王子様の気遣い?

第34話 王子様の気遣い?

 知らず知らずのうちに、膝上で軽く握ってたはずの手には力が入り、いつしか握り拳になっていた。


 掌には、いつしか爪が食い込んでしまっている。


 そんな私に向けて、正面の創さんから声がかけられた。


「……菜々子? 顔色が優れないようだが、大丈夫か?」


 そちらを見やると、とても心配そうな面持ちをした創さんの視線と自分のそれとがかち合い。


 そこで、自分の本来の役目を思い出した私は、慌てて取り繕いにかかった。


 ――危ない危ない。


 このままじゃ、貴子さんに何かあると勘ぐられてしまう。そんなことになったら修羅場になっちゃうよ。


 ここはちょっと新鮮な空気でも吸って、リフレッシュ、リフレッシュ。


 なんて、妙案を思いついたとばかりに口を開いたまでは良かったものの。


「あっ、いえ。昨日から緊張しちゃって、寝不足なだけなんで、大丈夫です。それより、お手洗いに……」


 これじゃあまるで、トイレを我慢していたみたいで、急に恥ずかしくなってきた。


 私は創さんの視線からも逃れるようにして、俯いて膝の辺りをじっと見つめることしかできないでいる。


 そうしたら、いつもうっかり者の私の様子から何かを察した風な創さんから。


「そうだな。ずっと緊張してたもんなぁ。食事も済んだし。親父、菜々子が疲れたようだから、気晴らしに家の中を案内してきてもいいよな?」


「あぁ、もちろん」


「ということで、少し中座させてもらいます」


 間を置かずに、創さんからなんともスマートなフォローがなされて、一時休戦と相成ったのだった。


 とはいえ、羞恥はすぐに拭えなくて、エスコートしてくれる創さんに倣って歩みを進める足の動きがまるで、ロボットのようでぎこちない。


 ぎこちないながらも出入り口まで歩を進めたところで、依然空気と化して控えていた菱沼さんに、創さんが何やら目配せをしていたけれど。


『ついてこなくていいから、様子を見てろ』とでも伝えていたのだろうか。


 菱沼さんは、私たちに深々と一礼して静かに見送ってくれていた。


 そういえば、父親のことにばかり気をとられていて、すっかり忘れるところだったけど。


 愛梨さんがさっきから静かなのは、食事の席ということで、ペットのカメ吉は応接室でお留守番をさせられているからだ。


 まぁ、でも、いくら死に別れているとはいえ、ご当主が後妻と寄り添う姿を見るのは、結構ショックだったようだから、良かったのかもしれない。


 そうやって余計な勘案をしていた私は、いつの間にやら、おそらくお手洗いなのであろう扉の前まで来ていて、そこで。


「ついたぞ」


 創さんの声を聞いて初めて。


 創さんとふたりきりで、しかも、さも当然のことのように腰に腕を回され、寄り添うようにしてピッタリとくっついてことに気づくという、相変わらずのお間抜けぶりだった。


 それをまた。


「どうした? トイレに来たかったんだろ? それとも、俺にこうやって、甘い言葉でも囁いてほしかったのか?」


 わざと耳元に息を吹きかけつつ、いつものからかい口調で面白おかしく茶化されてしまい。


「……ちっ、違いますッ! それより、もうちょっと離れててください。いいですか? 私が出てくるまで、ずっとそこにいてくださいね?」


「ハハッ、はい、はい。分かった、分かった」


 見るからに茹で蛸のように真っ赤にさせられてしまった私は、トイレに逃げ込むようにして飛び込む羽目になった。


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