突然の暴露

第17話 突然の暴露

 あれから、菱沼さんに諸々の経緯を聞かされていた私は、驚きのあまり、事故に遭った時と同じように危うくブラックアウトしてしまうところだった。


 それは、聞かされた事があまりに現実離れしていたからでもあった。


 故に、またまたご冗談を、全部あなた方の勘違いですから。


 そうとしか思えなかった私は、向かいのソファに座っている菱沼さんに、自信満々で全否定した。


「……あの、それ、何かの間違いですよ。絶対」


 するとやけに真剣な表情をした菱沼さんは、背広の懐から何かを取り出す素振りを見せると。


「なら、これを見てみろ」


 ガラス張りのテーブルにすっと滑らすようにして、一通の古びた手紙と色褪せた一枚の写真をこちらに差し出してくる。


「……あのう、これはなんですか?」


 途端に、さっきまでの勢いが削がれてしまう。私は恐る恐る訪ね返した。


 おそらくそれらは聞かされた話が事実であることを裏付けるモノだろうという察しはつくが、そんなモノ、いくらでも捏造しようと思えばできるだろう。


 でも、そこまでするメリットが菱沼さんや桜小路さんにあるとも思えない。


 もしかして、という思いから、急に怖くなってしまったのだ。


 シングルマザーだった母からも伯母夫婦からも、私の父親についての話は一度だって聞いたことがなかった。


 おそらく私が知らないほうがいいと思ってのことだったんだろう。


 だから、父親の事を聞くのが怖くてどうしようもなかった。


 だが一方では、自分の父親のことを知りたいという気持ちだってある。


 胸中で、なんとも複雑な心情が飛び交っている。その最中、菱沼さんから予想通りの返答が戻ってきた。


「それは、お前の母親である、藤倉愛子さんがお前の父親に宛てた手紙だ。その写真はその手紙に同封されていたようだ。その写真に覚えがあるだろう?」


 正直、見るのは怖い。


 けれど確かめてみないことには何も分からないままだ。


 意を決した私は、引き寄せた写真を恐る恐る手に取ってみた。


 その写真には、『パティスリー藤倉』の店先で、母親に抱かれた私の姿が写っている。おそらく五歳くらいの頃のものだろう。


 そして手紙には、確かに母の字によく似た少し右上がりに書かれた文字で、父親と思われる人物に向けて、幼い私の事が詳細に記されていた。


 勿論、父親と思しき男性の名前もフルネームで記されている。


 その中には、私に宛てて送られてきた養育費についても触れられていた。


 文末には、【あなたには迷惑のかからないように、ちゃんと育てていきますので、どうか心配されませんように】と綴られている。


 どうやら菱沼さんからつい先程聞かされた事は、真実であるらしい。


 どうしてそんな話を菱沼さんが私にしているかというと、それは桜小路さんが私のことを結婚相手に選んだ……のではなく、利用しようとしている理由にあった。


 まず、私の父親は、桜小路さんの父親であるご当主の姉・桜小路貴子たかこの夫・道隆みちたかーー桜小路さんにっとて義理の伯父にあたるらしい。


つまり、私にとって桜小路さんは、義理ではあるが従兄ということになる。


 その道隆さんというのが、少々厄介な人物らしい。


 数年前、先代のご当主が亡くなって以来、人格者で優しいご当主であり現会長である創一郎そういちろうさんの人の好さと、自身の桜小路グループの社長職という立場を利用して、あれこれ口を出し、自分の意のままにしているのだという。


 なにより厄介なのが、自分が婿養子であるせいか、ご当主の実子である創一郎さんとその息子である桜小路さんのことをよくは思っていないらしい。


 故に、桜小路さんの継母と裏で手を組んで、創さんの腹違いの弟である創太そうたさんを次期当主にしようと企てているそうだ。


 それと桜小路さんと私との結婚に何が関係しているのかと訪ねたところ……。


「お前の父親は貴子様との結婚後にお前の母親と不倫関係になり、お前をもうけている。そのことを知れば、プライドの高い貴子様は離婚すると言い出すだろう。そうなれば、今まで手にしてきた地位も名声も水の泡だ」


 そう言ってきた菱沼さんはそこで一旦話を中断し、混乱気味の私に意味ありげな視線を寄越してきた。そうして。


「お前にはわからないだろうが、地位や名声を手に入れるために婿養子として長年耐えてきたんだ。それをみすみす棒に振るようなことはしないだろうからなぁ。それが日本最大の財閥系企業である桜小路グループとくれば、なおさらだ」


 同じ男として思うところがあるのか、同情するような口ぶりで語っていた。


 けれど、そんな身勝手な男の言い分なんてどうでもいい。


 今知りたいのはその先の事だ。


「そんなこと聞きたくありません。早く理由を聞かせてください」

「あぁ。だから、そこでお前の存在が大きな意味を持ってくる。つまり、お前がこちらに付いている以上は、創様に下手に手出しできないってことだ。いつ貴子様に、お前が隠し子であることをバラされるか分からないからなぁ。言い方は悪いが、お前は人質ということになる」


 自分で先を促したはいいが、それはなんとも残酷なものだった。


 生まれてからこれまで、存在さえ知らなかった父親のことを不意打ちで聞かされた挙げ句、その父親がかなりの野心家だと知らされ、それだけでも相当なショックだというのに。


 そこにきて、父親の弱みを握るための『人質』にされるなんて、そんなのあんまりだ――。


「そんなの嫌です。それに、父親だって言われても一度も会ったこともないし。私が娘だなんて分かるはずないじゃないですかッ!」

「あぁ、そんなことか。それなら心配ない。

確かに、遊びだった相手の名前なんていちいち覚えちゃいないだろうが、創様の結婚相手になる女に難癖付けるために色々調べ上げるだろうからなぁ。向こうの出方を待つだけだ」

「……そんな」

「ものは考えようだ。お前の母親もお前も結局はゴミくずのように捨てられたんだ。捨てた父親に復讐できると思えばいいじゃないか」

「……復讐なんて、そんなの嫌ですッ!」

「言っておくが、お前には拒否権はない。こうしてちゃんと拇印までしてあるんだ。創様との結婚にもすでに了承済みということになる」

「――騙したんですかッ!?」

「別に騙した訳じゃない。亀のお礼と言った俺の言葉に疑念を抱かなかったことも、書類をちゃんと確認しなかったのも、全部お前の落ち度だ。お前も二十二になる大人なんだ。泣いてばかりいないで、自分の尻拭いは自分でしろ」


 どうやらカメ吉を助けたお礼というのも、あの書類も、全ては私のことを利用するために巧妙に仕組まれたものだったらしい。


 おそらく私が遭ったあの事故の現場に菱沼さんたちが居合わせたのも、偶然じゃなく、私とコンタクトをとろうとしていたから、なのだろう。


 今更それに気づいたところで、後の祭りだ。結局は従うより他に道はない。


 こうして私は、『専属パティシエール』になるはずが『人質』として、桜小路さんと偽装結婚をする羽目になってしまったのだった。



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