【新たな世界 2/3 ─成り上がり─】

 寝室へとキャットを残し、その夜、ウルフはこっそりと出掛ける。


 静まりかえった夜の街……

 住宅街のブロック塀に寄りかかりながら、電話をかける。 電話に相手が出て、短い会話が始まる……


「家の前、ついた」


 するとすぐに、スマートフォンを耳にあてたままの藍が、玄関から顔を出す。

 藍は嬉しそうに外に出て来て、そのままフンワリと、栗原に抱き付く。


「聡、会いたかったよ」


 栗原も藍を抱き締め返して、嬉しそうに、穏やかな笑みを作る。


「知ってる。俺も会いたかった」


 二人はお互いを優しく、抱き締め合う。


 ──しばらくして、身体を離す。


「とりあえず、場所移そう」


 栗原が藍の手を引いた。

 すると……


「聡?」


「ん?」


 藍の呼び掛けに栗原が振り向くと、藍が、いたずらっぽく笑っていた。


「今日ね、仕事の関係で、お父さん帰って来ないんだよ? だから今日はビクビクしなくても、家でゆっくりできるよ?」


「俺、いつもビクビクしてたか? ……」


 すると藍はクスクスと笑いながら、頷いた。


 藍は栗原と手を繋いで、チョコチョコと、家の玄関へと小走りで向かった。


「母親は家にいるのか?」


「お母さんは、実家のおばあちゃんにところへ行っているの。『お父さんも今夜は帰って来ないから』って、『実家でゆっくりしてくる』って、言ってた」


 藍は玄関の扉を開く。


「つまり……両親、今日はいないのか……」


「うん」


 二人はそのまま、家の中へと入って行く。


「両親の不在時に、俺、勝手に上がり込んでいいのか……?」


「いいじゃない」


「バレたら、藍のお父さんに殴られる。 絶対、いつもよりもしぶとく、パトカーで追われるようになる……」


「フフフ……♪」


「いや、笑ってるけど……真面目に言ってる」


 ブツブツと言いながらも、二人は靴を脱ぎ、家へと上がった。 そして階段を上がって、藍の部屋へと来た。


「テキトーに座ってね」


 藍は相変わらずの、天然スマイルだ。

 言われた通りテキトーに座り、藍もその隣に座った。

 藍の部屋には、大学で二人一緒に撮った、あの写真が飾ってある。


「お前、相変わらずの天然だな」


「え? なにが?」


「なんつーか、もう表情が天然……」


「??」


「お前な、うっかりと知り合いの男とか、家に入れたりするんじゃないからな?」


「知り合いの男? 聡のこと?」


「違ぇよ?! 俺は恋人だろうが……」


 天然に敵わず、栗原はため息をつく。


「なに、そのため息?! せっかく遊びに来たのに……」


 藍はシュンとして、栗原の顔を覗き込む。


 そして、顔を覗き込んできた藍に、栗原はキスをした。片手で藍の頭を支える。


 ──そのキスは、濃厚なものになっていった。


 一心に、絡まる舌の熱だけを感じる。


 濃厚なキスに酔いしれ、次第に身体は、崩れ出す。 身体は床へと、沈んだ。

 唇を離して、視線を絡める。 頬を赤く染めた、藍がいる。


「なぁ、今日は、我慢させないでくれるのか?」


 栗原も少し赤くなりながら、視線を反らして言った。だが……


「ん?? なにを??」


 そこにいるのは、不思議そうに、目をパチパチさせている、天然の天使……


「「…………――」」


 思わず、沈黙が走るのであった。


「「…………――」」


 さらに、沈黙が続いた。

 しぶしぶと、栗原は身体を起こす。 そして即刻、机に突っ伏した。


「「…………」」


「聡?? ……」


「ダメだ……天然には、敵わねぇ……」


 突っ伏したまま、栗原が呟いた。


「聡ぅ~?」


「お前、男殺しだ。魔性より、たちが悪い……」


 そして栗原は顔を上げ、藍をしっかりと見る。


「分からないか?」


「だから何を?」


「だからっ……」


 そのまま強く、抱き締めた。


「だから……お前と……――繋がりてぇ……」


 すると藍はまた赤くなりながら、澄んだ瞳を向けてくる。 その目はとてもキラキラとしていて、綺麗だった。

 藍が、綺麗に微笑む――……

 藍から、そっと、一瞬のキスをした。 その唇を離して、すぐに、抱き付く。


「聡となら、そうしたい」


 ──その日二人は、深く深く、愛し合う。


 電気を消して、ほんのりと、暗くなった部屋。ベッドの上──。優しく、服を脱がせた。

 藍の身体は少しだけ、強張っているように見えた。


「緊張してるのか?」


 小さく頷いた藍。その額に、そっと、キスを落とした。


 優しく頭を撫でる手。


「優しく抱く……──」


 藍を見下ろす栗原の瞳は、まるで、何も混じり気のないような……綺麗で、優しい瞳だった。


 そっと優しく、身体に落とされるキス――……


「俺が好きなのは、藍だけだ……」


 その言葉を実感しながら、優しく、心を乱し……優しく、その身体に触れ……──優しく、キスをして……優しく、抱き締める……──そして、深く深く、繋がる。


 快感よりも求めているものは、 貴女と繋がるという、この幸せ──


****


 そして目が覚めると、朝になっていた。


「ヤバッ! 寝ちまった……朝だ……」


 すぐに藍も、目を覚ました。


「あれ? 朝なの?」


「朝だ……俺、帰らねぇと……」


 すると……


─「藍~? いつまで寝ているの?」


「「……!?」」


 ハッとする二人。

 部屋の扉を開けたのは、既に実家から帰ってきていた母親だった。


「「「…………――」」」


 気まずい沈黙。

 母親はハッとして、固まってしまった。

 栗原が引きつりながら、苦笑い。


「お……おじゃま、してます……」


「あ、藍ったら……大人に、なったのね……」


「「え!?」」


 母親がいきなり、涙ぐむ……


 そして……


 ──バタン!


 部屋の扉が閉まった。


「「…………――」」


 すると、再び……


──ガチャ!


「「……!?」」


 扉が開いた。

 先ほどまで涙ぐんでいた母親が、今度は、なぜか笑顔である。


「ホラ、早く! お父さんが帰ってくると面倒だから、早く帰った方がいいわよ?」


 そしてまた、扉が閉まった。


「「…………」」


「じゃ、……じゃあ、帰る。……」


「うん。お母さんの言う通りだわ……」


 父親が帰ってくる前にと、即刻、服を着る二人。


 そして、急いで階段へ……


「聡、気をつけて帰ってね」


「おう」


 ベルトを片手に持ったまま、階段を下りる。階段を下り終わり、廊下を歩き……ベルトを通しながら、歩く。そして玄関で……


「「!?」」


 “父親と、鉢合わせる”。


「くくく……栗原……?!」


「まっ松村ッ!! ……いや、松村……さん……」


 栗原と父親が鉢合わせたのを見て、藍と母親も二人並んでハッとする。


「「…………――」」


 栗原と父親も、固まる。

 ベルトを通していた栗原の手も、止まった。

 そして父親が、衝撃のあまり、後ずさる……


「!? その、乱れた服はなんだ!? ……――おまっ……お前、まさかッ! 私の娘を――……」


「まっまさか……そんなこと……! ――お嬢さんに手なんて出してッ……いや、えっと……――」


「「…………――」」


 雲行きの怪しい朝。

 すると父親は、母親と藍を見る。


「お前らは少し、向こうへ行っていろ」


 しぶしぶと、母親と藍はリビングへと入って行った。

 そして父親は視線を反らしながら、ため息をついた。


「「…………」」


 怒られると思ったのだが、父親は、自分を落ち着かせているように見える。だが一度、睨まれる……


「……やってくれたな……」


「す、すみませんでした……」


「「…………」」


 父親は、呼吸を整えた。 そして、栗原の左の鎖骨の下を、トンと、軽く触れた……


「ココんとこの……――タトゥー、見たぞ」


「…………」


 栗原は目を見張る。──何も、言い返せなくなる。

 そして父親は、真っ直ぐに、栗原のことを見た。


「藍に、全てのことを話せ。 そしてもし、藍が少しでも躊躇ったなら……お前から、藍に別れを切り出せ」


「…………」


 そう言うと父親は、何事もなかったように、家の中へと入って行った。



 ──そうして後日、父親に言われた通り、栗原は全てを藍に話すことになった。


 だが藍はいつも通りで、栗原を拒絶することなどなかった。


 父親からしたら、“必ず、藍が躊躇う筈”だと、そう、思っていたのだった……──


 そうして二人の交際は終わることなく、続いた。


****


 婚約者が出来たからか、フェニックスはウルフに、『もっとまめに家に帰って来るように』と言っていた。 だからその日、仕方なくウルフは家へと帰った。


 家について、昨日と同じ階段に、差し掛かる。そこには昨日同様、キャットがいた。

 キャットは手摺に触れながら、階段を下りる。

 キャットのその表情は虚ろで、見ている方が、“足を滑らせるんじゃないか……”と、心配になる程だった。

 ……そして思った通り、キャットが階段でフラつく……──


「危なッ……! 」


 昨日と同様、ウルフがキャットを支えた。


「「……――」」


 キャットはじっと、ウルフを見る。これも、昨日と同じ。

 だが、しばらくすると……──


「早く離して」


 キャットがムッとしながら、ウルフに言った。


 “助けてあげたのに、何だ? その態度……”と、そう思いながら、ウルフはキャットを離す。

 そしてキャットは不機嫌そうに、プイッと、ウルフから視線を反らす。 そのままキャットは、不機嫌な顔をしたまま、階段を下りて行った……


「……なんだ、あの態度? ……」


 ウルフは不愉快そうに、キャットの後ろ姿を見ていた……─―


 ──そしてキャットはその日から、ウルフに対して、拗ねた態度ばかりを取るようになった。


 キャットは完全に、拗ねていた。例えば、ある日のこと……


 二人の仲を心配したメイドが、こんなことを言う──


「ウルフ様は、まだ肩のキズが、癒えきってないのですよ? いたわるように気にかけてあげれば、きっとウルフ様は、優しさを返してくれますわ」


「…………」


 キャットは何かを考えるように、悲しそうに、俯いた。 ……だが、再び顔を上げたキャットの表情は、やはり、不機嫌そのものだ。


「あんな人の心配なんか……簡単に、してあげないんだから……」


 これにはメイドも困りきって、お手上げなのだった。


 ──二人の仲は、悪くなる一方。


 ウルフはウルフで、『あんなに波長の合わない奴は、初めてだ』と、アクアに不満を漏らす。


 そんな日が、何日も続き……


「波長が合わないにも、程がある……」


 いつも通りの言葉を、ウルフはアクアに吐き出す。


「またその話しですか? 言いづらいことですが……ウルフにも問題があった」


「なんだと? 問題……?」


「当たり前ですよ。彼女はウルフの婚約者だ。 なのにその初日から、ウルフは彼女を突き放した。それは、不機嫌にもなります」


「そんなことを言われてもだな……フェニックスの勝手だ。 元から、藍がいたんだ。 キャットには悪いが、キャットと関係は持てない」


 だが何かと、アクアはキャットの肩を持つのだった。 ウルフはあんぐりと、口を開けてしまう。


「そんなに言うなら、アクアがキャットの婚約者になれ。 『お美しい方』って、言っていただろう? これで全て、解決だ」


「ウルフの婚約者に、俺が手を出せる訳ないじゃないですか!!」


 結局何も、解決にならなかった。



 ──そしてその夜、キャットは、フェニックスの元を訪れていた。


 出会った頃のように、キャットはフェニックスに、身を寄り添わせる。

 フェニックスも出会った頃のように、キャットの髪を撫でていた。

 そうしながら、キャットは泣いていた。


 月の光だけに照らせれた、薄暗い部屋。 その部屋に、キャットの嗚咽が響く。


 ウルフと上手くいっていないことを、フェニックスに話したのだ。


「そうか――……ウルフが、酷いことをしたね……」


 キャットは、泣きながら頷く。フェニックスは可愛い飼いネコを、優しく撫で続ける。


「可哀想に……――何か願いはないか? ウルフがキャットを傷付けた、そのお詫びだ。 お前の望みなら、叶えてあげよう――」


 キャットは肩を震わしながら、やはり、泣き続ける。


「あの人は私を、愛してくれない……――私は、何の為に、此処にいるの……此処にいる理由、見失いたくない……だから私に……新たな役割を下さい。私に……――此処で存在する理由を、下さい……」


 泣きながら、キャットはそう言った。


「“役割”……──例えば、何がいいんだ? お前の言ったモノを、与えてやろう」


「私を、この組織の……――」


 キャットは涙の溜まった瞳を、フェニックスに向けた―─……


「この組織の、……――」


 フェニックスは柔らかく、微笑んだ―─……


 キャットの決意は、固かった。


「そうすればせめて……――あの人の傍にいられる……」


 本当に欲しかったモノは、“あの人からの、愛”だった……


 ──そしてキャットは、婚約を解消させ、幹部になる。


****


 そして次の日、少し強気になったキャットがいた。


 もう我が物顔で、堂々と、屋敷の中を歩く。向かった先は、幹部だけが入ることを許された、特別な部屋だった。


 キャットは堂々と、その扉を開いた。 中には、ウルフとアクア。


「「「…………」」」


「ココは、幹部だけが入れる部屋だ」


 ウルフがそう言ったが、キャットはウルフを無視して、ツカツカと、部屋へと入る。


「おい、聞いているのか……?」


 するとキャットがいつも通りの、不機嫌な顔で、ウルフを見た。そして、皮肉たっぷりに、言った……──


「今日から幹部になった、元、アンタの婚約者の……キャットよ? どうぞ、よろしく~?」


「「………──」」


 ウルフとアクアは、あいた口が、塞がらない。


「……――なんだと?! ……」


 こうしてレッド エンジェルに、何とも気の合わない、ドタバタ幹部三人組が、誕生した。


 ……──そしてそれを、ひそかに喜んだのは、アクアであった──


****


 こうして強がるキャットだったが、本当は、寂しさでいっぱいだった――……


 その寂しさは夜になると、どっと大きくなった。


 開け放った窓。 そこから星を眺めながら、初恋の人を思った。


「今日はいくつ……憎まれ口、たたいただろう……?」


 星を眺めながら、うわごとのように、呟いた。

 そして一つ一つ、今日言った、憎まれ口を数える。

 変なプライドが邪魔をして、素直になれない自分が、嫌いだった。

 そうしているうちに、悲しみは膨れて……うっすらと、目に涙が溜まり出す。

 すると、そんなキャットの肩を、誰かが、そっと抱いた。

 驚いて顔を上げたキャット。 そこにいたのは、アクアだった。


「どうして、悲しい顔をするんですか? ……」


 アクアは優しく、問いかけてくる。


「…………」


 答えられる筈もなく、キャットは黙り込む。


「ウルフのことが、好きなんですね」


 驚いて、キャットはアクアのことを見る。

 あれだけ憎まれ口をたたいている訳だから、まさか誰も、そんなふうには、思っていないと思っていたから。


「「…………――」」


 アクアの言ったことが本当のことだったから、キャットは、感情を抑えられなくなりそうになる……

 そしてやはり感情が抑えられなくて、キャットはアクアの目の前で、ポロポロと泣いた。

 そんなキャットを、アクアが抱き締める。


「俺でいいなら、ウルフの代わりになる」


 ──この夜アクアはウルフの代わりに、キャットを抱いた。


 月明かりに照らされた部屋で、この一夜限り、二人は重なる。


 素肌のキャットを、背中から抱き締める。 その背中にキスをして、アクアは言った──


「綺麗な、背中だ……――」


 キャットはその言葉を、ただボンヤリと聞いていた。 そして後にキャットは、この“綺麗”と言われた背中に、大きく、赤い天使を刻み込むことになる――……


****

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