恭平兄ちゃんに反対されてしまったことで、そんな大事なことをすっかり忘れてしまってた私は、心の準備なんて当然できてなどいない。

　そこへきての創さんからの指摘に益々赤くなり、大パニックに陥ってしまっている頭の中は。

　――ど、どうしよう。

　その言葉だけで埋め尽くされてしまっている。

　そんな有様の私は、キッチンとリビングダイニングとの狭間で立ち尽くし、あわあわしていることしかできないでいる。

　数秒後、私の視界には、スラリと長い足を活かして、おおよそ一メートルほどの距離まで歩み寄ってきた創さんの姿があった。

　あまりの羞恥に創さんから目を逸らしたくても、どういうわけか、それさえもできずにいる。

　その間にも、私との距離をゆっくり焦らすようにして詰めてくる創さん。その姿が視界に映し出されていて、まるでスローモーションの映像でも見ているようだ。

　心の準備も何も整っていない私にはそう見えていただけで、実際にはそんなにゆっくりではなかったに違いない。

　とにかく、そういう余裕のない状態だった私の胸の鼓動はピークに達していた。

　耳元まで響いてくる鼓動の音がやかましくて仕方ない。

　そんな中、とうとう眼前まで迫ってきた創さんが私の視線まで長身を屈めて至近距離から見下ろしてくる。

「……もしかして、昼間俺が言ったことを思いだしてテンパってるのか？」

　ーー私の心の中を勝手に覗かないでくださいッ！

　そう言って、思わず抗議してしまいそうになるくらい、的確に図星をついてきた。

　私は吃驚するやら恥ずかしいやらで、もうこれ以上赤くなりようがないってほどに真っ赤かになって、口までパクパクさせてしまっている。

　これじゃあまるで金魚だ。

　いつもみたいに、面白おかしくからかわれてしまうに違いない。

　余裕がないながらも頭の片隅でそんなことを勘案している私の身体が、不意に何かによって包み込まれていた。

　何か、なんてそんなの、ここには創さんと私しか居ないのだから、創さんに決まっている。

　けれど、創さんがまさかそんな行動に出るとは思ってもみなかった。だから、私の頭の中には疑問符だらけだ。

　驚きすぎて羞恥なんてどっかに吹き飛んでしまっている。

　そんな私の耳には、これまた予想外な創さんの言葉が飛び込んできた。

「……あれは、菜々子が俺を好きだと自覚してくれたことが嬉しくて、あんなことを言ってしまったが、そんなこと気にしなくていい」

　――ん？　それって、どういうこと？　

「あっ、あのっ」

　創さんの言葉の意図が掴めなくて、口を挟もうとしたのだけれど……。

「菜々子の気持ちも分かるが、先ずは俺の話を聞いてほしい」

「……は、はぁ」

　私の言葉に被せ気味に、そう言ってきた創さんによって制されてしまっては口を噤むしかなかった。

「元々、菜々子が従兄のことを好きなことは分かっていたんだ」

　けれども、話はそれるどころか、創さんの中では、私が恭平兄ちゃんのことを好きなことになっていて。

「あのっ、創さん。恭平兄ちゃんの」

「いや、分かる。分かるがちょっとまってくれ」

やっぱり黙っていられなくなってきて口を挟んだ言葉も、またもややけに必死になって私の言葉に被せてくる創さんの言葉によって制されてしまい。

「菜々子の気持ちも分かるし、菜々子には悪いとは思う。だが、こんなことで諦めるつもりはない」

「――!?」

　どんどん飛躍してしまった創さんの言葉に驚きすぎて、もはや返す言葉も失ってしまった私に向けて、尚も必死な様子で少々強引な上から口調で宣言する。

「菜々子には、予定通り俺と結婚してもらう。勿論、これまで以上に優しくして、もっともっと俺のことを好きになってもらうつもりだ。いいや、絶対に。この俺が従兄のことなんて忘れさせてやる」

　終いには、創さんの勘違いに困惑しきりの私のことをぎゅうっと強い力で抱きしめつつ。

「だからこれまで通り、俺の傍に居て欲しい。俺のことをもう一人にしないでくれ」

　あたかも小さな子供がだだをこねるような口ぶりで言い切ってしまったのだった。