いざ、出陣!?
第30話 いざ、出陣!?
私の珍獣発言に、豪快に笑い出してしまった桜小路さん。
その身体の上で、私はなんともいたたまれない心持ちで過ごしていた。
ーーそんなに笑わなくったっていいじゃないか。
どうせ笑うんなら、私のことを解放してからにして欲しい。
そうじゃないと、桜小路さんが笑うたびに、振動が伝わってくるから、余計にいたたまれない気持ちになってくる。
文句を言って解放してもらいたくとも、桜小路さんの笑いは、まだまだ収まりそうにない。
――もう、ほんと、勘弁して欲しい。
とうとう我慢の限界点を突破した私は、桜小路さんの口を両手で塞いでしまおうと、飛びかかった。
けれどすぐに私の動きを察知した桜小路さんは、私の身体を尚もギュッと強い力で抱き寄せるのだ。
両足まで使って、ガバッと蟹挟みのような妙技まで繰り出してきた。
結果、さっきよりも身体がピッタリと密着してしまっている。
当然、上半身だけではなく、あの部分も。
「ギャ――ッ!?」
二十二年の生涯の中で、最大限に羞恥を煽られ、キャパオーバーとなってしまった私は真夜中だというのに、ド派手な叫び声をあげてしまっていた。
さすがの桜小路さんも、これにはかなり驚いてしまったようだ。
さっきまであんなに豪快に笑っていたのに、私の悲鳴と同時に、桜小路さんの動きと笑いがピタリとおさまった。
――そんなにすぐ止められるんなら、早く止めてくれれば良かったのに。
そう胸の内で悪態をついていると桜小路さんが動く気配がして。
私の様子を窺ってきた桜小路さんは、今度はやけに慌てた様子で、私のことを素早く解放してくれた。
元の場所に戻してもらった私が、やっと解放されたと、ホッと胸を撫で下ろしているところに桜小路さんのやけに申し訳なさげな声音が届く。
「……菜々子、悪かった。少々はしゃぎすぎたようだ。もう笑ったりしない。だから機嫌を直してほしい」
いつしか無意識に閉ざしてしまっていた瞼をそうっと上げてみる。
するとそこには、えらくシュンとした表情で私の様子を窺っている桜小路さんの姿があった。
たちまち私の胸は、キュンとときめいてしまう。
――恐るべし、イケメンフェイス。
「……べ、別に、機嫌を損ねた訳じゃありませんから、謝らなくてもいいです。そ……それより、男の人が、どういうときに……そう……なっちゃうのか……教えて……くだ……さい」
桜小路さんに動揺を悟られたくなくて、なんとか空気を変えてしまおうと、考えなしに声を放ってしまった私は、本当にうっかり者だと自分でも思う。
勢いで放ってしまったものの、段々恥ずかしくなってきて、声は途切れ途切れだし、次第に尻すぼみになっていった。
その上、桜小路さんの視線からも逃れるようにして、桜小路さんのパジャマの第一ボタンに視線を固定してしまっている始末だ。
こっちから訊いておいてなんだけど、本当は、その答えを聞くのも、どうにも憚られる。
耳を覆ってしまいたい衝動に駆られるのをなんとか抑え込んでいると、不意に桜小路さんの胸にそうっと優しく抱き寄せられた。
今度は一体何をされるんだろうかと、ビクビクしていると。
桜小路さんからは、意外な言葉が返ってきて。
「今はまだ知らなくてもいい。そんなことより、お前は早く寝ることだけに集中しろ」
その声音が殊の外優しいものだったから、不意打ちでまた、胸がキュンと切ない音色を奏でた。
「それから明日、お前を恋人として紹介するんだから、俺のことは名前で呼ぶこと。いいな?」
けれども、すぐに桜小路さんのことを名前で呼ぶという新たなミッションを言い渡されてしまい。
もうそのことで頭がいっぱいになってしまった私は、それどころではなくなってしまうのだった。
「――へッ!? そっ、そんなのいきなり無理ですッ!」
「前にも言ったが。俺の辞書には『無理』なんて言葉は存在しない。呼べないなら、呼べるまで練習させてやろうか?」
「……ッ!?」
「どうする? ん?」
「……ぜ、善処します」
「そんな言葉を聞きたいんじゃない。ほら、言ってみろ」
「……は、は、は」
「お前、今からくしゃみでもする気か?」
「……はッ、は、じ……め……さん」
「しょうがないな。今はそれで許してやる。ほら、寝るぞ」
再び桜小路さんとの不毛な攻防が続くのかと思いきや、王子様然としたイケメンフェイスをフル活用して、眼前に迫ってきた桜小路さんに、呆気なく敗北することとなった。
言い慣れないのもあり、無性に恥ずかしかったし、無理矢理言わされた感満載だったけれど。
言い終えた瞬間ギュッと抱きしめてくれて、ご褒美のように頭まで優しく撫でられてしまえば、もうどうでも良くなっていた。
向かい合って横になった体勢で抱きしめてくれているお陰で、そこまで密着することもなく。
程よい密着度によってもたらされる、桜小路さんのぬくもりと穏やかな心音のお陰で、記憶は曖昧だけど、私はいつしか眠りの世界へと
そうしてとうとう私にとっては、決戦とも言える、顔合わせの日を迎えたのだった。
昨夜はなかなか寝付けなくて、貫徹だと覚悟していたはずが、朝の目覚めは頗る快調だった。
心なしか、いつもより頭もスッキリしているような気がする。
チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえてきそうな五月の季節に相応しい、とっても爽やかな朝。
目を覚ましたばかりの私は、まだ夢の中の桜小路さんの腕から抜け出して、「う~ん」なんて言いつつ、両腕を思いっきり広げていた。
その横で、寝起きの頗る悪い桜小路さんはモゾモゾと布団の中に潜り込んで、イモムシと化している。
今日の寝起きは、一段と悪そうだ。
いつもだったらさっさと寝ちゃうのに、昨夜は、ずっと寝ないで私のことを気にかけてくれていたせいだろう。
きっと、うっかり者の私が貫徹なんかして、ご当主との顔合わせの席で、何かをやらかすんじゃないかと気が気じゃなかったに違いない。
そういう裏があるからだってことは、重々理解してはいるんだけど……。
王子様然とした桜小路さんに、なんやかんや言いながらも、優しく気遣ってもらったら、やっぱり悪い気はしない。
だからって、桜小路さんにお礼なんか言った日には、『勘違いするな』って言われるのは目に見えている。
だから面と向かっては言えないけど、胸の内でコッソリ感謝しつつ、依然イモムシ状態の桜小路さんの身体を布団ごとゆすって、起こしにかかった。
平日は特に何も言われてはいないからこんな風に起こすことはないが、休日は起こすように、と本人に命じられているからだ。
「桜小路さん。そろそろ起きないと、食後のコーヒーゆっくり飲めませんよ」
「……うっさい。もう起きてる。少し横になってるだけだッ!」
「じゃあ、先に行ってますね?」
「……あぁ」
休日の朝の恒例となってしまった寝起きの頗る悪い桜小路さんとのやりとりを経て、この日は始まった。
***
現在の時刻は、おそらく午前十時を少し回った頃だろうか。
約束の時間の十分前には、桜小路家へと到着したから、それくらいだろうと思う。
退院した時と同じ、専属の運転手である鮫島さんが運転する黒塗りの国産高級車に揺られること数十分。
田園調布の一等地に位置する桜小路家へと辿り着いた。
流石は天下の桜小路家。
一体どこまで続いているのだろうか、と思うくらいの広範囲を高い塀でグルリと囲まれていた。
これ本当に一般の家ですかと思うくらい、重厚な門構えの、それはそれはオシャレで立派な西洋風の豪邸だった。
お陰で、私はさっきから緊張しっぱなしだ。
桜小路さんに手を引かれてここまでやってきた私は、まるで連行でもされてるように周囲から見えていたことだろう。
その後ろには、執事兼秘書の菱沼さんと、勿論カメ吉の姿をした愛梨さんも一緒だ。
私たち一行は、出迎えてくれた使用人の女性に応接室へと案内された。
そうして現在、これまた広い応接室の、アンティーク調のふわふわのソファで桜小路さんもとい、『創さん』と隣り合って寛ぎながら、ご当主の登場を今か今かと固唾を呑みつつ待っているところだ。
因みに、菱沼さんは、私と桜小路さんの座っている中央に置かれた応接セットから少し離れた出入り口に近い場所で、空気と化して控えている。
そしてその手には、カメ吉専用の水槽が大事そうに抱えられていて。
【何年ぶりかしら。これから創一郎さんに会えると思うと緊張しちゃうわぁ。あらヤダッ! どうしましょう。私ったらすっぴんだわぁ】
さっきから大はしゃぎの愛梨さんは自分が亀だというのも忘れ、キャッキャと騒いでいる。
お陰で、ほんのちょっぴり緊張感が和らいできた。
少々余裕をかました私が調子に乗って。
『イヤイヤ、愛梨さん。化粧なんて必要ないですから』
心の中で、愛梨さんに突っ込んでいると、突如出入り口のドアがガチャリと音を立てた。
その瞬間、緊張感が一気に跳ね上がり、もうドキドキしすぎて口から心臓が飛び出してしまいそうだ。
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