帰還と明日の帳尻


気がつくと、スノットさんは、また雪の街の噴水公園に立っていました。


噴水は、はるか宇宙へと伸びる水の筋をととのえ、氷シャケがそこで跳ねて、笑っています。


「うまれたね。よかったね」


スノットさんは、銀行へ戻り、応接氷廊の扉を開けました。

ゴールドマン君が立ち上がり、懐中時計を閉じて微笑みます。


「おかえりなさい。誕生日台帳、確かに受け取りました。これで未雪の星は、雪の街連盟の新しい友人です」


ロビーでは、動物たちがささやかな祝祭をはじめていました。

ネコは丸くなる見本をもう一度。ホタルは暗がりを灯し、クジラは低い音で地面を揺らし、トナカイは天井の氷柱を鈴みたいに鳴らします。


スノットさんは、窓口の端に立って、静かに明日の帳尻を合わせました。


今日つかった静けさと、今日増えた静けさ。

今日渡した余白と、今日生まれた余白。

貸借は、ぴたりと一致します。


「雪は、使うたびに増える――」


外に出ると、雪はまだ静かに降っていました。


街の外灯は、雪片が通りすぎるたびに、少しずつ色を変えます。

スノットさんは天窓のある家へ歩きながら、また鼻歌を口にしました。


~時が、やってくる

~またとないチャンス

~導いて雪よ

~吹雪に迷わないように

~標して足跡に

~白い恵みに染まる道


家に帰ると、天窓は白く染まり、部屋のすべてが、朝よりもいっそう明るく見えました。スノットさんは、グレーのスーツの上着を椅子の背にかけ、鏡の前でマフラーを整え、新しい手帳を机に置きます。


表紙には、こう刻まれていました。


『次の星までの初雪帳』

発行:雪の街連盟

記帳人:スノット


彼は椅子に腰をおろし、ゆっくりとペンをとりました。

一行目に、こう記します。


「初雪は、世界をはじめる合図。

 初雪は、世界をわけあう合図。

 そして初雪は、世界がまた会う合図。」


そのとき、天窓の上で、風がすこしむせびました。


遠く、未雪の星の空で、初めての雨が練習を終えて、軽く地面に触れた音が、ほんのわずか届いたのです。


スノットさんは、目を閉じました。

静けさが、部屋いっぱいに広がる。

やがて、彼はそっと口角を上げて、灯りをひとつ消しました。


また、新しい初雪まで。

また、新しい世界のはじまりまで。


――おしまい。




【あとがき】


初雪には、昔から「今年の始まりを告げる力」があると感じていました。

この作品では、そのはじまりの力を「誰かの仕事」として描いてみました。


雪は冷たいのに、どうして温かい記憶を連れてくるのか。

それは、雪の中に「静けさ」や「余白」が宿っているからかもしれません。


この物語が、読んでくださった方の日常にも

ひとつのやさしい余白として残ってくれたら嬉しいです。


次の初雪の日まで――どうぞ良い旅を。夢ノ命 拝

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スノットさんの初雪のおしごと 夢ノ命マキヤ @yumenoto

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