【接近 2/2】

****


 リュウと一緒に、お酒を飲んで……その後、いきなり眠くなった。

 いきなり眠くなって、私、どうしたんだっけ? 結局、寝たのかな?

 あの時、リュウの声が聞こえた気がした。リュウ、何て言ってた? ぼんやりとしていて――……よく、思い出せない……必死に思い出そうとすると、ぼんやりと、あの言葉が頭に浮かぶ……


 ─―『瑠璃、迂闊に動くなよ……』――


 それから確か……何て言っただろう?

 なかなか思い出せなかった。

 けれどいきなり、リュウの言葉が、まるで今言われたかのように……鮮明に頭に浮かぶ……──


 ─―『迂闊に動くなよ?』─―


 ――『命をなくすぞ……』――


 ──いきなり、頭に響いた。そして、意識がはっきりする。

 私は勢いよく、起き上がった。


 動悸がおさまらない。

 嫌な汗をかく……


 ─―『命をなくすぞ……』―─


 命をなくす? ……――なに、その言葉? リュウは、気が付いているの? ……


「…………――」


 額を押さえて……暫く、気持ちが落ち着くのを待った。


「…………――」


 だんだんと、気持ちが落ち着いてくる。

 一度、深呼吸した。

 私は額から手を離す。


「…………あれ?? ……」


 そして、ようやく気が付いた。ここは、私の部屋だった。


 ──しまったカーテンから、光が差し込んでいる。


 朝?! 必死に、夕べのことを思い出す。〝ワインを飲んで、途中で寝た〟……思い返せば、それだけだ。記憶が飛ぶほど、飲んでもいない。

 ワインを飲んで、途中で寝ただけ。だがそこで、一つ疑問が浮かんだ。どうして私は、自分の部屋に戻っていて、しっかりとベットで眠っていたのだろうか?

 そして不意に、視線を動かす……──すると、もっと驚きの光景が……


「…………?!」


 私は目を見開いて、あいた口が塞がらない。


 私の隣で、リュウが寝ているのは、どうしてだ?!


 はっとして、自分の口を押さえた。


「…………」


 そして、こんな事態に、私の頭に浮かんだのは、なぜか、ブラック オーシャンのお騒がせ四頂点……――


 ――『〝次男様を狙え! 〞』――


 そう、皆にあれだけ、『次男様を狙え』と言われていたのに……なぜか私の隣には、長男様が寝っている。

 これは一体、どんな急展開ですか? なぜいきなり、リュウと大接近してしまったんですか?

 頭が混乱する……


 ――『長男のリュウは、暗殺部隊を率いているような奴なんだろう? さすがに物騒すぎる……となると、次男を狙うのが妥当だ』――


 “やってしまった”……と思った。純がそう言ってたのに……“さすがに物騒すぎる人”と、大接近してしまった……


 もう混乱して、頭の中が意味分からない。


 やたらと偉そうな顔をした、ユキ様が頭に浮かぶ……


 ――『俺を見習え』――


 まさか、私は本当に、ユキ様を見習ってしまったのかな? ……

 ユキ様? 瑠璃はユキ様の仰せの通り、好きでもない男と……――

 ……──とか思って、勝手に涙ぐんで、勝手に頭の中で、ヒートアップしてしまったが……自分の身体に視線を向けると……


「…………」


 〝もの凄くきっちりと、服を着ている〞。


 更に、リュウに視線を向けると……──


「…………」


 “リュウも服を着ている”。


「…………」


 もしかして、早とちり?

 するとその時……──目を覚ましたリュウが、起き上がった……


「「…………――」」


 無言で、顔を見合わせる私たち二人。


「どうして私たち、同じベットに……――」


「お前が途中で寝たからだ」


「途中で寝て……どうしてベットに……」


「仕方ないから、俺が運んでやった」


 なんだか、恥ずかしい……


「ありがとう……ございます……」


「気にするな……」


「「…………」」


 呑気に、お礼など言ってしまったが、本当に気になるのは、そっちじゃない……


「あの……どうして、リュウまで寝ていたの?」


 リュウは〝当たり前〞、という顔を作った。


「俺も寝たかった。だから、ベットを半分借りた」


「…………」


 なんて言うかもう、返す言葉がない。


「安心しろ。何もしていない――……」


「…………」


 またまた、なんだか恥ずかしくなって、私は下を向く。何もかも、恥ずかしく感じた。顔を上げることも、恥ずかしく感じたし……ベットから出るのも、恥ずかしく感じる……だからそのまま、ベットの上から動けずにいた。

 だがその時……──勢いよく、扉が開いた。


「瑠璃、いい加減、起きたらどうだ!?」


 そう言って扉を開けたのは、なんと、……


「「「…………」」」


 ものすごく気まずく、重苦しい沈黙。

 ウルフは目をパチパチして、ぎょっとしながら、私たちを見ている。


「なっ……――――」


 ウルフは何かを言いかけた後、やはり、止まっている。

 いきなりすぎて、言い訳も口から出てこない。すると……


 ─―バタン!!


 再び、扉が勢いよく閉まった。

 扉が閉まった後になって、はっとする……


「ウルフっ……?! ――変な勘違い、しないでよね!! ……」


 今更言い訳の言葉が出たが、既に扉は閉まっている。


「今頃言っても遅いだろう?」


「…………」


 最悪だ……

 私がこれだけ取り乱しているのに、リュウの声は、やたらと冷静だ。


「どうしよう?! 絶対、変な誤解が……! ……」


 焦ったまま、取り敢えず、リュウの方を向いて言った。するとやはり、リュウはまったく、取り乱していない。


「瑠璃、さっさとベットから出ろ」


「え??」


 その言葉の意図は分からない。だが自然と、言われた通りにベットから出た。


「「…………」」


「瑠璃、すぐにウルフを追え。今すぐに、誤解をとけ」


「え?? ……はい。〝かしこまりました!〞」


 ──私は〝シュタッ! 〞と、走り出して、ウルフを追い始める。


「…………」


 今更ながら思う。リュウの、上から目線の命令……なぜか素直に、従ってしまっている。 なんて言うか……リュウに命令されると、断れない。

 変な誤解をされるのは御免だ……とにかく、早くウルフの元に行かないと……──


 走った甲斐があって、ウルフに追い付く。


「ウルフ!!」


 私は思い切り、ウルフの名前を叫んだ。

 すると、ウルフがこちらを振り向く。


「「…………――」」


 ウルフから、冷ややかな視線が送られてくる。なんだか、すごく嫌だ……


「あのっ……ウルフ……――」


 何て、言ったらいい?


「さっきは、邪魔をしたようで悪かった。──何か用か? ――……」


 物凄く、怖い顔で言われた。なんだか、怒ってるみたいにも感じる。……


「何も邪魔してないよ! ……変な誤解をしてるでしょう!?」


「誤解とはなんだ? 言ってみろ」


 分かっているくせに……わざと言ってるに決まっている。


。……――リュウとは、何もない」


「いちいち、それを言いに来たのか?」


「うん――……」


「「…………――」」


 ションボリとウルフを見ていると、微かに、ウルフの表情が和らぐ―─……


「そんなに誤解をされたくないか?」


「……当たり前じゃん」


 なんだか、落ち込む。『ウルフに取り入れ』って……皆に言われたし……普通に、変な誤解されるのも嫌だし……後は…〝何だか嫌だ〟。最近、ウルフと仲良くなれてきたのに……そんなふうに、怒らないでよ……寂しいじゃん。……


「そんなに誤解されたくないなら、誤解を受けるようなことを、しないことだ……さっきの状況を見て、誤解しない方が可笑しいだろう?」


「…………」


 まぁ、確かに……


「……とにかく、何にもないの! ……」


 ひたすら、否定するしかないよね? けれどウルフは、私を疑っている気がする。


「あぁなったのには、理由がある……」


 ──私は夕べのことを、全てウルフに話した。……──するとウルフは、なんとか、信じてくれたみたい。

 その後、ウルフは可笑しそうに笑った。


「……何を笑ってるの?!」


「いや、瑠璃が必死に否定するから……──別に、瑠璃が誰と関係を持とうと、俺には関係ないのにな」


 確かに。まるで、彼氏と彼女の修羅場みたいになっていたが、実際、私とウルフはそんな関係ではない。

 けれど、だったら私にだって、言い分がある。


「そんなこと言ってるけど、ウルフだって怒ってたじゃない! 本当は、不満だったくせに!」


「…………」


 すると、ムッとした表情で見られた。


「何よ! ウルフだって……やきもちしたくせに!」


 すると、不機嫌そうな目をしたまま、言われる。


「あぁ。


 へ?! 嘘でしょう?!


「「…………――」」


 不意に、ドキッとしてしまった……まさかウルフが……素直じゃないウルフが、そんなことを言うなんて、思わなかった。依然として、不機嫌そうな顔はしているけどね……


「妬いた。悪いか?」


 二度言わなくても……またドキドキしちゃうじゃん。


「……悪くはない」


 するとウルフは冷静だけど、不機嫌そうでもある表情で、言葉を続ける──


「“俺が連れてきたのに、どうして俺の傍にいないで……リュウの傍にいるんだよ?” ……って、思った」


 信じられない……ダメだ……顔熱い……

 ウルフに視線を向けると、じっと見られていることに気が付く。……落ち着かない……


「「…………――」」


 こういうのを、“見つめ合っている”って言うのかな? ……けれど、とか思って、ドキドキとしていると……──


「とにかく! お前には自由な時間を与えすぎた! だから、こういうことになる……──今日からは、仕事をさせる。お前は雑用だ!」


 へ?! 見つめ合っていたと思ったら、怒鳴られた。……しかも雑用??


「あの……私はどうしたら? ……」


 低姿勢に、ウルフに聞いてみた。


「取り敢えず、身だしなみを整えろ。そしてすぐに、俺の元に来い!」


「……はい。……」


 ──そう一喝して、ウルフは私に背を向けて去っていく。


 私は呆然と立ち尽くす。

 仲良くなってきたからだろうか? 最近、ウルフの印象は、初めて会った時とは、随分と違う。──何あの態度?? 超、俺様じゃん!!

  “猫被り疑惑”……本当だったんだ……ウルフのくせに……“狼”って名前のくせに……猫被った狼?? ……猫か犬か、はっきりとしてほしい……猫被り……いや、オオカミ少年?? 〝オオカミ青年〟……とも言うかもしれない。……


 ──そしてはっとする。〝早く、準備をしないと!〞 そう思い、私は部屋へと、急いで戻るのだった──


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