第139話 議論

 十分後。

 アマンダにトイレに放り込まれ、間一髪のところで事なきを得たキャスパー博士が、


「で?」


 とトイレから出てくるなり言った。

 手は洗ったのだろうか。


「でって?」

「別世界のことに対処することにしたんだろ。そこまでは聞いた。それで、どうすんだよ」

「どうと言われても……」


 博士は俺の目を真正面から見てきた。

 相変わらずの鋭さだが、これまでにない真剣さが宿っていた。


「殺すのか?」


 その言葉に、部屋の空気が凍りつく。

 博士が呆れたように片眉を上げた。


「おいおい、その程度の覚悟もなく対処するとか言ってんのかよ」

「いや、でも殺すなんて……」

「相手がお前を殺そうとしてもか? そもそも、相手は侵略者なんだぞ」

「それは、父さんがそう言ってただけで、まだ決まったわけじゃ」

「じゃあ侵略者だって確定したら殺すのか?」

「…………」


 俺は必死に言い訳を考える。


「いや、ほら『この世界は侵略できない』って別世界に伝えてもらった方がいいし」

「ならメッセンジャー1人を生かして、残りは殺しても問題ないな」

「……なんでそう、殺そうと」

「はぁ? 馬鹿かお前」


 キャスパー博士が苛立ったように言う。


「それが一番簡単だからに決まってんだろ」


 簡単で——そして一番安全だから、と。


 キャスパー博士がアマンダを振り返る。

 何も口にしなかったけれど、彼女の表情はとても雄弁だった。

 この程度のことも話し合ってなかったのか、とアマンダを責めているのだ。

 アマンダは肩をすくめた。


「話し合うまでもないからね」

「あぁ? どういう意味だ、そりゃ」

「自分の身に危険が及んだからって、ジローが人をあやめるとは思えないから」

「お前まで何を甘っちょろいことを……」

「それに殺しちゃったら、何もわからずじまいじゃないか。キャスだって、できるならフィールドワークとかしてみたいだろ?」

「特殊ダンジョンのか?」

「別世界のだよ」


 キャスパー博士が頭を掻く。


「……ま、そりゃ確かに魅力的な話だな」

「でしょ?」

「可能なのか?」

「さあね。なにせ、わからないことだらけだ」

「だったら」

「だからこそだよ。今の段階で、その可能性を排除するのは得策じゃない」

「……言いくるめられた感は否めないが。まあ、戦闘に関しちゃこっちは門外漢だ。ちゃんと考えがあるなら、口出ししねえよ」

「ありがとう」


 二人の間で、話はひとまずまとまったようだ。

 俺は内心でほっと安堵する。


「で? これからどうすんだよ」

「まずは武器だね」

「武器?」

「そうだろう、ジロー」


 アマンダが話を振ってくる。


「まあ、そうだね。今ある武器じゃ、到底通用しないだろうから」

「じゃあ何か? 今からどっかのダンジョンを攻略するってのか」

「そう、なるのかな」

「ダンジョンが何階層まであるのかもわかってないのにか?」


 アマンダが口を挟む。


「百階じゃない?」

「根拠は?」

「十階層ごとにボスがいるし」

「十かける十で百ってか? そんなキリよく……」


 キャスパー博士はそこで言い淀んだ。


「ああ、そうだったな。ダンジョンには管理者がいるんだ。キリよくできてる方が、むしろ自然か」


 まだピンとこねぇ、と博士がぼやいた。


「俺はなんとなく、百二十階層くらいありそうな気がするなぁ」


 つい独り言のように声を漏らしてしまう。

 アマンダが首を傾げた。


「どうして?」

「いやほら、世界中にたくさんダンジョンがあって、生息してるモンスターなんかも様々だけど、階層ごとの脅威というかモンスターの強さって、かなり一律なんだよね。簡単にいうと、どこのダンジョンでも四十階層の危険度は同じ、みたいな」

「そうだね。私も似たような印象を持ってる」

「うん。それで特殊ダンジョンにいた、あの異形の神なんだけど……あの強さからして、百二十階層のボスくらいの脅威な気がして」


 直接対峙したわけじゃなく、あくまで映像で見た印象に過ぎないから、確かなことは言えないけれど。

 キャスパー博士が口を開く。


「最後のボスだけ飛び抜けて強いって可能性もあんじゃねえの」

「まあ、確かに」

「別世界のダンジョンが、この世界のダンジョンよりも危険って可能性もあるし、それか別世界は十二進法が主流だったりしてな」

「でもそれなら、百四十四階層まであることにならない? 十二かける十二で」

「そりゃ日本式の数え方だろ。海外式なら結局、十二ブロックだ」

「あ、そっか」


 そんな感じで議論が白熱し始めた時、アマンダがパンと手を叩いた。


「時間が無限にあるなら、その手の議論もいいんだけどね。今は『私たちがこれから何をすべきか』に焦点を当てよう」


 そうやってアマンダが、議論の方向性を定めた。


——————————


【創作裏話】

「日本式の数え方」や「十二ブロック」は書籍版の内容に準拠するものです。

 WEB版と書籍版の内容が乖離することを避けるため、書籍版の内容も取り入れつつWEB版を更新していきます。

 なのでこれからもWEB版では書かれていない設定やエピソードが出てくる(書籍版未読でもある程度理解できるように書くつもりです)と思いますが、どうかご理解いただけたらと思います。

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