第79話 目
のそり——
異形の神が、暗がりから出てくる。
興味はすでにエスターに移ったようで、レオンの頭部を手放した。
半分失われていると言うのに、重い音を響かせながら地面を転がる。
「下がれ!」
ユリスが叫ぶ。
でもエスターは金縛りにあったように、その場から動かない。
無理もない話だ。
幼少の頃から付き従ってくれたレオンが、あんな姿になって……。
それになにより、あの異形の神——
ダンジョンに出現するモンスターは、馴染み深いものばかりだ。
神話、伝承、童話、文学——
一度は見聞きしたことのある、想像上の生き物たち。
特にボスはその傾向が顕著だった。
それこそドラゴンのような、誰もが知るモンスターが、ボスとして待ち構えていることが多かった。
ユリスたちも、その前提で準備をしていた。
これまでの傾向をまとめ、特殊ダンジョンの異常性から、ゲートがあるヴェルクホーフ周辺の民間伝承や民間信仰も調べ尽くした。
ボスが複数体いるパターンさえ考えて、対処の仕方を練っていたのだ。
それが、なんだあれは——
馴染みがない、なんてレベルではなかった。
だからこそ特殊ダンジョンなのだと言われたら、それまでだが。
(でもだからって、いくらなんでも……)
ユリスは駆け出す。
でもエスターのいる場所までは、永遠とも思えるほどの距離がある。
異形の神がエスターに飛びかかった。
細長い指をぴたりと揃え、大きく振りかぶる。
その背中に、肩甲骨の形が、はっきりと浮かび上がっていた。
人型の魔物でも、体の構造は人間とは似ても似つかない場合がほとんどだ。
だというのに……。
あれは、あんな異形な姿をしておきながら、人と同じ構造をしているようだ。
そのことが、気持ち悪かった。
(——間に合わない)
そう思った時……。
エスターと異形の神の間に、割り込む大きな影があった。
トーマスだ。
異形の神の
爆発にも似た衝撃音。
火花が散り、一瞬だけだが目が眩んだ。
トーマスの巨体が、エスターともども吹き飛ばされる。
二人はもつれるように地面を転がった。
異形の神はさらに跳躍し、転がる二人に追撃を仕掛ける。
「はぁ!」
ギリギリのところで、ユリスが間に合う。
異形の神は寸前でユリスの一太刀を躱した。
死角からの不意打ちだと思ったが——
(八つも目があるんだもんな)
だけど、
肩に小さな切り傷が。
傷口から、神殿の色と同じ、赤黒い血が垂れた。
「エスターさん、大丈夫か」
「え、ええ……。大丈夫……」
まだ衝撃から完全には立ち直れていないようだ。
でも彼女だって、なにもレオンにおんぶに抱っこでここまでやってきたわけではない。
彼女自身も、一流の冒険者だ。
パニックを起こしてもおかしくないのに、それでも冷静さを取り繕う。
「トーマス。あなたもありがとう。助かりましたわ」
ユリスは異形の神を見据えながら、二人が体勢を立て直すまで待つ。
だが……。
異形の神は襲ってこなかった。
——ギチギチギチ。
繊維を束ねて
八つの目を持つ神の顔が、醜悪に歪んでいる。
血管と筋が、顔から首にかけて浮き上がっていた。
(……怒っているのか?)
背中に汗が伝うのがわかった。
どれだけ力を込めて顔を歪めたら、あんな音が……。
だが好都合だ。
怒りでも警戒でも、時間を稼げるなら、なんでも構わない。
(……いける)
肩の傷は、小さなものだ。
それでもダメージには代わりない。
一切攻撃が通らない、そんな理不尽な相手ではないのだ。
こうして怒りを露わにしているのだって、こちらを脅威と認識しているからで……。
(俺たちなら……。全員で力を合わせれば、きっと……)
でも……。
「……トーマス?」
エスターの弱々しい声。
背後の二人は、一向に体勢を立て直そうとしない。
(どうして……)
ユリスは肩越しに背後を見た。
その目に、信じられない光景が飛び込んできた。
粉々になった盾の破片。
異形の神の貫手は、盾を破壊し、鎧を貫き、そして——
トーマスの胸さえも。
トーマス・スミットは、すでに絶命していた。
ギチギチギチ——
引き
肩の傷口が、ぱくりと開く。
その下から、大きな目玉がギョロリと覗いた。
ギチギチギチ——
(ああ、違う。こいつは怒ってるんじゃない。……笑ってるんだ)
降って湧いた、
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