第71話 ツツジちゃんの権能
「すみません。取り乱しました」
「うん、凄い乱れようだったよね」
あれからしばらくして、ようやく落ち着いて現状を飲み込んだツツジちゃんは、名残惜しそうにしつつも俺から少し離れてきちんと座っていた。サツキちゃんも、ツツジちゃんに寄り添うようにして座っている。
「まあツツジちゃんはあれくらいトンチキなことを言ってるくらいが性に合ってるよ」
「どういう意味です?」
言葉通りの意味だ。他意はない。
「さてと、とりあえず俺たちの複雑すぎる人間関係については理解できたとして、だ」
俺はパンと手を打って話を仕切り直す。
「とりあえず今後の話もしていかなきゃいけないよな」
「うむ」
頷くスカーレット。
「我々……余とツツジ、第三王女殿、それから外で待機しておる王女殿の執事のトロン殿。この計四人が今のところ我々の陣営の使徒ということになる。知っての通り使徒とは、本来バルディンが手にするはずだった十三の権能を分け持つ十三人のことで、それぞれが特別な権能を行使することができる。余は心を読む力、トロン殿は再生能力、第三王女殿は……」
「食べたものから、情報を得る力、かな? どんな料理でも、一口食べたら作った人や関わった人、レシピ、産地まで分かるよ。あとおまけで口から入る毒は効かないかな」
「そこが一番凄くない? えっ? 毒効かないの?」
何気なく提示された新情報に驚いた。口にしたものから情報を得る力も凄いが、毒が効かないのはさらに凄い。全王侯貴族が喉から手が出るくらい欲しい能力ではなかろうか。
「うん、昔毒見係を買収してまで毒殺を図られた事があったんだけど、私が毒を気にせずパクパク食べてたら主犯の人がそんなはずないって言いながら私のを奪って食べてそのまま死ぬっていう事件があってね」
「大事件じゃない? 大丈夫だったのそれ……」
王の子供、それも王太子の姉という特別な立場の人間を毒殺しようとするとか国を揺るがす大事件じゃないだろうか。
「王宮じゃよくあることだから……それより、ツツジちゃんはどういう力なの?」
よくあることで済ませていいことなのかはともかく、ツツジちゃんの力は俺も気になるところである。とはいえ恐らく、
「まあ、十中八九、魔術に関するものだろうな。シスターの使っていた転移符がツツジの作ったものだと言うなら、まさしく亜神の権能と言うべき力だ」
スカーレットの言葉に俺も頷く。
「どうなんだツツジちゃん。あれ作った?」
「はい、理屈はそんなに難しくないので二日くらいですぐにできたんですが、あれってそんなに凄いものだったんですか?」
「………」
ツツジちゃんの言葉にスカーレットが唖然としている。神話の時代に失逸された転移魔術。それを誰にでも使える形に落とし込み、符として完成させるのをそんなに難しくなかった、二日くらいでと言われてはこうなるのも無理はないか。
「さらっととんでもない事を言うわねこの子……」
「あーいや、でもそうだな……前の世界のゲームとかだとテレポートとかワープ系のアイテムって序盤の街でも買えるやつだし、その感覚なのかもな」
キマイラの翼とかそういう感じのやつならまあ大したことのないアイテムだろうと気軽に作ったのかもしれない。
「あ、あの、もしかして作ったらいけないものでしたか?」
「ん? ああいや、ツツジちゃんは凄い子だなって話をしてただけだから安心しな」
ぐしぐしと頭を撫でてやると、ツツジちゃんは気恥ずかしそうに俯いた。
「しかし、これくらいの魔道具を簡単に作れるってのは相当だな。紋章士自体貴重な魔術師ではあるけど、ここまでのレベルはそういないだろ」
「うむ、これだけの実力ならサツキの件も解決しそうだな」
「サツキちゃんの?」
スカーレットの言葉に、ツツジちゃんが反応する。
「ほら、ここはツツジちゃんの精神世界だからこうして話したり触ったりできるけど、サツキちゃんは外にはでられないだろう? だから、どうにかしてサツキちゃんを現世に連れ出せないかって話をしてたんだよ」
「サツキちゃんを、外に……」
ツツジちゃんは、隣に座るサツキちゃんを見つめた。サツキちゃんは、静かに優しく微笑み返すだけだ。
「どうするつもりなんですか?」
「魂縛士っていう、魂を操る特殊な魔術師のツテがある。まずはそこでツツジちゃんの体からサツキちゃんの魂を切り離すだろ? 後はフレッシュゴーレムなりなんなり魂を入れる器を用意して、その器に魂を定着させる魔術をツツジちゃんに担当してもらおうと思ってたんだよ」
それを聞いたツツジちゃんは黙り込み、何かを考えているようだった。
「その、それは、どれくらい掛かりそうですか?」
「どれくらいって……」
俺たちは顔を見合わせる。
「魂縛士ってあいつのことだろ? 俺の知ってるエルフの……」
「そうね、彼女を探し出すのでも半月はかかるかしら……並行でフレッシュゴーレムを作れる魔術師を探し出しても、そっちはそっちで調整とか色々あるし……」
「最低でも、一月くらいはかかりそうだな」
スカーレットがそう結論づけると、ツツジちゃんの表情が微動だにしないまま曇る。
「じゃあ、それまでサツキちゃんは兄さんと会えないんですか? 折角こうして触れ合えたのに、一ヶ月も?」
「ツツジちゃん……」
私は大丈夫だよ、その言葉をツツジちゃんは遮った。
「そんなのは駄目です。私がいやです。だから今どうにかします。ここで」
「えっ?」
そう言うとツツジちゃんは隣に座るサツキちゃんの、その瓜二つの顔の前に手をかざす。
「肉体を作り出して魂を移すことは不可能でも、一時的に受け渡すくらいなら、今ここで……」
ツツジちゃんが小さく息を整えると、全身が淡く発光する。高密度の魔力が可視化した、魔力光だ。
その光を右手と左手の指先に集めると、彼女はサツキちゃんの額に触れ、ゆっくりと離した。すると、サツキちゃんの額からツツジちゃんの指先にかけて高密度で練り上げられた魔力が糸を引くようにつうと伸びていく。ツツジちゃんはそれを手を揺らめかせながら空中で形を作り、術式を文字通り編み出していた。
「な、んだ、これ……」
「……美しい」
踊るように、導かれるように、まるで初めからそうであることが正しいことかのように、彼女の指先から伸びる魔力の糸は複雑に織り重なり術式を刻んでいく。
その荘厳さすら感じる光景に誰もが言葉を失っていると、しばらくしてツツジちゃんは両手の指先を合わせて魔力の糸を閉じた。完成された術式が滑るようにサツキちゃんの中に消えていき、キラキラとした魔力光の残滓だけが残る。
「終わりました。流石にもう一つの身体を作るまでは無理ですが、サツキちゃんが外に出るまでの繋ぎとして、一時的に私の身体の主導権を渡せるようにしました。これで、任意で私とサツキちゃんを切り替えられます」
「は? え? は?」
ツツジちゃんの説明に目を白黒させて間の抜けた声を出す。
「なんか今しれっと凄いことが行われなかった……?」
「ううむ、実際に目にするのは初めてだが、凄まじいな」
「魔術の発動で自然に編み出されるはずの魔術式を手で組み上げてたよね……」
「うーん私の義妹が天才すぎるかもしれない件」
四者四様の反応を見せるが、いずれも感心に寄っている。いや本当に凄い。
この世界の魔術はある程度体系化されており、秘匿されている一部の特殊な魔術を除き、ほとんどの魔術は詠唱と共に魔力を練り上げることで詠唱に紐づいた魔術式が自動で組み上がり発動する。
一般魔術は、魔術を司る神に奉納され、世界に登録された魔術式を詠唱に依って呼び出しているのだ。特殊魔術も、発動に特別な素養が必要というだけで術式自体は一般魔術と同じく世界に登録されている。一部の秘匿された魔術は、その使用者のそれぞれが独自にこのシステムを再現し自分たちだけが使えるように調整をしているのだが、ほとんどの魔術は元から存在するものであり干渉することはできない。
その例外が紋章士であり、彼女らは新たな魔術を組み上げ奉納するという役割を担っており、言い換えれば、新たな魔術を生み出せるのは紋章士だけなのだ。だが、ツツジちゃんの能力はそれを踏まえても規格外だった。
「普通、紋章士の魔術改良は既存の魔術式を組み合わせたり一部を変形させて、試行錯誤しながら長い時間をかけてするもんだって聞いたんだが……今の、どう見ても一から魔術式を書いてたよな?」
「既存のを継ぎ接ぎで作るより、一から書き直したほうが早くないですか?」
「やだ俺の妹天才?」
もしかしなくても一番やばい使徒かもしれない。魔術式の改良は一人の紋章士が人生をかけて一つか二つの魔術を作り出すものだ。魔道具なんかの式は奉納して呼び出す必要がないためある程度自由度があり、数年に一度程度のペースで新しいものが開発されたりもしているが、そちらと比較しても異常な速度だ。思いついてから書き上げるまで数分しかかかっていない。
自分の肉体に取り憑いた魂に一時的に身体の主導権を明け渡す魔術式、なんていう、他に近しい物がない独自の魔術をこんな短期間で開発してしまうのなら、例の転移の魔道具を数日で作り上げたというのにも納得がいった。
「……いいの? ツツジちゃん」
俺たちがツツジの開発力に舌を巻いていると、サツキちゃんは不安そうにツツジちゃんに尋ねた。
「私はみんなが私のために考えてくれてるってだけで幸せだから、そんなに無理しないでも一月や二月くらい……」
「良いんです。私がそうしたかったんですから」
そう言ってツツジちゃんは返した。
「やっと、思い出せたんです。サツキちゃんは私の大切なおともだちで、私の大切な姉妹だったのに、ずっと一人きりにさせてしまいました。それなのに、私だけが兄さんと一緒なんて、……ちょっと私が後ろめたいですから」
「ツツジちゃん……」
そうして二人は抱きしめ合う。姉妹の和解。美しい光景だ。俺のように、死んでしまって、取り返しのつかない状態になってしまってからでなくて良かった。
そう俺が涙ぐんでいると、膝の上のヴィオレット画がにゅっと首をこちらに向けてきた。
「さてとあなた? いろいろと落ち着いた事だしそろそろ出ないといけないと思うんだけど……分かってるわよね?」
「あっ……」
そうだ、そうだった、そうでした。しれっと後回しにしていたが、ここがツツジちゃんの精神世界で、ツツジちゃんが使徒である以上避けては通れない問題があるのだった。
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