第14話 ルビートマトのカルツォーネ②

 町中にエフェルの花が飾られ、陽気な音楽が流れている。中央市場には軽食の屋台が連なり、領民の食欲を刺激している。

 なんて賑やかで華やかなんだろうと、ノエルは目を輝かせる。


「あ~! あの焼きトウモロコシ美味しそう! 季節のミックスジュースって、何が入ってるんでしょうね? ロッコウ牛のコロッケも気になります!」


 ノエルは屋台をきょろきょろと見回し、是非食べてみたいと心を弾ませていた。

 しかし、ルブランは自分とランスロットしかおらず、店番を抜けるわけにはいかない。


(た、食べたいけど我慢!)


 ノエルは食欲と好奇心をぐっと抑えて、店番に集中することにした。

 そして、セサミにエフェルの花かんむりを被せ、ランスロットの肩にぽいっと乗せる。


「ランスロットさんとセサミで、呼び込みお願いします!」


 セサミは分かっていないだろうが「きゅっ」と返事をし、ランスロットは意気揚々と屋台の前に出て行った。


「皆様方! ベーカリーカフェルブランの《ルビートマトのカルツォーネ》は如何か?」


 ランスロットの一風変わった客寄せ文句が辺りに響き渡り、道行く人々の視線を集め始める。

 そして同時に、ノエルもカルツォーネの生地を油で揚げ出した。香ばしいパン生地の香りと、ジュウジュウという油の音が風でふわりと広がり、往来の人々が反応していることが分かる。作戦通りだ。


 カルツォーネは、ピザ生地でソースや具材をぱたんと包み、焼き上げるパンである。だが、今日は人目を引くライブ調理をするため、加えて熱々を提供するために油で揚げることにしたのだ。


「ご婦人方、お一つ如何かな? 食べ歩きにも最適かと思うぞ」


 ランスロットは、よく響く良い声で中年の女性二人組に声を掛けていた。

 女性たちはランスロットを繁々と眺め──、おそらく祭りに不似合いな騎士だと思ったのだろうが、最終的には彼の顔を見て、屋台に寄ってきた。


「おにぃさん、この辺じゃ見ん顔ねぇ。でもいいオ・ト・コ!」

「騎士の仮装かいな? かっこええね。そんで、何売っとるん?」

「カルツォーネだ。よく熟したルビートマトを使ったソースと、ベーコン、チーズが入っている。近日オープン予定のベーカリーカフェルブランの自信作だ」


 ランスロットが甘い笑みを浮かべてカルツォーネを差し出すと、女性たちは「私が先やよ!」と、争うようにして手を伸ばす。

 イチコロとはこのことか、とノエルは感心した。イケメンおそるべし。


「あらぁ~! 熱々でえらい美味しいわぁ!」

「男前がいると、美味しさ倍増じゃぁ」

「ちょうど来週にオープンするので、良ければお越し下さい!」


 ノエルも女性たちに声を掛け、「ありがとうございました」と頭を下げた。


「可愛いお嬢ちゃんが料理してるんね。是非行くわぁ。頑張ってなぁ」


 温かい言葉と笑顔をもらい、ノエルとランスロットは俄然やる気が湧き、力強く頷き合う。滑り出しは好調だ。


「ランスロットさん、やっぱりモテますね」

「接客が上手いと褒めて欲しいところなのだが」


 ランスロットは不満を口にしているわりには、嬉しそうな様子だ。どうやら初めての接客は、思っていたよりも楽しいようである。



 そして、その中年女性二人組を口火にお客(主に女性)はどんどん集まり始め、カルツォーネは飛ぶように売れていった。


「やっぱり、お客様が来て買ってくれて、喜んでくれるのって、嬉しいですね。私、なんだか泣きそうです」


 ノエルはカルツォーネを揚げる手は止めず、そのままランスロットに話しかけた。久々に商売をしている感覚が懐かしく、心の底から嬉しいのだ。


「これが商売の醍醐味なのだろうな。まさか三百年経った世界で客引きをすることになるとは思わなかったが、悪くない」


 ランスロットはセサミを撫でながら、しみじみと目を細めている。

 彼は貴族出身の聖騎士で、魔王大戦の時代の人間なのだから、当然だろう。



 二人でそんな会話をしていると、人混みの中から、よく目立つ真っ赤な髪の青年が近づいて来た。ハインツである。


「おーい! ノエル! ランスロット! 頑張ってるか?」


 軽やかな足取りのハインツは、ミックスジュースとロッコウ牛コロッケをノエルたちに差し入れてくれた。


「多分好きだろ、これ。ロンダにんじんとアプラの実とエフェルハニーでできてるらしいぜ。コロッケは、お袋からの差し入れな」

「わぁ、ありがとう! さすがハインツ! 分かってる」


 ノエルは喜んでジュースを受け取った。が、気になったことは別にあった。


「あの、ハインツ。差し入れは有難いんだけど、あなたの取り巻きさんたちが、お店の前を塞いでるのを何とかしてくれないかしら」


 ノエルは、ハインツを囲む取り巻き──、20代から30代くらいの逞しい男たち五人を見て言った。


 それぞれが剣や槍を携えており、身体には歴戦の傷跡だらけ。如何にも、物騒な仕事をしていそうな男たちなのだ。


「あ、あぁぁぁ! ごめん! ちょっと、兄さん方。邪魔になってるから! 隅に寄ってくれ」


 ハインツは慌てて、男たちに屋台の傍に移動するように促した。

 すると、顔に刀傷のあるリーダーと思しき男が、「なんなら、ハインツにくっついとこうか? えぇ?」と、無理矢理ハインツの肩を抱きながら笑った。他の男たちも、「俺も俺も!」 と冗談めかして笑っている。


「すんません、マジでやめてっ!」

「相変わらず、年上の男の人にモテるわね。ハインツ」


 ハインツは男の腕をすり抜け、逃げるようにしてノエルの後ろに駆け込んできた。 

 そう、ハインツは男性にモテる。本人はまったくその気はないのだが、不思議と大人の男性から可愛がられるのだ。

 ハインツはノエルにとっては兄のような存在だが、大人に囲まれると弟分気質になるのでは……と、ノエルは分析している。


「いや、仲良いだけ。仲良いだけだから! 武者修行してた時の、傭兵団の兄さんたち。それだけ!」


 ハインツは早口でまくし立て、「兄さんたち」に同意を求めた。

 しかし、「兄さんたち」は大袈裟に肩をすくめ、首を傾げている。


「どうだっけなぁ~、ハインツ~」

「もっと色々なかったか?」

「ないないないない! せっかく祭りに呼んだのに、風評被害は勘弁してくれ!」


 ぶんぶんと首を横に振るハインツが可笑しくて、ノエルも釣られて一緒に笑ってしまう。

 同時に、こんな面白い人たちの元で修行をしていたのなら、きっとハインツも楽しくやっていたのだろうと少しほっとした。

 彼が武者修行を中断し、ロンダルク領に出戻って来た理由が、傭兵団の人たちとの間にトラブルでもあったのではないかと密かに心配していたのだ。

 だが、どうやらハインツと彼らの関係は悪くなさそうだ。

 特にリーダーにはひどく気に入られているようで、「今夜、お前ん家に泊めてくれよ」と迫られている。


「兄さんには宿取ったって言っただろ? 絶対にオレの家には泊めない。そうだ、ランスロットも見ただろ? オレの家、狭かったよな?」

「家は単身者向けの広さだったが、ベッドは大きめな上に、良質そうだっ――」


 ランスロットの至極真面目な回答に、ハインツは「その情報はいらない!」と、大声で言葉を遮った。

 そこに、リーダーの「正直な騎士様、嫌いじゃないぜ。アンタも夜、来いよ」という半笑いの声が重なる。もちろんランスロットは「遠慮する」と断っていたが、このリーダー、なかなか癖が強そうである。

 そんなやり取りをした後に、ハインツはやれやれとため息をつきながら話題を変えた。


「ノエル、ランスロット。オレらも店、手伝うぜ! 良かったら店番代わるし、祭りを回って来たらどうだ?」


 ハインツたちは、初めから店を手伝うつもりで来てくれたらしい。一人カルツォーネ一つで、一時間協力してくれるとのことだった。ノエルはもっと広範囲で宣伝をしたいと考えていたため、それは願ってもない申し出だった。


「ありがとうございます! 助かります! 本当に、カルツォーネだけでお願いしちゃっていいんですか?」

「ま~、ハインツに頼まれちゃあね。それくらい、構わないよ」


 リーダーが他の男たちに「どう?」と問いかけると、全員が力強く頷いた。なんとも心強い。


「みなさん、ハインツ、ありがとう」


 ノエルがハインツに礼を言うと、彼は照れた様子で頭を掻いていた。


「おう。なら、祭り回ってこいよ。屋台の他にも、演奏会とかクジ引き大会とかやってるぞ」

「わぁ、気になる! ……でも、私はお店を抜けれないわ。他の人じゃ、カルツォーネを作れないでしょ?」


 残念ながら、ノエルの他に料理を任せられる者はいない。

 ノエルは完売したら祭りに繰り出すと心に決め、ランスロットに休憩をしてもらうことにした。


「ランスロットさん! 屋台を回ってきてもらっていいですよ! せっかくのお祭りなので、満喫してきてください!」

「いいのか? 俺だけ」


 申し訳なさそうにしているランスロットだが、ノエルは彼がお祭りに興味津々であることに気がついていた。魔王大戦中だった三百年前は、こんな楽しいイベント事は無かったのかもしれない。


「もちろん! その代わり、お土産よろしくお願いしますね!」

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