番外編~パティシエールと王子様~

番外編〜パティシエールと王子様〜①

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※遅くなってしまいましたが番外編を追加させていただきたいと思います。

長いので4日間の更新となります。

ご興味がありましたら、覗いてみてくださいね。


*****






「あの、創さん。こんなところではちょっと」


「はぁ!? こんなところって、俺と菜々子だけなんだから、別に何をしたっていいだろ?」


「いや、まぁ、そうなんですけど。あっ、ちょっと、創さんッ。まっ、待ってくださ~い」


「さんざん待たされたんだ。無理に決まってるだろう。もう、諦めろ」


「……ひゃん」


 現在、一体どういう状況なのかというと。


 つい数時間前に、ここロサンゼルスの地に降り立った私と創さん、そして愛梨さんとは、天高くそびえ立つビル群を窓の外に眺めつつ、ゆったりと寛げるおしゃれな一軒家のひっろいリビングダイニングで仲睦まじく過ごしているところだ。


 ……と言いたいところだけれど。


 本当は、ロサンゼルスの地に着いてから今の今まで、愛梨さんがすぐ傍に居るせいで、創さんが色々と仕掛けてこようとするのを交わすのに失敗し。


 とうとう、ふかふかのソファへと押し倒されてしまった挙げ句、耳にふうと息まで吹きかけられたところだ。


 けれども、まだこれだけじゃ済まないのだった。


 これまでのようにカメ吉としてそこに居たのとは違って、目には見えないけれども、確かに愛梨さんはこの空間に居て。


【あらあら、菜々子ちゃんったらぁ。もしかして私のことが気になっちゃってるのかしらぁ。もう、本当に初心なんだからぁ】


(いやいや、だって、見えないけど、そうやって意識にすーっと入ってこられちゃったら。そりゃ恥ずかしいなんてもんじゃないと思うんですけどッ!)


 創さんに耳を攻められながらも、愛梨さんに心中で猛抗議するも。


【あらあら、ごめんなさい。見えないから大丈夫かなーって思ったんだけど。そうね。そうよね。じゃあ、ごゆっくり~】


 あっけらかんとした声が返ってくるだけで、実像が見えないモノだから、本当にこの場から居なくなったのかの確認のしようがないから質が悪い。


 そんな有様なので、目の前に居る創さんに集中し切れていない私の様子が面白くなかったようで。


 創さんは王子様然としたイケメンフェイスを訝しげに歪めさせてしまっている。


 ーー怒らせちゃったんだ。どうしよう。


 なんて思っている間にも、


「どうしたんだ? 飛行機に乗る前から様子も少し変だったし。もしかして、ここまで着いてきたことを後悔してるのか?」


そういって追及してきた創さんの顔がどんどん陰ってゆく。


 ーー違う。


 そういって誤解を解きたいのに。


 それを阻むように、そこにまた創さんの声が放たれて。


「だったら、ハッキリ言ってほしい。もう、菜々子の嫌がるようなことはしたくない」


 ハッキリ言って欲しいという言葉とは裏腹に、


『本当はそんなこと言って欲しくない。違ってて欲しい』


そう言われているような気がした。


 ついさっきまで気にかかってしようがなかった愛梨さんのことなどどこかに吹き飛び。


「どうしてそうやって悪い方にばかり考えちゃうんですか? そんな訳あるはずないじゃないですか。飛行機も初めてだったし、ましてや外国なんて初めてなんだからしょうがないじゃないですか。だからもう、そんなこと心配しないでください」


 うっかり者の私らしく、ガバッと起き上がって創さんの言葉を打ち消してしまうのだった。


 すると、すぐにホッとした表情の創さんがどうした訳か、急につらつらとしゃべり始めて。


「そうか、菜々子にとって、俺と体験した何もかもが初めてだったんだなぁ。なら、菜々子の初めては全部俺のものって訳だよな? それに、菜々子自身も俺だけのものになってくれたんだし。もう遠慮なんて要らないんだよなぁ? これからはずっとずっと俺だけのものなんだよなぁ?」


とっても嬉しそうに何度もそうやって確認をとってくる。


 それがなんだか可愛らしくて、思わず笑みを零しつつ、


「ふふっ、はい。そういうことになりますねぇ」


脳天気にそんな言葉を返したのだけれど。


「だったら、時間もたっぷりあることだし、気が済むまで可愛い菜々子のことを独り占めしてもいいんだよなぁ? 幸いなことに、さっきハウスキーパーにも菜々子が居るから食材の手配だけでいいと言ってあるから、二、三日は邪魔者は居ないし」

「……いや、その」


 なにやら怪しい雰囲気になってきて、今すぐ襲いかかってきそうな勢いの創さんを前に、私はあわあわすることしかできないでいる。


 だって、愛梨さんがどこに居るのかサッパリ分からないのだから無理もない。


 でも、創さんの気持ちだって分かる。


 私だって、できることなら、創さんとこうやってずっとずっとくっついていたいし。


 つい数十時間前のように、大好きな創さんに何もかもを委ねてしまいたいって思ってもいる。


 いくらそうしたいって思っていても、愛梨さんのあの肖像画が脳裏にちらついて理性にストップをかけてくるのだ。


 ……といっても、ずっとこんなことをやってたら創さんだって不審に思うだろうし、嫌われてしまうかもしれない。


 ーーそんなの嫌だ。


 やっと誤解も解けて、今こうして創さんと一緒に居られるっていうのに。


 ーーもうこうなったらヤケクソだ。


 愛梨さんの姿だって見えないんだし、居ないものと思い込んじゃえばいいだけのことだ。簡単、簡単。


 やっと覚悟を決めた私が無意識にギュッと閉ざしてしまっていた瞼を開け放った刹那。


 一体どうしちゃったのか、私の身体からすっと退いてしまった創さんが、イケメンフェイスに溢れんばかりの大輪の笑顔を綻ばせてから。


「菜々子は本当に初心で可愛いなぁ」


 堪らないって言うような声で、そんなことを独り言ちるように呟いたかと思うと、続け様に、今度は悪戯っ子のような声音で、


「でも、安心しろ。空港で、ヤリ逃げだとか言われたお返しをしてただけだ」


これまでのあれこれの種明かしをしてくれた。


 どうやらさっきまでの創さんの言動は、空港で恥ずかしい発言をしてしまった私への報復だったらしい。


 ーーええ!? せっかく覚悟を決めたところだったのにぃ。


 なんだか拍子抜けだ。


 いや、拍子抜けを通り越して、創さんの意外すぎた言葉に私はがっかりしてしまっている。


 あんなにオロオロしてたクセに、身勝手なものだと自分でも思う。


 そんな身勝手なことを思ってしまっている私のことをそうっと抱き起こした創さんは、ソファに座った自分の脚の間に私を挟むようにして固定すると、あっという間に私の身体を背後から抱き包んでしまった。


 お陰で、創さんが口を開くたびに微かな振動ばかりか、あたたかな体温までが伝わってくる。


 そして心臓までもがバクバクと煩いくらいに暴れ出してしまっている。


 たったこれだけのことでこんな有様だというのに、よくもまぁ、拍子抜けなんてできたものだ。


 身勝手な自分に心底呆れ果てている間にも、創さんの話は続いていて。


 自然に、私の意識もそちらへと集中していった。


「まぁ、確かに、菜々子に夢だなんて思われたくなかったし。もう、二度と逢えないって思っていたからなぁ。言われたとおり、さんざんエッチなことをしたって自覚もある」

「……ッ!?」


 そうして創さんの口から飛び出してきた、あの夜のことを彷彿とさせる言葉に。


 ーー一体、何を言おうとしているんだろうか。


 と、絶句し、全身を真っ赤かにして身を竦めていたところに。


「だから、こっちの暮らしに慣れるまでは、菜々子の身体に負担をかけるようなことは控えようと思ってるから安心してほしい」


 またまた意外な言葉が出てきたものだから私は呆気にとられてしまっている。


 まさかそこまで大事にしようと思ってくれているなんて思ってもみなかったからだ。


 勿論、身勝手すぎるって自分でも盛大にツッコミを入れてしまいたいくらいに、これ以上にないくらい残念に思ってしまってもいる。


 あんまりがっかりしてしまっていたせいか、そういうのが態度にというか、表情に表れていたのかもしれない。


 おそらく、いいや、絶対に。


 うっかり者の私のことだから、そうだったに違いない。


 黙りこくってしまった私の耳元に、「ふっ」と小さな笑みを零した創さんに、


「もしかして、がっかりしてるのか?」

「……ッ!?」


見事に言い当てられてしまったのだから、そうだったのだろう。


 図星をつかれ、再び真っ赤かに赤面した顔を隠したくとも、創さんにスッポリと包み込まれているせいで、顔をそうっと背後から覗かれても、逃げ場もない。


 ただでさえこの至近距離にドキドキしてるっていうのに、これ以上何かされたら心臓が止まっちゃいそうだ。


 それを察してか、すぐに覗くのをやめてくれた創さんに、今度はもっと強い力で抱き寄せられていた。


 すると、ピッタリと背中にくっついている創さんの胸からも忙しない鼓動の振動が伝わってきて。


 ーー私だけが緊張していて、余裕がない訳じゃないんだ。

 

 自分と同じように創さんもドキドキしていることが窺えて、安堵したのか少し羞恥と緊張感が和らいだ気がする。


 少しだけ余裕を取り戻した私の元に、再び創さんの優しい声音が届いて。


「菜々子は処女のクセに、妙に積極的なところがあったもんなぁ。俺だって、童貞だったんだから言えたことじゃないが」


 初めてのあの夜のことを思い出しているのかクスッと笑みを零したようだったけれど、またすぐに穏やかな声音を響かせた。


「そういえば。これまでも、菜々子には驚かされてばかりだった気がする」


 そんなことを言われても、思い当たることと言えば、うっかりやらかしたことしか浮かんではこない。だから。


「……色々とやらかしてしまいましたもんねぇ」


 身を竦めて自嘲気味にそう返すことしかできない。


 けれど、そういうことを言っているのではなかったようで、創さんによってすぐに打ち消されてしまうのだった。


「いや。俺が言いたいのは、そういうことじゃなくて」


 その後に放たれた創さんの言葉がこれまた意外なものだったために、私は度肝を抜かれることとなる。


「こんなことを言ったら、菜々子に笑われてしまうかもしれないが。


子供の頃からカメ吉がいつも傍に居たせいか。どこかに行くにも、カメ吉が一緒じゃないと心細いような気がして、少しも落ち着けなくて。カメ吉をずっと手放せなかったのに。


どういうわけか、菜々子と一緒に居ると、すごく落ち着けるんだ。だから、その、うまく言葉で説明はできないが。


こうやって、菜々子の傍に居るだけで、充分満たされるから、この前みたいにエッチなことをしなくても平気だって言うことであって、菜々子に触れたくないとかそういうことじゃないから、誤解しないで欲しい」


 勿論、そんなふうに想ってもらえたことにもそうだし。


 不安な気持ちを察して先回りして不安要素をなくそうと、努めてくれようとしていることにも物凄く驚いたけれど。


 それは元を辿ればきっと、私の傍に、幽霊となった愛梨さんの存在があったからなのだろうと思う。


 それを創さんがカメ吉に憑依してたらしい愛梨さんのことをなんとなく感じ取っていたことになおさら驚いた。


 今、愛梨さんの声が聞こえてこないっていうことは、愛梨さんが恥ずかしがっていた私に気を利かせて、どこかに行ってくれているからなのだろう。


 もしも、今の創さんの言葉を聞いたら、愛梨さん、きっと喜ぶだろうなぁ。


 大喜びしすぎて泣いちゃったりして。


 それに、創さんは、母親である愛梨さんにはもう二度と逢えないって思っているだろうから。


 幽霊になった愛梨さんがすぐ傍に居るなんて言ったら、メチャクチャ吃驚するんだろうなぁ。


 けど、もしかしたら、私の言葉を信じてくれて、凄く喜んでくれたりして。


 始めは吃驚しちゃったけど、時間が経つにつれ、なんだか私まで嬉しくなってきて、いてもたってもいられないような気持ちになってきた。


 ーーもう、言っちゃってもいいよね? 言っちゃえ言っちゃえ。


 心の中で自問自答して、愛梨さんのことを創さんに話そうと思い立った私の頭の片隅に、つい数十時間前のフライト中の機内で、愛梨さんと交わした会話が浮かんでくるのだった。


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