第21話

私は助手席に座り、緊張して何も話せなかった。


チラリとマスターの横顔を眺めたが、この人は本当に、チロルのマスターなのか疑ってしまうほどイケメンで、しかも積極的に話しかけてくれた。


もしかしたら、実は別人で、私は誘拐され売り飛ばされるのか??とも、考えたりもした。




「着きました」とマスターが話した。



マスターは車をバックさせ、大きなSUV車の隣に、綺麗に停めた。





「ここが僕の家で、隣がおばさんの家です」



車を降りて後ろを見ると、中庭を挟んで2つの家が並んで建っていた。



マスターは『葛西』と掲げられた門扉を通り、



家のドアの鍵を開けた。



「どうぞ、お入り下さい」



マスターが扉を開けると、木の匂いが漂い、建てて間もない家だと分かった。




『ワン、ワン、ワンワンワン』



突然奥の部屋から、ゴールデンレトリバーが走って来て、私に向かって吠えてきた。



番犬さながらの勢いで、今にも飛びかかりそうだ。



「あっ、弥生さんすみません――チロル、お座り!」



その犬チロルは言葉を理解し、ちょこんと座った。



マスターはチロルを優しく撫で、



さっきのドラッグストアで買った、犬のおやつをチロルに食べさせた。



するとチロルは、嬉しそうに尻尾を振り、吠えなくなった。




「すみません。この犬、臆病なんです。だから、強がって吠えちゃって……今、外に出しますね」



マスターは、犬の首輪にリードを付けた。



「あっ、大丈夫ですよ。私、犬、大好きなんです」



「そうですか。じゃあ、チロルと遊びますか?」



「はい、遊びたいです」



「指の怪我に気をつけて、遊んで下さいね」



マスターは私に、犬のおやつを渡してくれた。



私は腰を落とし、チロルにゆっくりと触れ、おやつをあげた。



するとチロルは、パクリとおやつを食べ、私の匂いを嗅ぎ、私の顔をペロペロと舐め始めた。



私はくすぐったくて、顔をそらしたが、



それでもチロルはずっと顔を舐め続け、私は笑ってしまった。



「えっ、、、あの、すみません、舐めるのやめないんですが……」



「チロルは、涙や鼻水が好きなんです」



マスターはチロルに「待て」と声をかけた。



チロルは、それでも舐め続けた。




「弥生さんの鼻水は、すごく美味しいんですねー」



「それは褒めてるんですか?それとも貶しているんですか?」



私の言葉に、マスターはクスッと笑った。



私は、マスターの笑った顔を初めて見た。

一瞬だったけど、素敵な笑顔だった。

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