第143話 最終準備

 簡易拠点の一室で着替えをする。

 黒のロンTにジーンズ。

 いつも通りの服装に思えるけれど、アマンダ曰くUDとダンジョンリンク社で共同開発した最新装備らしい。

 ごつい防具が苦手な俺のために、わざわざオーダーメイドしてくれたのだとか。

 ありがたい話だ。


(それにしてもすごいな、アマンダは。ダンジョンリンク社とのコネもあるなんて)


 いつものバックパックは持っていかない。

 不要なアイテムを持ち帰る必要がないからだ。

 管理局は「探索を許すのだからアイテムを持ち帰るのが筋」みたいなスタンスだったらしいが、アマンダが突っぱねたとかなんとか。


 代わりに小さなポーチを持っていく。

 バックパックと同様にバクナワ素材で作られていて、見た目よりもずっと多くのものを収納できる。

 中にはポーションなど緊急時に必要なものが詰まっていた。


 非常食なども持っていった方がいいんじゃないかと言われたけれど、現地調達すればいいからと断った。

 そのせいで春奈ちゃんには白い目で見られてしまった。

 俺の考えをあっさり見抜かれてしまったようだ。


(別世界のダンジョンの魔獣かぁ。どんな味がするんだろう)


 もちろん俺はキャンプをしにいくわけじゃない。

 でもその程度の楽しみは、あってもいいんじゃなかろうか。

 少しでも身軽にするために、持ち込むアイテムを最小限にしたいってのは嘘じゃない。

 食材の現地調達はやむを得ない選択なのだ、じゅるり。


 俺は右の腰にポーチを下げ、左の腰には剣を差す。

 これまたアマンダセレクションの剣だ。

 ドラゴンの素材で作られているらしく、かなりごつかった。


 俺はどちらかというと刀の方が好きなんだけど(格好いいから)、殺傷能力よりも頑丈さを優先したとのこと。

 実際、刀は一度折られてしまっている。

 ユリスたちの遺体を回収する際に遭遇した、両腕が独立した魔物との戦闘で。

 アマンダが本当に俺の身を案じていることが伝わってきて嬉しかった。


 鏡の前で、装備の最終チェックをする。


「よし」


 そして最後に——装備ごと体全体を覆うようにマントを羽織った。


「おぉ……」


 俺はごつい防具が好きではない。

 着心地が悪いことや動きが制限されるのがストレスだっていうのもあるんだけど、それと同じくらい、ただのキャンパーの俺が冒険者みたいな格好をすることに違和感を覚えるのだ。


「うわぁ、うわぁ」


 ごつい防具を着たわけじゃなく、ただマントを羽織っただけ。

 もっと言えば布を一枚身に纏っただけだ。

 それなのになんだか、それっぽく見える。


「大丈夫かな、これ。笑われたりしないかな……」


 鏡でマント姿の自分を、色んな角度から確かめていると、


「似合ってるよ」


 と不意に声をかけられた。

 文字通り飛び上がる。

 振り返ると、そこには、


「と、父さんっ?」

「や、さっきぶりだね、ジローラモ」


 どこから、と反射的に尋ねそうになって、その問いに意味がないことに気づく。

 代わりに、


「ど、どうしたの?」


 と尋ねる。


「今から別世界のダンジョンを探索するんでしょ。それも一人で」

「なんで知って……」

「そりゃずっと見てるからね」

「ずっと見てるって……」


『どこから』とか『どうやって』なんて問いも、やはり意味がないのだろう。


「……ダンジョン配信を、って意味じゃないよね?」

「配信も見てるよ。コメントしたこともあるし」

「あ、そうなんだ」


 数少ない視聴者の一人が父親だったとは。


「えっと、それで……」

「別世界のダンジョンは、私の管轄外だから」

「管轄外?」

「ほら、ダンジョンで人を殺せば、ダンジョンエラーが起きるでしょ」

「うん」

「でも別世界のダンジョンは違う。殺人は御法度じゃない」


 だから、と父は続けた。


「もしダンジョンで別世界人と鉢合わせたら、向こうは躊躇わずに殺しに来ると思うよ」

「えぇ……」


 なんでそんな脅すようなことを……と思ったけれど、そうじゃない。


「もしかして、心配してくれてる?」

「そりゃね」

「…………」


 俺は咄嗟に口にしかけた問いを、ぐっと飲み込んだ。

「どうして?」なんて、心配してくれている父に投げかけていい言葉ではない。

 これまで父の愛を疑ったことはなかったんだけれど……。


 ——ゲームか。なるほど、言い得て妙だね。


 父にとって俺は、一体どんな存在なのだろう。


「……父さんは、何がしたいの?」

「ん?」

「いや、その……目的というか、ゴールというか」


 もしこれが父にとってゲームだというなら、


「父さんが望むエンディングってなんなの?」

「そりゃあれだよ——」


 ガチャリと、扉が開かれる音。

 ハッと振り返ると、ギンが扉の隙間から顔を覗かせていた。


「ジロー、ボスがそろそろって」

「ああ、うん」

「……今、誰かと話してなかった?」

「あ、えっと……」


 すでに父はいない。

 現れた時と同じように、忽然と姿を消していた。

 こうなるとなんだか、幻覚でも見ていたんじゃないかって不安になってくる。


 どう説明したらいいんだろう、と困っていると、


「…………」


 ギンがじーっと俺のことを見つめていることに気づいた。

 その頬が、ほんのりと赤くなっている。


「どうしたの?」

「……か、かっこいい」


 どうやら俺のマント姿が気に入ったようだ。

 返事に困り、俺は無言でバッと両腕を広げ、マントの下を見せた。

 下は普通の服だけどね、という照れ隠しだったのだが……。

 やってることは、ほぼ露出狂と同じだった。

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