第136話 椅子取りゲーム、隠れた性癖

「おい、ピーチクパーチクうっせえぞ、クソガキども」


 とメスガキみたいなキャスパー博士が言う。


「今がどんな状況か、わかってんのか」

「一番わかってないのはお前だろ。さっき到着したばっかなんだから」


 ギンがすぐさま言い返した。


「うるせえ」


 ギンはキャスパー博士に対してだけ、やけに当たりが強かった。

 どちらがアマンダさんの右腕なのか、対抗意識があるからだと前に本人が言っていた。

 アマンダさんの前では無口なギンだが、キャスパー博士がいると発言の頻度が増える。


 対抗意識を自覚しながらの振る舞いだから、ある意味では健全だ。

 それぞれが偏った関係に見えるのに、三人が揃うと絶妙なバランスに感じるのだから、まさに人間関係の妙というものだ。

 私たちもそうありたい。


「てか何呑気に寝てやがんだよ。マジ殺意湧いたわ」


 まあ実際にお兄さんの首を絞めてたし。


「とりあえず、食事にしようか」

「お前、言ったそばから……」

「腹が減っては戦はできぬって言うだろ? 日本では」

「知るか。私はアメリカ人だし、ここはオランダだ」


 口では文句を言いつつも、キャスパー博士は基本的にアマンダさんに逆らわない。

 服従しているとかってわけじゃなく、元々の性格がそうなのだろう。

 口が悪いだけで、性格が悪いわけじゃない。


 というか多分だけど、キャスパー博士はドMだと思う。

 自覚がないタイプの。

 普段の言動がキツイのも、落差を作るために無意識のうちにそうしているだけだったりして。


 普段は強気なのに、いざって時はなすすべなく……みたいな。

 そういうのが好きなのかもしれない。

 もちろん推測だけど。

 でもキャスパー博士を見るたびに、常識人として心の奥底に押し込んでいる、開けちゃいけない扉をノックされるような感覚があるから、多分間違いないと思う。


 アマンダさんとキャスパー博士が立ち上がった。


「…………」


 私たちの間に緊張が走る。

 私は視線だけで、アンリとギンの様子を確かめた。

 二人も同じように、お互いの出方を窺っている。


 唐突に始まった椅子取りゲーム。


 よーいドンの勝負では、私に勝ち目はない。

 不意打ちにとばかりに、私は重心を落とした。

 自分を過信していたのか、まだまだ二人のことを低く見積もっていたのか。

 私が一歩踏み出した時には、すでに二人が二歩前にいた。


(速すぎ——)


 頭では理解しているつもりだったけれど、一体どんな身体能力をしているのか。

 もう到底、追いつきようがない。

 そう思った時、アンリとギンの体がぶつかり、二人は体勢を崩した。

 そのままもつれるようにして、お兄さんの横っ腹にタックルをかます。


「ふぐぅっ」


 捨て身の合体技みたいなその体当たりに、さすがのお兄さんも吹き飛んだ。

 三人は目を回したみたいに床に転がる。

 お兄さんも意識を失い、四つん這いから仰向けになっていた。

 これじゃあもう、椅子とはとても言えない——


(……いや、座布団って言い張れないことも)


 私はアンリとギンを跨ぎ越え、お兄さんに近づくと、そのお腹の上に腰掛けてみた。


「ふむ」


 適度な反発感があって、座り心地は悪くない。

 お兄さんの呼吸に合わせて上下するのも、ゆりかごのようで心地がいい。

 何より、お兄さんを物理的に尻に敷いている状況がたまらん。

 ゾクゾクする。


「…………」


 と。

 そんな私を、キャスパー博士がめちゃくちゃ怯えた目で見ていた。


 ゾクゾク。

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