51 改革の妨害
冷たい石畳の廊下を、翔は苛立ちを押し殺しながら歩いていた。深い霧が窓の外から流れ込み、磨き上げられた床を白く覆っている。壁に掲げられた歴代国王の肖像画も、その白いヴェールに覆われ、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。足音だけが静かに反響し、翔の焦燥感を増幅させていた。緻密に練り上げた改革案が、まさかここまでの抵抗に遭うとは想像していなかった。重厚な扉を押し開けると、暖炉の火がパチパチと音を立てる会議室が現れた。煤けた壁には古めかしい紋章が飾られ、部屋の中央には巨大なオークのテーブルが置かれている。フリーデリケは眉間に皺を寄せ、数名の官僚たちと深刻な面持ちで話し込んでいた。彼らの顔色は優れず、事態の深刻さを物語っていた。
「翔、状況はますます悪化している。」フリーデリケの表情は険しかった。「地方の領主たちが、改革案に対する協力を拒んでいるという報告が次々と届いているの。」
翔は無言で頷き、会議室の中央に置かれた大きな地図に目を落とした。赤い印がつけられた地域が、改革案に反発している領地を示している。そこには、アルバナ王国の広範囲にわたる名前が並んでいた。
「地方領主たちの不満が広がる原因は明らかだ。」隣に立つ財務官のマイヤーが静かに言った。「彼らは、王から『改革は地方の自治権を侵害する』と直接吹き込まれているのです。」
「王が直接動いている……?」翔の眉がピクリと動く。「私たちの改革案が、王自身の贅沢な生活に影響を及ぼすからか。」
フリーデリケは厳しい声で言った。
「彼の贅沢は、すでに国民からも非難されているわ。それでも、宮廷の保守派は王に忠実で、改革に反対するよう地方に働きかけている。」
翔は拳を握りしめた。
「我々の計画がこのまま潰されるわけにはいかない。だが、地方領主を説得するには時間がかかる。もっと早く手を打たねば……。」
その時、マイヤーが目を伏せて口を開いた。
「それだけではありません。改革案の情報が外部に漏れている可能性があります。」
「漏れている?」フリーデリケが驚きの声を上げた。「誰がそんなことを?」
マイヤーはため息をついた。「まだ確証はありませんが、翔様のチーム内に内通者がいる可能性が高いのです。」
部屋に重苦しい沈黙が訪れた。翔は冷静さを取り戻そうと深呼吸をした。「内通者の存在が本当なら、私たちの計画は丸裸だ。それで地方領主たちの動きが妙に速いのか。」
「そういうことです。」マイヤーは頷いた。「対策を講じる必要があります。ただし、内部を疑うのは慎重に行わねばなりません。」
◇
翌日、翔とフリーデリケは信頼する官僚たちだけを集め、内通者を炙り出す作戦を立てた。「今回の作戦では、税制改革に関する情報で、地方への還元率を実際よりも10%低く偽った情報を各部門に流す。どの情報が外部に漏れるかを確認することで、内通者を割り出す。」翔は断言した。「誤情報を使うのはリスクがあるが、他に方法はない。情報の漏洩先を特定すれば、内通者を割り出せるだろう。」
「それに成功したとしても、地方領主たちをどう説得するつもり?」フリーデリケが問いかける。
「まずは彼らの不安を取り除くことが必要だ。」翔は地図を指さしながら説明を続けた。「例えば、税制改革で得られる資金が地方にも還元されることを強調する。彼らが自分たちの利益を感じられるような形に持っていく。」
フリーデリケはしばらく考え込んだ後、小さく頷いた。「分かったわ。私も領主たちへの説明会を開く準備を進める。ただし、王の干渉が続けばそれも難しい。」
◇
作戦開始から三日が経過した。薄暗い作戦会議室で、翔はフリーデリケとマイヤーに報告した。
「監視の結果、クラウゼとベルンハルト伯爵の側近、ゲオルグとの通信が急増していることが判明した。」
マイヤーは通信記録の写しをテーブルに広げた。
「それまではほとんど記録がなかったのに、ここ数日で集中的にやり取りが行われている。暗号化されている部分もあるが、情報がやり取りされていることは間違いない。」
その夜、霧が深く立ち込める中、クラウゼは宮廷の裏門を抜け出した。冷たい石畳の路地は湿り気を帯び、足音だけが静かに反響する。彼は何度も後ろを振り返り、誰もいないことを確認すると、薄暗い街灯の下に人影を見つけた。フードを目深にかぶった人物が、腕を組んで静かに立っている。クラウゼは息を潜めながら近づき、周囲を警戒するように見回した。男は顔を上げることなく、低い声で何かを呟いた。クラウゼは無言で頷き、懐から小さな包みを取り出した。それは丁寧に布で包まれ、紐でしっかりと縛られている。男は無造作に包みを受け取ると、何も言わずに闇の中に姿を消した。クラウゼは男が消えた方向をしばらく見つめていたが、やがて重い足取りで宮廷へと戻っていった。彼の表情は、安堵と不安が入り混じっていた。
翌朝、宮廷には地方領主からの抗議の書簡が次々と届けられた。執務室に積み上げられた書簡の山を見て、フリーデリケは深い溜息をついた。
「やはり、情報が漏れたのね……」翔は書簡を手に取り、内容に目を通した。書簡には、税制改革に関する詳細な情報が記されていた。しかも、翔たちが意図的に流した誤情報と完全に一致していた。
「地方への還元率が実際よりも低く書かれている……やはり、あの情報が漏れたか。」翔は確信した。
◇
「証拠が揃った。」翔はフリーデリケに報告した。
「地方領主たちに渡った情報と、クラウゼとゲオルグの通信記録、そして昨夜の密会の目撃情報。全てが一致する。内通者はクラウゼだ。彼は以前から保守的な思想を持っており、改革案に反対する発言を繰り返していた。保守派の支持を受けている人物で、最近は羽振りも良くなっていたという噂だ。」
フリーデリケの声には怒りが滲んでいた。「どう対処するつもり?」
「まずは証拠を王に突きつけ、直接対決を挑む。」翔は静かに言った。
「彼が改革を妨害している現実を突きつければ、少なくとも宮廷内での彼の影響力を削げるかもしれない。」
フリーデリケは少しの間翔を見つめた後、深く頷いた。「分かったわ。あなたを信じる。」
◇
クラウゼの裏切りが明らかになると同時に、王の関与も徐々に白日の下に晒されていった。しかし、王は改革を直接阻む動きを止める気配を見せなかった。翔とフリーデリケは、民衆の力を借りることで、王を更なる孤立へ追い込む作戦を立てる必要に迫られていた。
改革の妨害が続く中、翔たちは次なる一手を模索しながら、戦い続ける覚悟を固めていくのだった。
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