王子様への想いが溢れてとまりません

第43話 王子様への想いが溢れてとまりません


 言い終えた創さんは私のことを尚もぎゅうぎゅうと掻き抱くようにして抱き竦めてくる。


 その様は、まるで……。


 さっきの言葉同様に、私のことを失いたくない。ずっとずっと傍に居て欲しい。一人になりたくない。俺には菜々子しか居ない――。


 そう言われているようで。


 ――そんなにも私のことを好きになってくれてるんだ。


 そう思うと感極まって、言葉も身動ぎでさえもできない。


 ただただ抱きしめられている私の胸はたちまちキューンと高鳴り、あたたかなもので満たされてゆく。


 夢見心地状態に陥ってしまっている。


 けれども相変わらず大きな勘違いをしている創さんの抱擁はどんどん強められてゆく。


 それだけ創さんが必死なんだと思うと、嬉しい気持ちと、苦しい気持ちとが半々。


 しばし双方のせめぎ合いが続いて、いよいよ苦しさに堪えきれなくなってしまい。私はどうにか声を絞り出す。


「……あっ、あの、創さんッ。クッ、クルジイデスッ」


 そうしたら、僅かにピクリと反応を示した創さんが慌てて私のことを腕から解放した。


 そうして私の両肩にそれぞれ手を置いたまま肘を伸ばすことで、思い切るようにして自分から私の身体を引き剥がすと、やけに素直に謝ってくる。


「……わっ、悪かった。菜々子の気持ちを無視するようなことを言って」


 終いには。


「……今更、身勝手すぎるよな」


 自嘲でもするかのように独り言ちると、シュンとした様子で肩を落として頭まで垂れてしまっている。


 出逢った当初は、あんなに感じが悪くて、いつも不機嫌そうで、馬鹿にされたり、面白おかしくからかわれたりもした。


 身勝手な振る舞いには、何度腹を立てたか分からないくらいだ。


 でもそれと同じように、ただ不器用なだけで、本当は心根の優しい人だってことにも、幾度となく気づかされた。


 私には創さんを好きだという自覚がなかっただけで、きっとそのたびにどんどん好きになっていたのだろう。


 この胸には、もうおさまりきらないくらい、創さんへの想いが膨らんでしまっているようだ。


 これまでの創さんとのことが脳裏を掠めて、それと一緒に募りに募っていたらしい創さんへの想いが堰を切ったように溢れて止まりそうにない。


「……身勝手なこと言って、悪かった。どうしたいかは菜々子に任せる」


 感極まってしまっている私の耳に、いまだシュンとしている創さんのいつになく頼りない声が届くなり、私は創さんの胸へと飛び込んでしまっていた。


 そんな私の突飛もない行動に驚いたように、ビクンと肩を跳ね上げた創さんからは、同様の驚いた声が飛び出してくる。


「菜々子? どうした?」


 その声でさえも、愛おしいと想ってしまう私は、相当創さんのことを相当好きになってしまっているらしい。


 改めて創さんへの自分の気持ちを再確認してしまった私は、創さんのあたたかな胸にしがみついたまま声を放つのだった。


「私だって、創さんに負けないくらい、創さんのこと好きですよ? なのに、今更そんなこと言われても困ります。最後まで責任とってください」


 すると創さんが何故か私のことを自分の胸から引き剥がして、正面から真っ直ぐに見据えてくる。


 その怖いくらいに真剣な眼差しに捉えられてしまった私は、いつしか涙に濡れていた頬もそのままに創さんを見つめ返すことしかできないでいる。


 そんな私に向けて創さんから、


「それって、予定通り俺と結婚して、これまで通り俺の傍に居てくれるって意味だよな?」


そう言って念押しされて。


 ――それ以外に、どういう意味があるっていうの?


 とは思いつつも、創さんに向けてコクンと頷いてみせる。すると。


「……それって俺にどう……否、菜々子がそう言ってくれるのなら、なんだっていい」


 一瞬、私の視線から不意に視線を逸らして、何かを言いかけたようだった。けれど。


「分かった。責任とって、一生俺の傍に置いてやる。後になって、気が変わった……なんて言っても、撤回なんてしてやらないからな」


 すぐにいつもの創さんらしい少々強引な上から口調で宣言されてしまった私は、すぐさま「はい」と即答していた。


 これでやっと誤解が解けたとホッとした心持ちで胸を撫で下ろそうとしていた私の身体がふわりと浮遊する。


 気づいたときには創さんによって、お姫様抱っこの体勢で見下ろされていた。


 再び脳裏での、あの、『今夜は寝かせる気はないから安心しろ』発言の再生により、私の全身が瞬く間に真っ赤に染め上がってゆく。


 たちまち私の鼓動までがドックンドックンと早鐘を打ち始める。


 頭までクラクラとしてきて、酔ってしまいそうだ。


 その間にも、創さんの長い足を活かした歩みはずんずん進んでいて、あっという間に寝室のベッドの上へと横たえられる。


 見上げると、顔の両側にそれぞれの手をついた創さんによって、逃がさないというように、しっかりと組み敷かれていたのだった。


ついさっきまであんなにシュンとしていたというのに、創さんはもうすっかりいつもの調子を取り戻しているようだ。


 どうやら、本当に寝かせる気などないらしい。


 この日は、少々予想外なことが立て続けに起こってしまったために、私はすっかり忘れてしまっていた。


 お風呂に入った時、着ていたワンピースが洗濯機で洗えるかの確認をしていて、ついでにポケットの中を改めたら出てきた、携帯電話らしき数字が書かれたメモを見つけたことを。


 おそらく創太さんの仕業に違いないと判断し、そのままゴミ箱に捨てたということを。


 そしてそれを、念の為、創さんの耳に入れようとしていたことをーーうっかり者の私はすっかり失念してしまっていたのだった。


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