【失った宝 ─Yukiya─】
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美雪……
あなたを失った日から、私の心には、悲しみが募るばかり……
どこにいるの? ……元気にしている? ……どのくらい、大きくなった? ……
二人で、あなたを捜し続けるけれど、見つからない……
やはり悲しみは、ただ募るの……──
同時に、私は脅えていた……
いつまた、あなたを連れ去ったアイツらが現れるのか……――私は、脅えていたの……
恐怖は迫る……
そんな私を、あの人はいつも、抱き締めてくれる……優しく額にキスをして……その腕の中で、眠らせてくれる……『大丈夫だ』って、言って
くれる。 けれど、知っていた。あの人が、自分を責め続けていることを……
あの人が抱き締めてくれるのに……凍てついたような私の心が、溶けきれないのは、どうしてだろう……?
私の心は、悲しみに、蝕まれていた……──
そして、心が悲しみに侵食されるまま、月日は経ち……あれから、約八年が経った──
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それは、ある冬の出来事──
「ねぇねぇ、今年は雪、いつ降るの?」
冬の街を、我が子と歩く。
雪哉は毎年、雪が降るのを楽しみにしている。“待ちわびている”と言うような目をしながら、雪哉は私に聞いてきた。
「うーん。確か、天気予報ではぁ……――」
「ねー! いつ降るのぉ?」
「うーん。……今日の夜、一緒に天気予報を見ましょうね?」
雪哉に向かって、にっこりと笑う。
すると雪哉は、笑顔で大きく頷いた。
私の心の中の、恐怖と悲しみは、雪哉には内緒―─……
「………――――ねぇ、母ちゃん。トイレ!」
「いってらっしゃい!」
雪哉はサッと、走って行く……
雪哉が戻ってくるまで、何気なく、街を眺める……──
その時、何人かの若い男が歩いてきた。
反射的に一瞬、男たちの方を見る……
「……――――」
見るからに、柄の悪そうな男たちだった。
その時、まるで拒否反応のように、肩がビクリと震えた。約八年前の、“黒獅子”の姿を、思い出してしまったからだ……──
するとなぜか、その中の一人が、目の前で足を止めた。
―「オネーさん、キレイッスね? いい女……――なぁ、俺らと遊ばない? ……」
「……――遊びません」
運悪く、絡まれてしまう。
「そんな固いこと、言わないでよ? いい女なんだから、遊ばなきゃもったいないよ……――?」
その男に、腕を掴まれた……―――
再び、体がビクリと震えた。やはり、八年前の光景が、脳裏に浮かんだから。 『いい女』そう言ってきた黒獅子の幹部のことを、思い出してしまったから……
だんだんに、冷静ではいられなくなってくる……──頭が、混乱に陥りそうになる。
( 怖い。怖い……──嫌だ……来ないで──!! )
「母ちゃん、ただいま!」
その時、雪哉が戻ってきた。
男たちは驚いたように、雪哉を見ている。子どもがいるようには、見えていなかったのだろう。
戻ってきた雪哉を見て、もっともっと、冷静ではいられなくなった。
八年前、美雪が連れて行かれたように、この男たちに〝雪哉が連れて行かれてしまうような〟そんな気持ちへと陥ってしまって──……
男たちは雪哉を見て、目をパチパチとさせる。
「え゛?! 子ども?! ……――あっすみませんでした。……不倫はちょっと……マズイですよね……」
柄は悪そうに見えたが、男たちは案外物分かりが良く、ある程度の秩序も持ち合わせているようだった。
そうして男たちは諦めて、その場を去った。
男たちは立ち去ったが、動揺が解けてくれなかった。 心臓がバクバクと言っている……
「……――――」
俯いて、立ち尽くした。
「母ちゃん、どうしたの……?」
その様子に気が付いた雪哉が、不思議そうに首を傾げている。
いくら、心が悲しみに蝕まれようと、雪哉の前ではいつも、普通に振る舞ってきた。弱い自分を見せるのは、夫の前でだけだと……──そう、決めていた。けれど今、初めて雪哉の前で、動揺を隠しきれない自分がいた。
「……――何でもないわ……─―さぁ、行きましょう……」
動揺してしまった自分に、無理矢理、平静を装わせた。
いつも通りに戻ったと思い、雪哉が安心したように笑う……
〝平静を装う〟……心の中では、悲鳴を上げている自分がいるけれど……──
──もう無理だ。冷静でなんて、いられない……悲しみと恐怖が、襲ってくる。……──今すぐに、誰もいない暗がりへと逃げ込んで、何も気にせずに、泣き叫びたい……──それが無理ならせめて、今すぐに、静かに泣き出してしまいたい。──そうじゃないともう……自分が、壊れてゆく――……
「あ! 母ちゃん、花屋さん、あったよ! 玄関に飾る花買うって、言ってただろ?」
雪哉がはしゃぎながら、私の手を引っ張る……
無理だよ。ごめんね雪哉……私は今すぐに、泣き崩れてしまいたい……
笑えない。笑えない……無理だよ……だからそんな顔で、笑わないで……――
「あ! 本当だ! 雪哉、よく見つけたわね? 綺麗なお花、買って帰りましょうね?」
──無理なのにまた、泣き叫ぶ自分を突き放して、笑った。
突き放された自分が、もっともっと……狂っていく……──苦しくて、狂っていく……“泣く”という手段を奪われた自分が、壊れていく……──
無理をしていた。“雪哉の前では、取り乱してはいけない”……そう思っていた。それが雪哉の為だと、思い込んでいた。けれど、自分で自分を殺す度に、自分は壊れていく。壊れた自分は、何か、突拍子のないことをしてしまう……──そんな気がして、自分の事すら怖くもあった……
そして花屋へ辿り着く。
「わー! たくさん咲いてる」
冬なのに、多種多様、色とりどりに花が咲いている。その光景が、幼い子供には不思議に見えたのか、雪哉は物珍しそうに、花を見渡していた。
色とりどりの花……──
今の心境で見る、美しい筈の花は、くすんでみえた……
暖色系の花……今の心には、眩しく、暖かすぎる……――
寒色系の花……今の心には、清々しく、立派すぎる……――
今の自分に合う色が、見つけられない……――
美しいものを直視出来ない程、心は、悲鳴を上げているというのだろうか?
「……――」
今は、花が上手に選べない……
その時、雪哉がある花を見て、パッと明るい表情を作った……
「この花、母ちゃんに似合う!」
ある花を指差しながら、雪哉は眩しいくらいの笑顔を向ける。
その花は、ピンクのガーベラだった。
美しく可愛らしく、輝くガーベラ……雪哉がそう言ってくれたこと、嬉しかった……
けれど果たして、私は“この花が似合う”と言ってもらえるほど、立派な人間だろうか? ……壊れていく自分には、花など、似合わない気がした。
「そうかしら? 雪哉、ありがとう……――もう少し、時間がかかりそうだから、雪哉は……向こうの公園で遊んでいて? ……」
花屋の向かい側には、公園があった。
「うん! 分かった!」
雪哉は大きく頷くと、公園へと駆けて行った。
「……――」
壊れた心では、花が上手に選べない……
玄関に飾る花を探していた。
玄関に飾るなら、凜と咲き誇るような、明るい色の花がいいのかもしれない……─―けれど、今は明るい色を見たくない……
雪哉が似合うと言ってくれた、ピンクのガーベラを選ぶことが、出来なかった……
「……――」
ある花に、釘付けになる……――
それは雪のように、白く輝く花……──純白の、美しい花……“オーニソガラム”……――
この花は雪哉に、よく似合う気がした。
だが結局、ピンクのガーベラも、純白のオーニソガラムも、選べない――
今の自分が、拒絶しない色を選んでいった。──そうしたら、腕の中の花束は、何とも毒々しい色合いに仕上がった。
「個性的な色合いですね? けど、すごく良いと思います」
花屋の定員は、にっこりと笑っていた。
この花束の色合いが、心の乱れの表れだったことを、誰も知る筈がない……――
会計を済まして、その花束を胸に抱えた……
花屋の外から、公園で遊んでいる雪哉を眺めていた……──
恐怖が渦巻く……その恐怖とは、なんだろう?
その恐怖とは、美雪を奪われた時に、根付いた恐怖……
誰かが現れて、我が子が奪われる……そのトラウマからの恐怖……
美雪はすでに、連れて行かれてしまった。それなら、なぜ未だに、そのトラウマに恐怖を感じるのか……? そう、奪われる危険性のある対象が、ここにいるから……雪哉がいるから―─……
恐怖に脅える日々に、疲れきる自分……──
……──誰かに奪われることが、恐ろしいのなら……自分から、手放してしまえば、楽になれるのだろうか……? ――……
その時……──
―「おい、そこの婦人……」
「…………」
ある男に、後ろから声をかけられた。
魔が差したかのように、良からぬことを考えていたものだから、反射的に動揺する……
「私……――ですか? ……」
「そう。貴方だ」
男はフッと……─―柔らかい笑みを作った。
「……──なぁ、あんた今、何を思って、あのガキを見ていたんだ?」
男は、公園にいる雪哉を指差していた。
男の意味深な言葉に、冷や汗が出た……
「何を思ってって……─―別に何も」
すると謎の男はまた、フッと笑う。
「そうか? ……――あんたの顔を見ていれば、何か、“良からぬこと”を考えていたって、すぐに分かる……──」
「何を言うんですか……――人の思っていることなんて、知ることは出来ない……」
「確かに俺は、超能力者なんてものじゃない。けどな、だいたい分かるさ。これは、経験から導き出した勘だ」
「……――あなた、何者なの……?」
いきなり他人に、こんなことを言ってくる。明らかに、不審な男だった。
「何者でもない。ただ俺はいつも、この街の人間を見ている。……──街の中から、浮いた人間を捜し出すんだ。それが、俺の仕事」
「……――」
そう言うと男は、集団で街を歩いている女子高校生を指差した。
「例えば、あの女子高生たちを見てみろ……――あの集団の中で一番、憂鬱で孤独な顔をしているのは、ドイツだ? ……―─こうやって俺は、人を吟味して、標的を見付ける……─―」
「何よ、それ……?」
「悪いことじゃない。俺は居場所のない奴を拾う。そして拾った奴を、新たなスタートラインに立たせてやるんだ。俺の仕事だ──」
「それが何……――何が、言いたいの?」
男は再び、雪哉の方を見た……
「正直に言え。アンタあのガキを、“置き去り”にしようとしたんじゃないか? ……──」
「……――」
明らかに、動揺する自分がいた。
──そう魔が差して、一瞬、そんな事を考えていた。恐怖から逃れ、自分が楽になる為に、“いっそ自らあの子を、手放してしまえれば、楽なのに”と……──
「どうせ置き去りにするなら、俺が譲り受けよう。俺があのガキを、新たなスタートラインへ、連れて行ってやる……――」
俯いて、返す言葉が見付からない。
「その気があるなら、連絡をくれ……――」
そう言うとその男は花束の中へ、何かのメモ書きをねじ込んだ。そのメモは、男の連絡先だった。
そして男は、立ち去る……──
「あ! 母ちゃん!」
こちらに気が付いたのか、雪哉が笑顔で、駆けてくる。
「…………」
雪哉は傍まで来ると足を止めて、毒々しい色合いの花束を眺めた。
花束を見た雪哉が、少しだけ、落ち込んでいるように見えた。もしかしたら、そこにあるのが、ピンク色のガーベラではなかったことを、寂しく感じていたのかもしれない……――
****
そうして帰宅し、約束通り、二人で一緒に天気予報を見た。
「来週の金曜日の夜、雪、降るって……」
雪哉は、嬉しそうに笑っていた。
****
呼び出しのコールが響く……──
手には、あのメモ書きが、握られていた。
そして、コールが終わり、男の声が聞こえた……
―「決心がついたか?」
「…………――――」
その返答には、答えられなかった。
―「聞くまでもないな」
それから男に、いろいろな説明などを受けた。どこで会うのか……その手段まで……
──『悪いことではない。“新たなスタートラインに立たせる”と、言っただろう?』──
男の言葉は巧みに、壊れた心へと入り込んでくる……
──『これはれっきとした仕事なんだ。言わば“保護”。……──アンタはあの公園へと、ガキを置き去りにしようとしていた。手を汚してからでは遅い。それは犯罪だぜ? このままではいつか、アンタは犯罪者だ。 ……──俺が声をかけて良かった』──
体が震える。歯が、カチカチと鳴る……
──追い詰められる。〝そう私は、犯罪を犯しそうになった〟〝私はいつか、もっともっと壊れて、あの子を捨ててしまうかもしれない……──私は犯罪者になる……──〟──
──『──大丈夫だ。助けてやろう。俺があのガキを保護する。アンタは、犯罪者にならずに済む──』──
もう、正しい判断が出来ない──
何が正しいのか、分からない──
( ……ああ、そうだ。早く早く早く、早く……──あの子を、保護してもらわなきゃ……── )
そして最後に、男は言った。
―「日は来週、金曜の夜だ―─……」
****
雪の天気予報を見てから、雪哉は毎日、金曜日を楽しみに待っているように見える。
そしてあっという間に、その日は来る……
「父ちゃん、いってらっしゃい!」
仕事へ向かう父親を、雪哉が見送る。その際雪哉は父親に、傘を差し出していた。
「ん? 雪哉、なんだこの傘?」
すると雪哉が、悪戯っぽく笑う。
「父ちゃん、知らないのか! 今日の夜、雪が降るんだ!」
「そうなのか?! お前、賢くなったな。傘、ありがとな?」
父親は雪哉から、傘を受け取る。そして笑顔で、雪哉の頭を撫でた。雪哉も、嬉しそうにしている。
「じゃあ、行ってくる……─―」
あのことは、夫には話していなかった。
既にもう、心が、壊れていたから……――
雪哉が玄関からリビングに戻ると、母親が、カレンダーを眺めていた。
振り向いた母親が言う。
「もうすぐ、雪哉の誕生日ね……」
母親は寂しそうに、笑っていた。
****
そしてその夜、二人は街を歩いていた。冬のイルミネーションに包まれた、綺麗な街を……
「なぁ母ちゃん、どこに行くの?」
「もう、つくわよ」
そうして辿り着いたのは、一軒のレストラン。
「雪哉……――こっちよ?」
「うん」
二人は、レストランの中へ……
椅子に座ってからも、雪哉はキョロキョロと、店内を見渡す。
いつも来るファミリーレストランより、ずっとずっと、豪華なレストランだったから。
「なんだかこのレストラン、キラキラしてるよ? ……」
豪華なレストランの店内のことを、雪哉は『キラキラ』と言っていた。
「そうよ。キラキラしているでしょう? とっても、豪華なお店なの。雪哉と行こうと思って……昼間、予約をしておいたのよ?」
母親は優しく笑った……──
「予約ぅ?」
言葉の意味がよく理解できずに、雪哉が首を傾げる。
その時、二人のテーブルに、ケーキが運ばれてきた。
二人用のサイズのケーキ。 白いケーキの上には、ベリーが添えられている。
「わぁー! ケーキだ!」
嬉しそうにはしゃぐ雪哉。
「ん? このチョコに……何か、書いてある……」
母親が微笑む。
「そこにはね、“happy birthday”……――って、書いてあるのよ?」
また雪哉の顔が、満面の笑顔になった。
「母ちゃん、ありがとう! ……けど、誕生日、今日じゃないよ?」
「もうすぐだから……――」
不意に、涙が溢れ落ちそうになった。
「もうすぐだから、いいじゃない? 当日は家族三人で……――また、お祝いすればいいわ」
必死に笑った。
「食べましょう? 今、切り分けてあげる」
ケーキを半分に分け、それぞれのお皿に乗せる。
“happy birthday”のチョコレートは、雪哉の方へ乗せてあげた。
嬉しそうに、ケーキを食べる雪哉。
母親は食べるのも忘れて、嬉しそうにする我が子を、虚ろな瞳で、眺めていた……──
「……――雪哉、八年間……ありがとう」
うわ言のように、呟いた母親。
雪哉は思わず、顔を上げた。
「母ちゃん……そんなにまじまじ言われると、なんだか……恥ずかしいよ」
雪哉の言葉に、ただ、微笑んで返した。
「ん? ねぇねぇ、母ちゃん……ケーキ食べないの?」
「……――食べるわ」
そう言うと母親は、自分のケーキを、半分に切った。
「母さんは、半分だけでいいから。あと半分は、雪哉にあげるわ?」
半分にした自分のケーキを、雪哉のお皿に置いてあげた。
「ありがとう!」
雪哉は、素直に喜んだ。
母親は一口ケーキを食べると、やはり、雪哉のことを眺めていた……――
「たくさん食べてね……? ――そして、強く、立派に……育って……――」
我慢していた涙が、不意に一滴だけ、溢れた。
その一滴の涙に、雪哉が気が付くことは、なかった……──
****
そして二人は、レストランから出た。そのまま再び、二人は歩き出す。
「今度は、どこに行くの?」
「……――公園……」
「公園?」
そして辿り着いたのは、あの日と同じ公園。
夜の公園は、しんと静まり返っていた……
滑り台の隣で、二人は足を止める。
母親が振り向いて、目線を合わせるようにして言う。
「雪哉……――母さん、少しだけ、用事が出来ちゃったんだ……」
「用事? ……」
「うん。……――それでね? 少しの間だけ、行かないといけないの……ここで母さんのこと、待っててくれる?」
「……うん。待ってるよ……」
雪哉は少しだけ、寂しそうな顔をしてた。
「ありがとう……――」
母親は我が子を、優しく、抱き締めた。
「母ちゃん……?」
「母さんを待っている間、寒いでしょう? だから、抱き締める……――」
ギュッと、強く強く……抱き締めた。
愛する我が子を、忘れないように、抱き締めた……──
そして、抱き締めていた腕をほどいた。
後ろを向く母親……──
雪哉は立ち去る母親の後ろ姿を、見ていた……──
****
そして一人、雪哉は母親の帰りを待った。
かじかむ手……震える身体……
「寒……――母ちゃん、まだかなぁ……」
不安な表情を作る。
その時、空から、雪が舞い散る……――
「……――」
舞い散る雪を、じっと眺めた……
待ちに待った、雪……──
天気予報を見た時から、ずっと、楽しみにしていた。けれど今はなぜが、雪が募っていくように、寂しさだけが、募っていった……――
──大好きな母親はもう、戻って来なかった……――
****
そうして目の前に現れたのは、見知らぬ男……──
震える身体……感覚のない指先……虚ろに変わった瞳……
男が、手を差し伸べる……――
「おいで……――? 君は、捨てられたんだ──」
雪降る曇り空のような、虚ろな瞳から、一滴……──涙が溢れた……――
*****
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雪哉……
きっとアナタは、私を恨むでしょう……
悲しみに溺れ、恐怖に飲まれ……脅えて生きる私はもう、壊れてしまっていた……
脅えることに、疲れてしまった……
そして私は、焦っていた……
いつか、“アナタのことも、奪われてしまう”のだと……
実現していない恐怖に、毎日毎日、脅え続けた……
アナタが奪われてしまうことが、恐ろしかった……アナタを、愛していたから……
だから、奪われてしまう前に、自らアナタを、手放してしまった……──
弱い私を、どうか……許して下さい……――
──アナタは、雪のように美しく、雪のように、純粋な心を持っている……
けれど、雪のように白いが故に、汚れることも、容易い……──それはまるで、雪に泥が染み込むように……─―
成長するにつれて、白きアナタは、黒きモノを知ることになるだろう……
……──その時、たとえアナタが、漆黒に身を落とすことになろうとも、私はしっかりと、アナタを見ている。雪のように白く美しい……──その心の奥を、ずっと、見つめ続けている。
私はいつまでも、アナタの、味方です……──
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その後、家に帰宅した夫が目にしたものは……──グチャグチャになった、家の中。
混乱した妻が、そうしたのだった。
妻はキッチンで座り込んでいて、ただ、泣き続けていた。
そして妻は、夫に話す……──
妻は依然混乱状態のまま、泣きながら、言っていた。
──『雪哉を保護してもらったの。それがあの子の為で、私の──……』──
妻の言葉を聞き、驚愕した。
ぼんやりとして焦点の合っていない目に、泣き笑いながら『“保護してもらった”』と、妻は震えながら言い続けている。──気が付いた。自分が思っていた以上に、妻は傷付き、心を酷く、壊していたのだと……──
「……保護してもらったから、もう、安心……」
目を見張る。まるで何かの暗示にでもかかり、洗脳されているかのように、妻はその『保護』という言葉を、信じ込んでいるようだった……──
冷や汗をかいた。カタカタと、夫も歯を揺らし始めてる……
「……そんな話が、ある訳ないだろう……? ……」
泣き笑いしていた妻の表情から、スッと、表情が消えていった──……
正常な判断能力を失い、表情を失くしたまま座り込んでいる妻の肩を掴み、必死に呼び掛けた。『誰に雪哉を預けた?! どこへ連れていった?! 』と──
何とか妻から話を聞き出した夫は、例のメモを見つけ出して、その男に電話をかけた。……──だが、何度かけても、電話が繋がることはない。
夫は一人、妻から聞き出した例の公園へと、走り始めた──。そこにはもう、“我が子の姿はない”のだと、そんなこと、知る由もないまま──……
────────────
───────
幸せは完全に、砕け散った……
我が子を二人とも失った夫婦に、何が残るというのか……――
二人の夫婦仲は、次第に冷たいものへと変わっていった。
そして二人は、分かり合う事が出来なくなり、別れることとなる……──
二人の間の愛さえも、悲しみに溺れて……見えなくなってしまったから……――
****
夫婦が別れてから、数週間……──
悲しみに狂う男が、一人──
「…………あの時の恨みは、忘れねぇ……──」
夜の街の中、憎き標的を見据えながら、呟いた──
目の前には、特攻服の集団がいた。その特攻服に浮かび上がるのは、“黒獅子”の文字……──
―「テメー誰だ? 退けよ!!」
黒獅子の者は、突如現れたその男に向かい、言い放つ。
「退くわけには、いかねぇ……── テメーらは、アイツをおびき出す為の、餌だ……──」
悲しみに狂ったその男その目に、理性など、なかった。
「あ゛? 餌だと? ……──一人でなに、偉そうなこと言ってるんだ? バカじゃねぇのか?」
ここは暗い夜の街だ。黒獅子の者たちには、この男の顔が、よく見えていなかった。
「馬鹿かどうかは、手合わせしてから、決めてくれ―─……」
その男が歩みを進め、距離を縮めてくる……──
街灯が、男の姿を映し出す……──
「……──――」
街灯に照らされた男の顔を見て、黒獅子の者たちの時が、一瞬、止まった──
そしてその男の名を、呟くのだった……──
「……元、青狼の総長……――五月女……――」
──そして青き狼は、久々に容赦なく……──暴れ始める。
全ては、元黒獅子の総長である、“五刀田”をおびき出す為に……──
悲しみに狂うこの男には、自らを制御し、落ち着かせる為の手段を見付ける事が、出来なかった。
怒りの矛先を向けたのは、かつて、愛する娘を奪った、黒獅子だった。そう、あの時から、全てが狂い始めた──
──そうしてこの夜、五月女の狙い通り、五刀田が現れた。
現れた五刀田は、嫌味に笑って言った──
「なぁ五月女、一つ、聞いてもいいか? お前、今、“幸せ”か? ――」
──怒り狂い……――崩れそうになる──
「“幸せ”なんてものは全て……――――」
──血走る目……まるで、飢えた狼のような……──
その瞬間、一直線に走り出し……殴りかかる─―
そしてそれを頼もしく思うかのように、五刀田は口角を、つり上げたのだった――……
──“幸せなんてものは全て、失った”――
元総長同士の、因縁対決。……──それに巻き込まれた、現役の黒獅子のメンバーたち。 更には、この事件を聞き付けた、現役の青狼のメンバーも集まる事となる……──
そして此処に、乱闘が幕開く──
この夜、青狼と黒獅子は互いを潰し合い、戦力争いの舞台から、消えてゆくことになる……――
こうして、戦力争いの主力チームは、白麟、黄凰、紫王、ブラック オーシャン……──四つのチームに、絞られた。──この世は、この四つのチームが争う世界へと、変わってゆくのだ……――
──────────────
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