第68話 お兄ちゃんですもの
「よっし、愛しのスーちゃんにただいまを言ったことだし、うちの可愛いツツジちゃんにも言いに行きたい―――んだけど、サツキちゃん? 大丈夫? さっきらもうずっと無言でしがみついてきてるもんだからお兄ちゃんちょっと不安になってきちゃった……」
この際細かいことは一旦棚に上げておくことにした俺は、そろそろツツジちゃんに会いに行こうとしていたのだが、サツキちゃんはあれからずっと俺にしがみついたままだった。
俺がスカーレットにただいまを告げた時もしっかりしがみたいていたのである。絵面がシュールだった。
しかしいつまでもこうしてくっついたままだとどうにも締まらない。サツキちゃんには悪いがここは離れて……。
「……から」
「えっ?」
「私、お兄ちゃんのことはツツジちゃんを通して見るだけだったから。ツツジちゃんが私のことをお兄ちゃんに伝えて、その時、二人とも俺の可愛い妹だって言ってくれたとき、本当に、本当に嬉しかったけど、私は見てるしかできなかったから。それから、お兄ちゃんがいなくなっちゃって、本当に、本当に一人きりで、お兄ちゃんと触れ合えるなんて、そんなの、そんなの絶対ありえないって、思ってたから……だから……」
頭を俺の脇腹にうずめているから表情は見えなかったが、しゃくりあげるような震える声に、俺は一人頷いた。
「よーし、そういうことならお兄ちゃんがおんぶしてやるぞー」
そう言って彼女の下に身体を潜り込ませ、ぐいっと持ち上げる。
「えっ、ええっ?」
「そーらどうだ? ツツジちゃんには小さい頃よくこうしてやってたからな。どうだサツキちゃん、お兄ちゃんの背中からの眺めはよ」
「えっ………と、普段より低いかな」
「そういう事言う?」
俺は傷ついた。晴人時代は背も高かったし、ツツジちゃんはいいながめーと喜んでくれていたというのに。百五十センチと少ししかない俺の背丈でおんぶをしてもニュートラルなサツキちゃんよりも視線が低いままとは。
「……大丈夫か? 何だか生まれたての仔鹿のように足が震えているが……」
「ハッ! 大丈夫ですけど!? サツキちゃんは羽毛のように軽くてワタクシもう逆に上に吊り上げられてるんじゃないかしらというほどですけど!? 仮に重かったとしてもこれは愛の重みだから全然問題ないんですけど!?」
「あーあーもう何で立てているのか不思議なくらい膝が笑っておるぞ」
「笑ってないやい! 仮に笑っているんだとしたらこれは幸せだから笑っているんだい!」
「いやそうは言いつつもあーほらどんどん標高が下がっていく」
「ぐ、うぉおおおあ、がああああ……っ」
ガクン、地面に膝から崩れ落ちる。そのすぐ後、ぽたりぽたりとしずくがこぼれた。
「チクショウ……ッ! チクショウ……ッ! 俺は、俺はなんて無力……! 可愛い妹の一人もおぶってやれねえなんて……クソックソ……ッ」
「な、泣いてる……?」
泣いてなんていない。いないったらいない。ごめん嘘ちょっと泣いてる。
「妹の一人も背負えないやつに世界の明日が背負えるのかよ……!」
「すまん一周回ってちょっと面白くなってきた」
「笑ってやって下さいそれしか出来ない男ですから……!」
「今これどういう感情で言ってるんだ」
スカーレットの質問に少し考えてから答える。
「触れることさえ出来ないまま死に別れてこのままおしまいだと思っていたけど再会して触れることが出来て嬉しいんだと思いの丈をぶつけられてなんとか兄としてそれに応えたいと思ったのにおんぶすらしてやることの出来ない己の不甲斐なさと貧弱さに打ちのめされている感情……?」
「そうか……悪かった、泣いていいぞ」
「うおおおおおん」
「いや誰か止めようよ……」
咽び泣いていたらクラーラに止められてしまった。
「いや……ごめん。ほら、俺ってなんかすぐに盛り上がっちゃうところあるから……」
「それはいいけど、その姿勢辛くない?」
「存外楽。あとサツキちゃんの存在感を全身で感じられてちょっと嬉しい」
「そっか……ならいいんだけど」
おんぶしたままの姿勢で地面に突っ伏して顔面を床に擦り付ける姿勢になっていたが、背中からサツキちゃんの確かな温もりを感じられるのでこれはこれで悪くない。けどサツキちゃんのほうがしんどいのかもしれないので俺はどっこい立ち上がった。
「ふう、またまたお恥ずかしい姿を晒してしまいました。父として兄として頑張ろうと思った矢先にこの始末です。情けない父兄ですまない……ところで父兄の使い方ってこれであってる?」
「間違っているから安心しろ。……というか、大分調子が戻って来たな、バルディン」
スカーレットにニッと笑いかけられ、俺もニヤッと笑い返す。
「それはこっちのセリフだなスカーレット。昔は俺もお前ももっとこういうバカみたいなやりとりばっかしてたのに、いつの間にやら気難しい事ばかり言うようになっちゃってさ……」
「それはそなたが……まあいい。それより上手いことエサにかかったようだぞ」
「えっ」
スカーレットの言葉に、扉の隙間から気の抜けた声が聞こえる。
見ると、先ほどこじ開けた扉の隙間からツツジちゃんがこちらを覗いていた。
「確保ーッ!!」
「えっえっええっ!?」
こうして、ツツジちゃんを部屋の中から引きずり出すことに成功したのである。
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