしまった。

「全く一緒。だよね」

「うん。ちょっと待って、画像出すから」

「あぁうん」

 友田がスマホを操作する少しの間、西岡は自分の心に語り掛けた。ここがルルの投稿した画像の場所だと確信しているが、それはまだ二人の記憶の中の話である。画像を見て、確認するのが、少しだけ怖かった。西岡の隣では、友田が手元と景色とを交互に見比べている。

 すぅーと長く息を吸いながら、友田はさらにスマホを操作した。直後に西岡の端末が振動する。見ると、友田が西岡に件の投稿の画像を送り付けていた。

「見てみて」

「……うん」

 華奢な指先が震えている。友田は見守っていた。ネイルなどは施されていないが、綺麗に整えられた爪に、少しだけ気を取られる。蟻の肩を叩くような優しい動きで、画像はディスプレイに表示された。

「やっぱり一緒、だね」

「うん……」

 二人は、時間の猶予が無い状況で、ただ赤く染まる街を見つめていた。ここがその場所だと言うのなら、やらねばならぬことがある。二人は理解しつつも、口に出せなかった。どうせここは画像の場所ではない、という自棄が二人を突き動かしていたのだ。彼女達は、突然去来した事実を持て余していた。

 先に動いたのは友田であった。彼女は勢いよく立ち上がり、夕焼けを見つめたまま宣言するように言った。

「西岡! 掘ろう!」

「……いいけどさ。道具持ってきてんの?」

「うん! 埋めたって言ってたから、じゃあ掘らないとって思って」

「それで?」

「お母さんの園芸用のスコップ借りてきた!」

「お母さんもまさか死体掘るのに使われるとは思ってないだろうな」

 じゃーんという友田のセルフSE付きで鞄から取り出されたのは、片手で扱う一般的なスコップである。袋にしまわず、そのまま鞄に入れているところが友田らしい。

 相方がきちんと手段を用意しているのであれば、西岡に逃げ場は無かった。ゆっくりと立ち上がると、周囲を見渡す。それから彼女は自らの足元を指差した。

「やっぱり、ここじゃない?」

「だよね。あたしもそう思う」

 二人の足元、ベンチの下。埋めたと投稿された時に添付された画像は、おそらくルルがこのベンチに座ってスマホで撮影したものだろう。少なくとも二人はそう考えていた。

「まぁ、こんなスコップじゃ掘れるところなんてたかが知れてるけどさ」

「そうかな。私は、場所さえ合っていれば、何か見つかる可能性は高いと思う」

 西岡は余計な同情をしない、不必要な慰めを言わない。これは友田の準備に対するフォロー等ではなく、本心だった。理由を知りたがっている友田の視線に気付いた西岡は、淡々と語り出した。

「ルルは私達と同い歳の、しかも女の子なんでしょ。平日の放課後に、大きなシャベルを担いでこのハイキングコースを登ったと思う?」

「あ」

「もちろん可能性の話だけどね。手伝った人がいるかもしれないし、写真を撮ったのと埋めたタイミングは別かもしれない。そもそもその写真は投稿とはなんの関係もないものかもよ。そもそも死体をどうやって運んだんだって話だし」

 友田に言い聞かせるような言い方だったが、西岡が最も言い聞かせたかったのは自分自身である。考えれば考えるほど、ルルの発言はおかしかった。埋めた道具に関する疑問の他、その死体はどうやって運んだのだという問題も浮上する。女子高生が一人でこなせるとは思えない作業の量と過酷さである。いや、一人とは限らない。しかし協力者がいたとして、あんなルルの投稿を許すだろうか。頭の中で考えを巡らせていた西岡は、ふと横を見る。そこには、よーしやるぞーという表情でスコップを握りしめている友田がいた。癪だが、今の西岡には三割増で可愛く見えた。

「ま、話してても仕方ないし。頼んだよ」

「分かった!」

 待てをされていた犬のように、友田は元気に足元を掘り始めた。スコップが勢いよく土に埋まる音を聞きながら、もし何かが埋まっていたとしてもそのまま傷付けてしまわないだろうかと、西岡は心配する。

 しかし、二人を焦らすように、固められた土からは何も出てこない。変な虫が驚いたように飛び出して見せたが、今の友田は止められない。ちなみに、西岡はしっかりと短い悲鳴を上げている。

「結構掘ったと思うんだけど」

「……だね」

 深さは十から十五センチほどで、手持ちのスコップで掘ったにしてはそれなりの深さに見える。西岡はルルの気持ちになって考えている。無意識にだが、作業をしている友田の助けになりたい気持ちがそうさせた。それから西岡は思い付く。

「いま掘った穴、ベンチの下に向けて広げて」

「え、いいけど……?」

 友田は言われた通りに穴を楕円に広げていく。崖を切り崩すような動きで、少しずつ穴が大きくなる。作業の途中、西岡は友田に話した。

「ベンチに座った人が踏むような場所、嫌じゃんね。なにかの拍子に出てきても嫌だし」

「……確かに」

 友田は西岡の推察に同意してみせ、馬鹿正直に足元から掘り始めたことを恥じていた。スコップを動かしながら友田は目配せをする。ベンチの根本はコンクリートと金具でしっかりと固定されていた。

「わざわざベンチを動かしてなんかしたってことは、なさそうだね」

「ちょっと友田。ストップ」

「へ?」

「いいからっ」

 西岡は地面に手を付いて無我夢中で作業する友田を立たせると、ベンチに押し込むように座らせた。ぎゅと変な声をあげながらそこに収まると、友田は西岡の行動の意味を探るように視線を彷徨わせる。しかし、何が起こったのか最初に悟ったのは、目ではなく耳だった。

「今日、晴れて良かったわね」

「あぁ。戻る前にちょっと」

「そうね。私、スポーツドリンクにしようかしら」

「珍しいな」

「たまにはね」

 熟年夫婦が仲睦まじく二人の方へと向かっている。ここによく訪れていることが窺える穏やかな会話だったが、西岡達の心中は反比例するように動揺していた。

 ベンチの下、掘り返した土がこんもりと盛られており、どう見ても普通ではない。西岡が友田に目配せをすると、友田も西岡の合図を待っていたかのようにすぐに反応して見せた。

「次のテスト勉強してる?」

「あーうん、ちょっとだけ」

「いつも一夜漬けなのに。偉いじゃん」

「テスト前、一夜漬けするから大変なのでは? って気付いたんだよね」

「もっと早く気付けよ」

 他愛もない会話をしながら、二人は土を蹴った。靴が汚れるとかせっかく掘ったのにとか、足を動かしながら様々なことが頭を過ぎったが、最優先は不審に思われないことである。見慣れない制服の女子二人がベンチの足元をスコップで掘っているだなんて、どう考えても異常なのだから。

 お金を入れる音、ボタンの音、飲み物が排出される音。二人の背後には何も知らない夫婦がいる。それぞれの飲み物を買い込むと、男性の「おや……?」という声が響く。

 友田は肩をびくりと動かし、西岡は眉を顰める。もし話し掛けられたら、二人にとっては厄介である。時間があまり無い上に、人がいる以上は作業ができない。嵐が過ぎ去るのを待つような気持ちだった。我慢しきれなくなった友田が振り返りそうになったが、それよりも少し早く西岡が彼女の左手を握って制止した。視線で振り返るなと言い聞かせると、背後から声がする。

「麦茶だと思ったのに、烏龍茶とは……」

「あらあら」

 それから、熟年夫婦は並んでハイキングコースを下って行った。その様子を眺めながら、西岡はそっと友田の手を解放する。

 緊張感から、呼吸を止めていた友田は大きく息を吐いた。酸素を欲していたというよりも、盛大なため息をつきたかったと言えるだろう。

「いやあのおじさん天然過ぎない!?」

「私も思ったけど、まぁ何もなくて良かったじゃん」

 友田がついツッコミたくなる気持ちも西岡は理解できた。ちょっと抜けてて可愛いおじさんの顔を拝めなくて残念だと、振り返らなかったことを少しだけ後悔する。

 しかし、友田はそれどころではない。屈んでスコップを握り直すと、明らかに不機嫌そうな顔をしてみせた。

「そうだけどさ〜。これも、せっかく掘ったのに」

「どっちみち後から埋めるし、何もなかったところなんだからいいでしょ、別に」

「……確かに?」

 靴が汚れたことだけが遺憾だった西岡だが、淡々とした表情で靴を脱ぎ、中に入った土を捨てる友田を見て絶句した。

「どんな勢いで穴埋めたんだよ」

 呆れる西岡の視線を受けながら、友田は話題を逸らすように作業を再開した。掘り起こしたところは土の色が変わっているので分かりやすかった。

 ベンチの下に手を伸ばして、スコップを地面に突き立てていくと、ついに先端が何かにぶつかった。カチンという小気味いい音は友田はもちろん、西岡にも届く。もはや聞き慣れてしまった土を掘る音に、明らかに異音が混ざっていたのだから、二人は顔を上げて目を見合わせる。

「……ヤバいって。人骨かも」

「こんな短期間で白骨化してたまるか」

 どんな形をしているのか、全容が分からないものを掘り出すのは骨が折れるし、横着をして手を進めると物理で骨が折れる。

 西岡は整えた爪の間に土が入ることも厭わず、素手で土をかき出した。友田もそれに続く。そうして二人が丁寧に掘り起こしたものは、想像していない代物だった。

「……スマホカバー?」

「意味分かんない」

 掘り当てたものは二人が想像するものとはかけ離れている。しかし、場所から考えて探していたものの正体はこれで間違いないだろう。

 沈黙が流れる。二人は目を合わせたまま、どちらからともなく笑った。大声を上げて。

「なんだよこれー!」

「こんなことだろうと思った!」

「いーや! 西岡もちょっとマジになってたね!」

「友田ほどじゃないって」

 西岡は笑いながら憎まれ口を叩くと、「あーあ」と言って立ち上がった。両手をパンパンと払っただけでは土は取り切れず、彼女は苦笑する。しかし、この体験をただの徒労だったと断じる気分にはなれない西岡であった。

 振り返ると、牧田の夕陽は変わらずにそこにある。ルルという少女は一体どんな気持ちでこれを埋めたのだろうか。西岡には分からない。友田は、きっと考えることすらしないだろう。

「あー笑った……あっちで手洗って、そんで。帰ろっか」

 友田は水飲み場を指差す。特に否定する理由のない西岡はその言葉に従い、鞄を背負い直すと歩き出した。スタスタと先に向かう友田は、一度も振り返らなかった。友田らしいとはいえ、西岡にはそれが少しだけ寂しいことのように思えるのであった。

 先に着いた友田は、想像していたよりも勢いの弱い飲み水で手を洗う。ちなみに、西岡は公園などに設置されているこういった水飲み場を本来の目的で使用することはない。誰かが口を付けて飲んでそうという、憶測による自衛である。何を守っているかと言われれば、自分の体よりも心と言えるだろう。

「あ、ちょっと待って」

 手を洗い終えると、友田は上に向かって弧を描くように出ている水を口に含んだ。なんとか「うげぇ」という声を抑えた西岡だったが、この所作も含めて友田らしいと思った。

「友田って本当に友田だよね」

「どゆこと? はい、つぎ西岡の番」

「そりゃどーも」

 西岡が念入りに手を洗っている間、友田は久方ぶりにスマホを取り出した。学校にいる間は結構な頻度で触れているので、今日は圧倒的に少ないと言えるだろう。おもむろにベンチの方へと向かって歩き出すと、少し前に西岡に自慢した高性能カメラが搭載されたスマホで写真を撮る。シャッター音は微かに西岡の耳にも届いたが、友田が写真を撮影するのはいつものことなのであまり気にならなかった。むしろ、いつもコンビニスイーツやドラッグストアで買ったプチプラコスメばかりを撮らされていたスマホが、ようやくその性能を遺憾なく発揮できることを頭の片隅で祝福した。

「友田ー。帰るよー」

「あ、うん。急がないと、マジで電車ヤバいかも」

「急ご」

「あ、その前に」

「とーもーだー」

 友田は言葉とは裏腹にのんびりとスマホを操作する。何故か硬直する友田に、ついに耐えきれなくなった西岡は彼女の腕を引いた。

 そうして二人は来た道を戻った。来るときは登っている感覚などほとんど無い道だったが、その歩みやすさで今更になって傾斜の存在に気付くのであった。

「あの、さ」

「何?」

「これ、すごくない?」

 友田はスマホを西岡に渡す。そこには友田のSNSの投稿画面が映っていた。ルルの投稿を模倣するような写真と共に、一言添えられている。

 ――西岡ー! 愛してるぞー!

「ちょっと前は投稿できなかったのに」

「……確かにね」

 この投稿が何を意味しているのか、気付かないフリをしようにも世界が許さない。しかし、西岡は思い直した。愛とは多様なものである、と。この投稿が何を意味するのか、本人の口から確かめる必要はないということにした。

「ところで、この二一九八って数字なに?」

「あぁ、フォロワー数だよ」

「は!? お前フォロワー二千人以上いるの!? 先に言えよ!」

「え? あぁ、知ってるかと思った」

「知らんわ!」

 大勢の前で、名指しで愛を叫ばれたことを自覚した西岡は頭を抱えたくなった。その人数は二人の通う高校の全生徒数よりも遥かに多い。友田に限って、ネットの付き合いと学友を分けることなど有り得ない。友田はどこまで行っても友田なのだ。

 こうして、騒ぎながらハイキングコースを下った二人は、目当ての電車に駆け込むことになんとか成功したのであった。 

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