53 王冠を超えて

 群衆の怒声が宮殿の外でこだまする中、翔とフリーデリケは静かな応接室で向かい合って座っていた。二人の表情は険しく、部屋の空気は張り詰めている。

「フリーデ、時間がない。民衆の怒りは爆発寸前だ。これ以上放置すれば、革命が起きてもおかしくない。」

 翔は机の上に広げられた資料に目を落としながら言った。

「わかっているわ。」

 フリーデリケは、深く息を吐き出しながら応じた。

「だからこそ慎重に進めなければならない。これまでの失政の責任を明確にし、民衆に希望を与えなければならない。」

 翔は一枚の新聞を指さした。

「この新聞社なら信頼できる。ここでまず、王室の浪費の実態を公表しよう。だが、一気に出すのではなく、段階的に。最初は事実を示すだけにとどめ、過激な反応を避ける。」

 フリーデリケは頷いた。

「同時に、私が演説を行うわ。民衆に直接訴えることで、信頼を回復する。そして、王に譲位を迫る理由を丁寧に説明するの。」

「だが、王が譲位を拒めばどうする?」

 翔はフリーデリケの目をまっすぐに見つめた。

 フリーデリケは一瞬、視線を逸らしたが、すぐに戻した。

「その場合は、民衆の支持を背景に圧力をかけるしかないわ。ただし、暴力は絶対に避ける。私たちは新たな時代を築くために、秩序を守らなければならない。」

 翔はしばらく黙った後、静かに言った。

「君がここまで考えているなら、俺も最後まで支えるよ。一緒にこの国を救おう。」


 数日後、翔とフリーデリケの計画が始動した。まず、翔が選んだ新聞社に王室の贅沢な暮らしぶりを示す具体的なデータを提供した。記事には、王が新たに建設した豪華な離宮の費用や、高価な外国製品を大量に購入した記録が詳細に記されていた。

 記事が発表されるや否や、国中で大きな反響を呼んだ。読者の多くが怒りをあらわにし、一部では宮殿前での抗議活動が激化した。しかし、翔の予想通り、段階的に情報を公開することで、暴動には至らなかった。

 次に、フリーデリケが自ら演説に立った。彼女は国中から集まった人々を前に、毅然とした態度で語り始めた。広場は群衆で埋め尽くされていた。老若男女、身なりも様々な人々が、固唾をのんで彼女を見つめている。最前列には、擦り切れた外套を羽織り、不安げな表情で小さな子供の手を握りしめている母親がいた。その子供は、古びた帽子を深くかぶり、母親の背に隠れるようにしていた。

「国民の皆さん、私たちは厳しい時代を生きています。しかし、この困難を乗り越えるためには、まず真実を直視しなければなりません。」

 彼女は王室の浪費と、それが国の財政をいかに圧迫してきたかを冷静に説明した。風が吹き、彼女の髪が乱れる。しかし、その声は力強く、広場全体に響き渡った。群衆の中には、彼女の言葉に頷く者、目を伏せる者、涙を拭う者もいた。

「王は、国民の苦しみを知ろうともせず、贅沢三昧の日々を送っていました。高価な宝石、豪華な晩餐、そして必要のない離宮の建設。その裏で、どれだけの国民が飢えに苦しんでいるか、想像すらしていなかったのです。」

 彼女の言葉に、広場は静まり返った。人々の表情は怒りから悲しみ、そして諦めへと変わっていく。しかし、フリーデリケはそこで言葉を止めることなく、力強く続けた。

「しかし、私はここで皆さんに絶望を語るために来たのではありません。私たちは、この状況を変えることができるのです。過去の過ちを認め、未来のために行動を起こすことができるのです。」

 彼女は、その責任を取る形での改革案を提案した。

「王室の役割を象徴的なものに改め、議会制を導入することで、国家運営を民意に基づいたものにします。これは、私たちの未来を守るための必要な一歩です。」

 彼女の言葉が終わると同時に、広場の一角から拍手が起こった。最初はまばらだった拍手は、瞬く間に広場全体に広がり、大きな歓声へと変わっていった。

 「フリーデリケ!」「フリーデリケ!」と叫ぶ声が響き渡る。ある老人は、涙を流しながら杖を高く掲げ、喜びを表現していた。若い女性は、隣の友人と抱き合い、希望に満ちた表情で空を見上げていた。最前列の母親は、子供を抱きしめ、安堵の表情を浮かべていた。彼女の言葉は、確かに人々の心に届いたのだ。


 宮殿内では、王が激怒していた。贅沢の実態を暴露されたことで、彼の権威は著しく損なわれていた。

「フリーデリケめ!あの娘が私を裏切るとは!」王は玉座の前で怒鳴り散らしていた。贅沢を暴露され怒りに燃える一方で、王はかつてこの国の希望とされていた若き日の自分を思い出していた。民を思い、国を憂いていた頃の、純粋な気持ちを。

 しかし、側近の一人が冷静に言った。

「陛下、このままでは更なる混乱を招きます。譲位を受け入れ、穏便に改革を進める方が得策かと。」

 王はしばらく沈黙した後、疲れたように玉座に座り込んだ。

「わかった。だが、これで王室が終わるのではないだろうな?」

「陛下、象徴的な存在として存続することで、国民との絆を維持できます。」側近は説得を続けた。


 最後の決断はフリーデリケに委ねられた。彼女は宮殿に戻り、王と直接向き合った。

「陛下、国が崩れる前に、どうか最後のご決断を。」

 彼女の言葉には揺るぎない意志が込められていた。

 王はしばらくフリーデリケを見つめた。彼女の目には、一片の揺らぎもない確固たる意志が宿っている。やがて王は、玉座の縁に震える手を置き、深く息を吸った。

「わかった……」その声は、まるで過去の自分への別れを告げるように、弱々しくも重々しかった。

「お前の言う通りにしよう。」

 フリーデリケは深く頭を下げた。

「ありがとうございます、陛下。この決断はきっと、国を救います。」


 こうして、王の譲位が正式に発表され、議会制導入の準備が進められた。

 改革の第一歩が踏み出された瞬間、フリーデリケと翔は宮殿のバルコニーに立ち、民衆の歓声を聞いていた。

「これで終わりではないな。」

 翔が呟いた。

「ええ、これからが本当の始まりよ。」

 フリーデリケが答えた。彼らの視線の先には、未だ霧が立ち込める国が広がっていた。しかしその先に、かすかな光が見えていた。

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